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2009年2月の26件の記事

2009年2月28日 (土)

Brooks Brothers のPersonal Order シャツ

Brooks_brothersa

Brooks_brothersbBrooks Brothersの “Traditional Fit” のドレスシャツは 相当ゆったり目で,さらにNeck Sizeで Body Sizeが決まるので 体型の割りに首の太い私には 身頃も着丈もゆったりしすぎです。

それで 数年前から出ている “Slim Fit” タイプで 身頃だけでもジャスト・サイズに近づけたいのですが,私が遠慮したい 「Non-Iron」の生地ではないシャツとして “Oxford”はありますが,私が欲しい “Pinpoint Oxford” の生地が “Slim Fit”にはありません。

そこで “Pinpoint Oxford” の生地で パターンオーダーすることにしました。注文した仕様は 次のとおりです。

  • 生地:Pinpoint Oxford,白 および ブルーの2枚
  • Fit Type:Slim
  • Neck:16”,Sleeve:31”(袖の修正不要。)
  • Body:15-1/2”。パターンオーダーの場合,Body Sizeを選べます。Slim Fit でも 16”はまだ余裕があるので サイズを1/2”下げました。
  • 着丈:1”短く。(15-1/2” のBody Sizeでも長すぎました。1”単位で短くできます。)

値段は 既製品+\3,000 ほどでした。

約10日で 出来上がりました。

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2009年2月27日 (金)

“米国大統領”-“PT 109”-“タイ・ハーディン”-“ブロンコ”

昭和世代の飛躍の連想です。

オバマ氏が米国大統領に就任しました。

米国大統領と言えば 35代 ジョン・F・ケネディー(John F. Kennedy)大統領です。彼の最も大きな決断のひとつがキューバ危機の時の海上封鎖でした。昭和36年(1961年),私は中学1年生で,それまで大して面白いこともなかったのに 第三次世界大戦が起こって,これで世界は終わりか,と子供心に思うくらい緊迫した状態でした。

ジョン・F・ケネディーと言えば “PT 109” です。第二次世界大戦時の米海軍魚雷艇(Patrol Torpedo Boat)で,彼は中尉で 新任としてこの艇長を務め,ソロモン諸島沖で大日本帝国海軍の駆逐艦「天霧」にぶつけられて沈没したとき,部下をリードして近くの島まで泳ぎ,椰子の殻に救援の伝言を彫って島民に託し,13人の乗組員のうち11人が助かったのです。(2名は衝突時に即死。)このエピソードが大統領当選の追い風になったとも言われています。この話は “PT 109”のタイトルで 昭和38年(1963年)に映画化されました。私は中学3年か高校1年のとき この映画を観ました。ケネディー役は “クリフ・ロバートソン”(Cliff Robertson)でした。Castingは JFK本人承認とのことでした。

Celebrityimagetyhardin235268 この映画で 部下の少尉役で出演していたのが 好漢 “タイ・ハーディン(Ty Hardin)”(1930~  )でした。タイ・ハーディンの “Ty” は あまり見ない(?)Spellingですが,彼の高校生の時の ニック・ネーム “Typhoon”から とったとのことです。

タイ・ハーディンと言えば “ブロンコ(Bronco)”です。昭和33年(1958年)から昭和37年(1962年)にかけて Warner Brothersが 1時間のTV用として製作した西部劇です。私が観ていたのは中学生の頃でした。

タイ・ハーディンは このTV映画で 主役の元南軍将校  Bronco Layneを演じていました。この頃,日本では多くのアメリカのTV映画が放映されており,私が観ていた西部劇だけでも「ローン・レンジャー」,「ライフルマン」,「コルト45」,「名犬リンチンチン」,「シャイアン」(「ブロンコ」の兄弟番組),「シュガーフット」(これも「ブロンコ」の兄弟番組),「ローハイド」などがありましたが,「ブロンコ」が最も好きでした。

Bronco Layneが何のために西部を放浪していたのか,職業が何であったのか,どんなストーリーがあったのかなど さっぱりわからないし,覚えていませんが,彼が バーに入って バーテンダーに 「ミルク」を注文するのが 何とも好きでした。

更に,ワイルド・ビル・ヒコック,ビリー・ザ・キッド,ジェシー・ジェームズなど西部劇の有名人が登場するのが楽しみでした,毎回ではありませんでしたが。

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2009年2月26日 (木)

ぼつぼつ ひなまつり

Img_2510_2

“(株)銀座はなのれんK” さんの 「チョコレート ドラジェ」です。

ひなまつりまでは 封をしたままで。

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2009年2月25日 (水)

いまだに premini

Img_25232004年7月1日(木)に発売された Sony Ericsson “premini” を7月3日(土)に買って以来,movaが無くなるのではないかと心配しながら使い続けています。

発売当時,世界最小でした。発売前に雑誌で見て気に入り,Sonyビルで実物を手にして 購入を決め,発売日を待って Nokiaから買い換えました。発売2日後でしたが,地元の電気店では品切れで 都内で売れ残っている店を探してもらって 新宿店まで走って(電車が)買いに行きました。

機能は 電話,Mail,スケジュール,アラーム,電卓くらいで充分です。カメラやその他の使わない機能は不要です。国際電話機能は欲しいです。

シャツのポケットに入れて気にならない大きさと 重さです。

そろそろ 買い替えの時が近づいたようです。いつ気に入ったFomaが出るでしょうか?

