100m決勝のボルトを見て思い出したアスリート
北京五輪,8月16日 陸上男子100m決勝で世界新記録を出して優勝した ジャマイカ,ウサイン・ボルトの人間離れした走り,特に 他選手との力の違い(まるでインターハイの選手と国際陸上大会の選手の違いのような)に驚きました。
とてもオリンピックの決勝レースとは思えない様相でした。記録では,決勝に進めなかった タイソン・ゲイが追い風とは言え 9秒68 を出していたし それほどの差はないと思っていましたが とんでもないことでした。 同じレースを走って ボルトにゴールまで気を抜かせない選手は初めから存在していなかったということでした。 そのような差があることを報じたメディアはなかったようで 「ボルト,パウェル,ゲイ 3人の勝負」という前評判がもっぱらでした。 本当に 気付いていた人は誰もいなかったのでしょうか。 今年から 本格的に100mを始めたらしいので 判らなかったのでしょうね。
ボルトのすごさは 他選手のように 息を止めて全神経を集中し,全力で走っているようには見えないところです。スタートダッシュから中間点までの全力の走りにも余裕を感じてしまいました。それでいて 他選手が及ばないスピードを出しているのです。
私が そのような感じを持って見た陸上選手が かつていました。
1964年(昭和39年) 東京オリンピックの 200mで金メダルを獲った米国選手 ヘンリー・カーです。1963年に200mの世界記録を出しています。
今となっては 覚えている人は少ないと思います。ボルトとはレベルが違うかもしれませんが当時,彼の走りに興奮しました。
私が それを感じたのは 4 × 400m リレーのアンカーとしてヘンリー・カーが走った時で,力みのない流れるような,スピードを感じさせないフォームで400mを,まるで10,000mを走るように走りました。それでいて 後続選手との差は開いていったのです。 このときのアメリカ・チームは世界新記録で金メダルを獲りました。
私は高校1年生でテレビで見ていました。
余談:当時の校長が陸上の公式審判員でこのオリンピックに審判として参加し,ヘイズが走った100mゴールの計時員台(当時は ストップウオッチで計測していた。)に座ったりしていました。
オリンピックが終わってしばらくして 高校の体育館のアサガオ型拡声器が 高級そうなスピーカーに変わりました。うわさでは オリンピックの体操会場で使用したスピーカーを土産にもらって帰ったとのことでした。 「さすが オリンピック,金に糸目をつけず高級なものを使っている。」と我々は感心していました。
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コメント
いや~!同じ事を感じてた人がいたんだな。なるほどそうでしたよね、なにか風のようにさわやかに感じたね。力感ないのに速い。小学5年でしたが大いに印象にのこってます。その後高校まで陸上をやりましたが理想と現実のギャップは大きかった。
投稿: 小長谷 明良 | 2013年12月30日 (月) 15時17分