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2008年9月 5日 (金)

「ジープ道路」と呼ばれた道路

北九州市の生家近くに「ジープ道路」と呼ばれる道路がありました。

この道路は 私が大人になって知った情報を繋ぎ合わせると,第二次世界大戦後,進駐してきた米軍が独身将校宿舎用に接収(?)した邸宅(旧戸畑市の松本邸,現西日本工業倶楽部保有の国の重要文化財。辰野金吾博士が設計した 日本で最も早く概観,室内,家具の全てにアール・ヌーボー様式を取り入れたと言われる洋館。その内部を彼らはペンキで真っ白にしたという。)と占領軍本部(旧小倉市)の間,約3~4kmを結ぶ道路の一部で 我が物顔でジープが走っていたのでしょう。

宿舎として使われたのは 昭和26年(1951年)まで,私はその時 3歳なのでジープが走っているのを見た記憶はありません。

ジープが走らなくなって10年以上,「ジープ道路」と呼ばれていました。 50年以上経った今,そう呼ぶ人はいるのでしょうか?

因みに 学生時代に観た 1970年(昭和45年)公開のアメリカ映画,“M*A*S*H”(“Mobile Army Surgical Hospital” の略。)で ドナルド・サザーランドとエリオット・グールド演じる,腕は立つが権威主義と建前主義を徹底的にオチョクル朝鮮戦争従軍医師が 小倉の司令官(?)の息子の手術にかこつけてゴルフ・バッグを抱えて 朝鮮半島から小倉に来るという エピソードがありました。ゴルフ場を近くに作らせていたのかどうかは判りませんが,彼らなら 当然,軽くやったでしょう。

ジープの記憶はありませんが,この時代以降見たことがない双胴の飛行機がよく飛んでいるのを見た記憶があります。機種はわかりませんが朝鮮半島を往復する輸送機だったのでしょうか。まさか 「“双胴の悪魔”  ロッキードP38 ライトニング 戦闘機」ということはないでしょうね。

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参考サイト:西日本工業倶楽部 http://www.nkc.or.jp/

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