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2009年2月24日 (火)

春の息吹 ふきのとう

Img_2519ふきのとう です。

ワイフが どこからか 買って来ました。

もうすぐ春です。

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2009年2月23日 (月)

昭和35年前後のニール・セダカ

Neil_sedaka昭和35年(1960年)前後,コニー・フランシスと並んで やや高めの声のニール・セダカ(Neil Sedaka,1939~  )のアメリカン・ポップスをよく聞きました。私は中学生でした。

ニール・セダカは 作曲家であり,自身の歌う曲はほとんど自分で作曲しています。コニー・フランシスのヒット曲 “Stupid Cupid(間抜けなキューピッド)”,“Where the Boys are(ボーイハント)”も彼の作曲です。

懐かしいので Best盤を買い,iPODに入れています。このBest盤には 16曲が収められています。ほとんど全てに邦題が付いているので 日本で シングル・レコードとして売られたのでしょう。

  • Oh! Carol(1958)
  • Calendar Girl(1961)
  • King Of Clowns(悲しきクラウン,1962)
  • Next Door To An Angel(可愛いあの娘,1962)イントロのスキャット(?)が有名ですね。
  • One Way Ticket(恋の片道切符,1959) 日本でヒットした曲で,私はカラオケで歌いますが,他の国ではあまり有名ではなく 英語版 Wikipediaには示されていません。作曲も彼自身ではありません。作曲は H.Hunterです。
  • Breaking Up Is Hard To Do(悲しき慕情,1962)
  • Happy Birthday Sweet Sixteen(すてきな16才,1961)
  • Little Devil(小さな悪魔,1961)
  • I Go Ape(1959)
  • Stairway To Heaven(星へのきざはし,1960)
  • The Diary(恋の日記,1959)
  • That's When The Music Take Me(1972)
  • You Mean Everything To Me(きみこそすべて,1960)
  • The Girl For Me(1959) セダカの作曲ではありません。作詞・作曲は A.Thompsonです。
  • I Must Be Dreaming(夢ごこちの恋,1961)
  • Let's Go Steady Again(よりを戻そうよ,1963)

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2009年2月22日 (日)

「コカ・コーラ」の記憶,あの頃 僕は若かった。

Coca_cola_bottles_b

最近は あまり飲むことはありませんが,清涼飲料水の種類が今ほどなかった昭和40年前後 “コカ・コーラ”は 我々 団塊の世代にとって極めて身近で ポピュラーな飲み物でした。

全共闘などが学内を闊歩し 学生運動が盛んだったその頃,大学の集会で “コカ・コーラ”をそばに置いて アジっている運動家に対し,「反米と言いながら,米帝国主義の象徴である“コカ・コーラ”を飲んでいるとは何事か!」の野次に対し,「飲み終わったら 火炎瓶にするんだ。」と答えた,という笑い話もあります。

私が 初めて“コカ・コーラ”を飲んだのがいつだったか,正確な記憶はありませんが,おそらく昭和30年代後半(1960年代前半),高校生の頃だったと思います。ところが,ボトルを始めて見て 手にしたのはその10年前 昭和20年代後半(1950年代半ば)で,私が小学校に入るか入らないかの頃でした。母親が 戸別訪問の販売で 髪用に買ったと思われる 「椿油」が入っていたのが 間違いなく “コカ・コーラ”のボトルでした。と,言っても 当時 それが“コカ・コーラ”というアメリカの飲料ボトルとは知る由もなく 「面白い形をして何やら英語が書いてある瓶だ。」と思った記憶だけです。今,想像すると 「椿油」の販売業者が 進駐軍が飲んでいた“コカ・コーラ”のボトルをどこかで手に入れて使っていたということでしょう。

ここで 日本における“コカ・コーラ” 製造・販売の歴史を調べてみました。

輸入は大正時代から始まりましたが,一般の人が飲む量ではなかったようです。終戦後 昭和20年(1945年)に CCEC(The Coca Cola Export Corporation)日本支社が日本 6ヵ所にボトリング工場を設立しましたが これらはあくまで進駐軍用でした。米軍は兵士の福利・厚生(?)のため 進駐した国にまず,“コカ・コーラ”のボトリング工場を作ったようです。米軍は“コカ・コーラ”と共に来るのは かつて 帝国陸軍が「仁丹」と共に来る,ということのバージョン・アップ版ですね。

日本人のための 製造・販売は 昭和32年(1957年)以降です。

  • 昭和32年(1957年) 「日本飲料工業(株)」設立,“コカ・コーラ”製造開始。
  • 昭和33年(1958年) 「日本コカ・コーラ(株)」に商号変更。
  • ~昭和38年(1963年) 全国にフランチャイズ方式で 16のボトラーが誕生。
  • 昭和37年(1962年) 「♪スカッとさわやか コカ・コーラ」のTVコマーシャルが流れヒット。まだ日本での発売開始から5年しか経ってなかったことになりますが,昔からあったように感じられました。

私が 育った北九州に関しては

  • 昭和35年(1960年) 福岡に「日米飲料(株)」設立。
  • 昭和37年(1962年) 「ザ・コカ・コーラ カンパニー」および「日本コカ・コーラ」から “コカ・コーラ”と“ファンタ”の製造・販売権取得。福岡県,佐賀県,長崎県をテリトリーとして営業開始。
  • 昭和38年(1963年) 「日米コカ・コーラ ボトリング(株)」に商号変更。この社名が 私には もっとも馴染みがあります。大げさな社名だと思っていました。同年,福岡工場完成。
  • 昭和48年(1973年) 「北九州コカ・コーラ ボトリング(株)」に商号変更。就職で 既に 北九州を離れていた私には記憶がありません。
  • 平成11年(1999年) 「山陽コカ・コーラ ボトリング(株)」と合併し,「コカ・コーラ ウエスト ジャパン(株)」となり,現在に至る。

ラムネと違った 強めの炭酸が 新鮮でした。

昭和40年(1965年),高校の修学旅行で行った東京の旅館で見た“Coca Cola”の自動販売機が新鮮でした。

昔 行った ポルトガルの自動販売機で “Coca Cola without Soda”というのを見ました。要するに「炭酸抜き」です。味の想像ができたので 試しませんでした。

(写真は Coca Cola公式サイトの壁紙から)

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2009年2月21日 (土)

『じっ茶 ばっ茶』

Img_2507「龍泉洞の 『じっ茶 ばっ茶』」という名前のお茶です。

岩手県下閉伊郡岩泉町 (株)岩泉産業開発さんの「穀物ブレンド茶」。

「原材料:黒豆,大麦,玄米,青豆,白大豆,ひえ,あわ,きび,ビタミンC,乳化剤」 と書いています。

身体には良さそうです。

味? ふつうでした。

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2009年2月20日 (金)

嫌いなもの集め(その1:食関係)

好きなものより 嫌いなものの方が はっきりしています。趣味・嗜好は マイナス方向から決まっているようです。

ランダムに思いつくまま,「食関係の嫌いなこと・もの。」

  • 割り箸を割った後,箸を両手に持ってすりあわせること。(何のまじない?)
  • 客が言う「オアイソ」。(何語?)
  • Soft Drinkを まとめてジュースと言うこと。(ジュースを売っている自動販売機は稀です。)
  • 大皿から 取り分けるとき 逆さに持つ箸。(手で取るのと同じ。)
  • 箸を1本ずつ両手に持って 食べ物を切り分けること。(箸の間違った使い方。)
  • カレーライスをかき回して食べること。(趣味の問題.。)
  • その前に スプーンをコップの水につけること。(目的不明。)
  • ホテルの朝食ブフェのトレイ。(趣味の問題。)
  • 食事中のコーヒー。(嗜好の問題。)
  • キムチと その匂い。(嗜好の問題。)
  • 全ての細長い食べ物を啜って食べること。(!)
  • 甘い味つけの肉。(嗜好の問題。)
  • 甘い味付けの卵焼き。(嗜好の問題。甘くない卵焼きを外で食べたことはないけど。)
  • ちくわぶ。(嗜好の問題。西にはない。)
  • インスタント・コーヒー,缶コーヒー。(嗜好の問題。別の名前を付けてほしい。)
  • オフィスでのペットボトルのラッパ飲み。(紙コップがない?)

とりあえず このくらいで。

嫌いなら 食べない,自分で しなければ済む話でしょうが,見ると憂鬱になるというところが問題です。

こんな 些細なこと,ものが嫌いで よく60歳まで生きてこれたものだと感心します。

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2009年2月19日 (木)

女子高校生の修学旅行の鞄を見て こみ上げるものが・・・

「高が鞄じゃないですか,モノを入れて 破れずに 運べればいいじゃあないの。」という精神を持てない自分が 時に面倒になります。

20数年前の夕方,広島県のある駅の広場を 寝台列車で東京に行くため歩いていました。広場には 修学旅行に出発すると思われる女子高校生が集合し,しゃがんでいました。彼女達の持っている鞄を何気なく見ながら その横を歩きました。

L.V. のボストンバッグを持っている女子高校生もいる中で,見覚えのある鞄が目に付きました。

その数年前,勤務する工場が 年間安全成績優秀工場になり,その表彰記念品として 全従業員に鞄を配ったことがあり,まさしく彼女の鞄はそれだったのです。私は その安っぽい材質と デザインの趣味の悪さに加え,2,000人を超える人が同時にもらった鞄であることから とても外では使えないので 家には持って帰らず,工場内で何か運ぶときに使えるかもしれない,とロッカーに投げ込んでいました。

彼女の家で どのような会話があったのでしょうか?

ともかく 「これを持って行きなさい。」と 親が言う鞄を持って 修学旅行に出かけようとしていたのです。どのような会話があったとしても 「いい娘だ。」と 思わずこみ上げるものがありました。

-という気持ちに間違いはありませんが,自分が持つ鞄へのこだわりは捨てられませんね。

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2009年2月18日 (水)

ソフトなヘリンボーンのスポーツコート

Brooks_brothers__2492Brooks Brothersの “3-Button Herringbone Sack Sport Coat” です。 7,8年前から着ています。

ウール 70%+アルパカ 30% の素材でソフトな風合いです。

カジュアルな Harris TweedのHerringboneと違い,チャコールグレイのパンツを合わせて タイをすれば ビジネスもOKでしょう。

Brooks_brothers_2500

最近,Brooks Brothersには 伝統的Detailを持つ Sack Typeが少なくなりましたが,このSport Coatは残っているようですね。(中年以上の)ワードローブとしては 重宝です。

“Sack” というのは ダーツのない「ずん胴」で「薄い肩パッドのナチュラル・ショルダー」のシルエットを言うのでしょうね。

Brooks_brothers_2498

Harris Tweedのヘリンボーンと並べると上品に見えますね。

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2009年2月17日 (火)

3ヶ月間に個人輸入した鞄一覧

2008年11月から12月にかけて行なった鞄の個人輸入が, 2月14日に最後のBagを入手して完了しました。

欲しいBagが 日本で購入困難だったので 海外サイトを探して注文したことから始まって,ちょうど円高(ドル,ポンド安)の状態だったことと 定年退職記念の意味もあって4個 購入しました。

Img_1789①英国 Bradyの “Monmouth

遊びの旅行の機内持ち込み用。ビジネスにも使います。

Img_1952②英国 Bradyの “Norfolk

散歩用。

Hartmann_2377③米国 Hartmann Luggageの “41” Mobile Traveler Garment Bag

んー,いつ使いましょうか。海外旅行用でしょうね。

Img_2484④英国 Barnsbyの “Weekend Traveller

(日本では Jabez Cliffの “フライトバッグ” 又は “エアキャリー”で通用しています。)

Weekend旅行用。(そのままでした。)

尚,BradyHartmann はメーカーではない通販サイトから購入し,Barnsby(Jabez Cliff)はメーカーのサイトから購入しました。Brady社のサイトには もともと 日本人は日本の代理店を通じて買うように書いています。Barnsby(Jabez Cliff)は 1月(おそらく)から 同様に 日本人は日本の代理店を通じて買うようにと注記されました。Barnsbyの製品を扱っている英国の通販サイトが見当たらないので 円高の恩恵を享受できなくなりました。

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2009年2月16日 (月)

クリスマスローズ 3種

クリスマスローズは下を向いて咲いています。写真が撮りにくい花です。

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2009年2月15日 (日)

“Barnsby” の Weekend Traveller 又は “Jabez Cliff”のFlight Bag

日本ではジャベツ・クリフ(Jabez Cliff)の「フライト・バッグ」や「エア・キャリー」と呼ばれている英国製のバッグです。“Jabez Cliff” は 日本ではベルトで有名です。
今月初めに届いたベルトと併行してメーカー・サイトから 個人輸入しました。メーカーのサイト名は “Barnsby”で サイトでは バッグの名前は“Weekend Traveller”になっています。社名は “Barnsby Saddlery,Jabez Cliff & Co Ltd” のようですが,ベルトもバッグも ラベルは“Barnsby”です。この辺りの関係は よくわかりません。

Img_2482Flap,Handle,Shoulder Strap,Fastening Strap などは 馬具に使われる Bridle Leather,胴部は オリーブ・グリーンのキャンバス,金具はBrassです。

サイズは 51cm×33cm×20cm。

Img_2465_3Img_2471

現代の鞄にはほとんどある ジッパーがどこにも使われておらず あくまでクラシックなバッグの復刻という雰囲気で 決して使いやすいとは言えません。

Flapは その切れ込みを胴部に固定されたBrassのループに通し,その上からFastening Strapをループに通してFlapを留めます。これは 私には縁の無い エルメスのバーキンと同じです。が,バーキンは最後のロックが金具のところ,これは中央の水平のループに垂直のStrapを通し バックルで留めます。バックルのバー先端に孔があって ここにロックが付けられます。

Flapの下,コンパートメント上部には胴部の両サイドを繋ぐStrapがあります。

メインのコンパートメントの他は外側両サイドにポケットがあります。

Img_2467Img_2477

Img_2488Img_2487

Img_2491Img_2485_2

使い込めば いい味が出ると思いますが,革が厚く硬く,使い始めは苦労しそうです。空港で「開けて中を見せて下さい。」と言われても簡単には開きそうにありません。いかにも英国的です。

Img_2484尚,フラッシュを使って撮った左の写真の方が実物に近い色が出ています。

(追記)2014年6月に ジャベツ・クリフ(正式名称 “Barnsby Saddlery,Jabez Cliff & Co Ltd”)は倒産しました。
遂に,幻のバッグになりました。

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2009年2月14日 (土)

‘Jabez Cliff’の ‘Weekend Traveller’購入顛末

遊びの旅行用でショルダーバッグとキャスター付きのスーツケースの中間の大きさの鞄,手で提げられる所謂,ボストン・バッグと言われるくらいの適当な大きさの鞄で気に入ったものがなく,歳相応のデザインの鞄を探していました。

Weeked_traveller_3去年,あるサイトで見かけた鞄が気に入りました。「デザイン」,「色」,「素材」 のいずれも完全に好みに一致しました。写真だけでは不安なので 売っている店を探して,密かに実物の確認に行ってきました。

英国の,鞍など馬具の専門メーカー “Jabez Cliff & Co Ltd”(サイト名は “Barnsby”)で 作っている “Weekend Traveller”という名前の鞄で £299.5でした。(英国では “traveller”,米国では “traveler”ですね。私は 無意識には “traveller”と書きます。)

ポンド安で \140/£以下になっているので 送料を考慮しても \50,000 くらいで買えるだろうと 12月半ばに 英国のメーカーに直接注文しました。

メーカーとのやりとりが何回かありました。注文から入手までの顛末を紹介します。

12月14日Barnsbyのサイトから発注。

12月18日BarnsbyからMail受信。“We do apologise but this item is currently out of stock. We could deliver your holdall middle of January 2009 if this is acceptable to youWe are sorry for the incovenience but delivery is due to festive holidays

Yes,I do accept it..” の返事をして待ちました。メーカーで品切れということは クリスマス休暇をはさんで 私のために製作するということでしょうか。Mailの送付元は “Barnsby Saddlery,Jabez Cliff & Co Ltd” になっていました。

鞄を “Holdall” と呼ぶことを初めて知りました。勉強になります。

*その直後,Credit Cardのサイトを調べると 既に12月17日付けで 2月引き落とし予定として 鞄代金が請求されていました。請求金額 £306.5,為替 \135.6/£ で \41,547。定価より £7 増えているのは 送料を間違えて加えているためでしょう。かなり杜撰です。£7では日本まで届きません。

1月14日BarnsbyからMail受信。「発送の準備ができた。但し,送料が £150 かかるので Credit CardDetailを連絡してくれ。」 → 予想より かなり高いが,即日 返信。この会社が 英国王室御用達馬具メーカーなので 信用してレスポンスしています。

1月15日BarnsbyからMail受信。「Credit CardSecurity Codeを知らせてくれ。」 → 即日,連絡。(前日のMailに書いていたんだけど?)

1月20日】その後,音沙汰無いので 督促のMail発信。 “Could you confirm my security code? And when did/will you dispatch it?

2月2日】更に2週間経過しても音沙汰無しのため 督促のMail発信。 “Would you please advise of the situations regarding ・・・・?” 。 感情を抑えて 丁寧に尋ねました。

2月9日BarnsbyからMail受信。 “I am sorry to trouble you again,however our carrier service have asked if we can supply them with your telephone number so that they can contact you regarding the parcel.Please let us have this as soon as possible” → 目的が よく判らないし,3週間以上 ほおっておいて “・・・as soon as possible”はないだろうと思いながら,この際,言われるままにしようと 電話番号を連絡。「電話するなら 時差を考えてするように運送屋さんに言っといてよ。」と注記。電話を待っていましたが 電話はありませんでした。

Credit Card会社のサイトを調べると 2月9日付けで 送料の請求が入っていました。£143,為替 \138.2/£ で \19,762。送料としては高いですね。鞄代金で間違えて加えられていた送料 £7 は引かれていました。VAT(英国消費税)は もともと定価に入ってなかったと信用するしかありません。

2月14日】佐川急便で 鞄が配達されました。梱包箱に貼られた配送状から 運送会社は “Interlink Express” と“SKY NET(Worldwide Express)” -両者の関係はわかりません。日本での 佐川急便への依頼主は “Hubnet Express” でした。

結局,払った金額は 鞄本体に \41,547,送料に \19,762 で合計 \61,309 でした。関税は かからなかったようです。通関の判断,手続きなど よく判りません。正規輸入販売店の税込み定価 \155,400 の約40%でした。

(-と,思っていたら 2月20日に 関税等の請求書が “Hubnet Express”から届きました。

  • 関税:\2,200(商品 £299.5×0.6=£179.5:通関金額,通貨レート:\126.14/£→申告金額:\22,667,関税率:10%  \100未満切捨てで 関税:\2,200 でした。商品価格の60%に税率 10%を乗じているので 見かけの税率は 6% ということですね)。
  • 消費税:\900(課税標準額:\22,667+\2,200=\24,867,税率:4%  \100未満切捨てで 消費税:\900)
  • 地方消費税:\200(課税標準額:\900,税率:25% \100未満切捨てで 地方消費税:\200)

合計 \3,300,これに運送会社のHandling Charge(税込み):\525 を加えて 請求額:\3,825 でした。これまでに請求された金額に加えると 総合計 \65,134 となり 日本での税込み定価の 42%でした。よしとしましょう。)

発注から入手まで 2ヶ月かかりました。品切れ,クリスマス休暇の事情があったとはいえ レスポンスが遅く,船便で運ぶのと変わらない時間がかかりました。ISO9001Quality Management System”発祥の地で 「顧客満足」が 品質システムの最重要要求項目と思いますが,あまり意識してないようです。サイトには ISO9001の認証を取得しているとは書いていませんが。

個人輸入では 注文時だけ formatを英語で埋めれば済む場合もありますが,時には 英語のやりとりが必要になることを覚悟しておいた方がいいですね。

(追伸-2月18日。現在,Barnsbyのサイトには
Please note that we cannot deliver goods to Japan. For help with purchasing Barnsby products in Japan, please contact our Japansese distributor: xxxx
とあり,日本の代理店名と電話番号を示しています。日本の消費者だけ 例外的に排除されている理由は示されていません。是非,理由が知りたいものです。代理店さん。)

(追伸)2014年6月,“Jabez Cliff & Co Ltd”は倒産しました。残念です。

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春一番が吹く中,広島から羽田へ

昨日,九州から北陸,関東までの地域で春一番が吹きました。

気象庁のホームページには 『春一番』の定義として「冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風。 立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風」としており,強い風の定量的定義はありません。 私は 15m/sec. 以上と思っていましたが,8m/sec.と書いてあるのを見たことがあります。気象庁が 風速を定義してないので 気象庁が 「これが春一番だ。」と発表するのを信じるしかないですね。まあ,実生活に関係なく 季節を感じる現象なので そんなものでいいでしょう。

この春一番の中,19時45分 広島空港発の Boeing 777-200で帰京しました。金曜夜の便で空席はありませんでした。

強風が心配でしたが 離陸後は肘掛から腕をはみ出して新聞を大きく広げ,バサバサとページを捲る隣の男性客の無神経さの方が気になりました。

羽田に着陸前,機体からのカメラが始動した後,風を感じる揺れがあり,着陸後の滑走時にも横揺れの加速度を感じ,「機長,頑張れ!」と心で叫びました。

空港からのリムジンバスも満席でしたが,隣の席は紳士でした。世の中,まだ捨てたものではありません。無作法な人間がいるから 紳士もまた存在するのですね。

ちょっと気になったこと。機中で C.A.が機体名称 777-200 の “-” をダッシュ と発音しました。「ダッシュ」 と 「ハイフン」の違いは何でしょう。2語をつないで1語にする場合は「ハイフン」ですね。「ダッシュ」は長音記号で 文中で 注釈を入れる場合(センテンスを分ける場合),注釈をはさむ “-” は 「ダッシュ」でしょう。 「ダッシュ」は クールに聞こえますが,“777-200”は 「ダッシュ」が正解でしょうか?

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2009年2月11日 (水)

出張中,忙中閑あり。

祭日の今日から3日間,広島県呉市で仕事です。初日は少し早めに仕事を切り上げ 街を歩きました。東京と広島の経度差は おそらく10度ほどあるので 日の入りは40分ほど遅いと思われ 18時近くまで明るさを保っていました。

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呉市立美術館前の道です。「日本の道 百選」に入っています。が,「自衛官募集中」の横断幕が興ざめです。

この道の右側は 現在は 「市民広場」ですが,終戦までは 帝国海軍の「練兵場」でした。もともと傾斜地だった場所を 戦艦 大和を建造した 船渠(ドック)を掘った土を運んで平坦にしたと言われています。明治時代のことですね。大和を造ったのは 昭和です。

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海上自衛隊 呉地方総監部の正門です。

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帝国海軍 呉鎮守府時代からの重厚な建物が鉄の門扉越しに見えます。

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2009年2月10日 (火)

羽田空港エアポートラウンジ

Img_24393泊4日の出張で夕方発の飛行機に乗るため羽田に来ました。時間が早かったので エアポートラウンジでコーヒーを飲みました。第2ターミナル4F北ピアにあるラウンジです。使用料は1,000円 もしくは 指定クレジットカードがあれば無料です。

広島空港のラウンジは飲み物 1杯のみに対し,羽田は文字通りフリーです。

いつからか 無料の無線LAN “freespot”が使えるようになっています。Img_2440_2 

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2009年2月 9日 (月)

BICのライターとボールペン

フランスの代表的工業製品は? シトロエン,ルノー,プジョーなどの自動車やジェット戦闘機 ミラージュなどではなく,私は BICのボールペンとライターが第一に思い浮かびます。

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BICの鉛筆型 透明クリスタルの使い捨てボールペンを手にしたのは昭和30年代後半(1960年代),高校生の頃で受験勉強に愛用していました。そのタイプのボールペンがそれまで 日本にあったかどうかの記憶はありませんが,その後,トンボや三菱が同じタイプのボールペンを発売しました。私は BICを使い続けました。現在は使っていません。

BICの使い捨てライターを始めて見たのが いつだったのか定かな記憶はありませんが,昭和40年代半ば(1970年)頃だったでしょうか。

使い捨てライターを買うことはめったにありませんが,今でも買うとすればBICにします。デザインと長持ちする点で 40年経った今でも 後発の日本の使い捨てライターはBICを捉えることができてないようです。

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2009年2月 8日 (日)

昭和の華 「ザ・ピーナッツ」

昭和30年代後半から昭和40年代前半にかけて ザ・ピーナッツの歌が よく聞こえていました。

ザ・ピーナッツのデビューは 昭和34年(1959年),引退は昭和50年(1975年)で17年間 現役でした。この期間のうち 昭和36年(1961年)から昭和47年(1972年)まで 日曜18時30分から30分間の人気バラエティ番組「シャボン玉ホリディ」で クレイジーキャッツと共演しています。

彼女たちを見た私のもっとも古い記憶は デビュー前,スポンサー名を冠した“テイジン「街のチャンピオン」”という,特技を持ったアマチュアを紹介するテレビ番組で 『名古屋の歌のうまい双子姉妹』として出演したとき,デビュー直前だったと思います。私の家庭がテレビを購入した頃,小学4年生か5年生の頃でした。この番組の司会者は テレビ映画「スーパーマン」で主演 ジョージ・リーヴスの声を担当していた大平透氏でした。50年前のことです。

私の記憶に残る ザ・ピーナッツの歌った曲を挙げてみましょう。

  • 可愛い花」 (昭和34年,1959年) デビュー曲で 元は “Petite Fleur”(小さな花)というフランスの曲でした。同年,日活で 同名タイトルで映画化され,ザ・ピーナッツは主演しています。
  • 情熱の花」 (昭和34年,1959年) 「エリーゼのために」をアレンジした曲で “Passion Flower”として カテリーナ・ヴァレンテが歌ったものをカバーした曲です。カテリーナ・ヴァレンテはドイツで活躍した歌手で,父親はスペイン系,母親はイタリア系で ウィキペディアでは アメリカの歌手とあって どこの国の歌手かよくわかりません。後に カテリーナ・ヴァレンテは日本語で この曲を歌い,日本でヒットしました。
  • ふりむかないで」 (昭和37年,1962年) 宮川泰(ひろし)氏(1931~2006)作曲による初のオリジナル,J-Popsの さきがけ と言える曲です。当時は 無国籍曲という批判もあったようです。中学生の私は ニール・セダカ,ポール・アンカなどの曲と変わらないアメリカン・ポップスの感覚で聞いていました。今でも イントロを聴くと 英語の歌詞がでてきそうな感じがします。
  • 恋のバカンス」 (昭和38年,1963年) 宮川泰氏作曲で 日本レコード大賞編曲賞をとっています。日本の曲とは思えないセンスです。カテリーナ・ヴァレンテもカバーしました。ロシア(当時,ソ連)でもロシア語の歌詞で歌われ, いまでも 日本の曲とは思われず歌われるそうです。もっとも 日本臭さのない優れた曲と思います。
  • ウナ・セラ・ディ 東京」 (昭和39年,1964年) 宮川泰氏作曲。カンツォーネ風の無国籍と言えば無国籍の曲です。イタリアのカンツォーネ歌手 ミルバが 正確な日本語で歌っていました。この曲で 日本レコード大賞作曲賞を受賞,同時に 作詞の岩谷時子さんが 作詞賞を受賞しています。
  • ローマの雨」 (昭和41年,1966年) すぎやまこういち氏作曲,橋本淳氏作詞です。
  • 恋のフーガ」 (昭和42年,1967年) すぎやまこういち氏作曲,宮川泰氏編曲です。この曲のヒットは 宮川泰氏の ティンパニを使った衝撃的イントロなど編曲の功績大と言われています。
  • 恋のオフェリア」 (昭和43年,1968年) 宮川泰氏作曲です。この年,大学に入った私にとっては おそらく この曲までが ザ・ピーナッツのPopsで,この曲以後,歌謡曲に流れた(?)彼女たちの歌を聴くことはほとんどなくなりました。引退 7年前でした。

これらの曲を収めたベスト盤CDを iPODに入れ,時折り聴いて 昭和を懐かしんでいます。

彼女たちの歌唱力,ハーモニーもさることながら,宮川泰・すぎやまこういち両作曲家の才能をあらためて認識します。

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2009年2月 7日 (土)

広島から『かき』が届きました。

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広島にいた頃の ワイフの友人からです。

今年の出来はいいそうです。

ありがとうございます。いただきます。

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2009年2月 5日 (木)

ポンド安なので 『ジャベツ・クリフ』のベルトを

円高・ポンド安が続いています。この際,と言うわけでもありませんが,日本でも評判の高い “ジャベツ・クリフ(Jabez Cliff )”のベルトを 英国のサイトから購入しました。

Img_2422_2サイト名は “Barnsby”となっており “Jabez Cliff”の名はどこにも出てきませんが,発注後に着たMailの 発信元は “Barnsby Saddlery,Jabez Cliff & Co Ltd” となっていました。この会社は馬具-Saddle,Bridle など-を主商品とし,鞄,ベルトも製作しています。メーカーサイトではない一般の通販サイトでは 通常 メーカー定価の80%ほどで売られていますが,“Jabez Cliff”の製品を売っているサイトは メーカー自身の他は見つかりませんでした。

同封された送付状には“Jabez Cliff & Co Ltd” となっています。

Img_2427ベルトは Bridle Leatherで作られています。サイトでは “Full grain 3.5mm,English Leather Bridle Butts in natural vegetable tanned English Leather” と説明しています。 “Bridle”は 日本語では「馬勒」(ばろく)のことで 『勒』は「くつわ」ですが 「馬勒」と言う場合,広義に 「おもがい」,「たづな」なども含まれるようです。

ベルトは “Casual Belt”(幅 :1-1/2”,38mm)と“Dress Belt”(幅:1-1/8”,28mm)の2種類があり,28mm幅を選びました。

Buckleは “Nickel”と“Brass”があり,“Brass”を選びました。

色は “Brown”,“Ebony”,“London Tan”,“Natural Russet Tan”の4種類がありましたが,色が判る写真がサイトにはなく,“Ebony”の黒はわかりますが,茶系3種類の区別がわかりませんでした。とりあえず“London Tan”にしました。

価格は 商品 £22.5に送料£7を加えて 計:£29.5,為替が\134.5/£で 約\3,968 でした。日本で買うより 約5,000円安く入手できました。

ただ,クリスマス休暇をはさんでいたとはいえ,12月末の発注から入手までに1ヶ月以上かかりました。現地のRoyal Mailによる発送が 1月28日で 着が2月5日,単に発送が遅れただけでしょうが 1月7日にあった We apologise for the delay our company has been closed for christmas Holiday. We have processed your order and will despatch within 7-10 days. ” というMail の約束から10日以上の遅れ。若干,ルーズのようです。

まあ,日本にBelt 1本を 発送するのに それほど熱心にできない気持ちはわからないでもないですね。次は 2本にしましょうか。

(追記:2009/6/5) 現在は 日本には送ってもらえなくなっています。

   “Please note that we cannot deliver goods to Japan. For help with purchasing Barnsby products in Japan, please contact our Japansese distributor:   ” とサイトに表示され,日本の代理店名と電話番号があります。
又,日本で売っている全ての店で \8,925(28mm)に統制されているようです。なかなか 立派な輸入代理店です。

(追記:2014) ジャベツ・クリフ(“Barnsby Saddlery,Jabez Cliff & Co Ltd”)は 2014年6月に倒産しました。

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2009年2月 4日 (水)

定年退職記念旅行 (その1) 計画

12月に60歳になって 定年退職し,嘱託として 見かけはこれまでと変わらない会社勤めを続けるにしても 区切りとして 記念の旅行をしたいと計画しました。

行き先は 何故か シンガポールとしました。何となく考えたことは-

  • ヨーロッパは この時期,寒い。(と言っても 勤続30年記念旅行は Pre-Christmasのオーストリアに行ったのだけど。)
  • 南半球は オーストラリアしか 思いつかず,出張で行ったことがあるが 広すぎて旅行の焦点が絞りにくい。
  • 東南アジアでは 「アンコールワット」などの遺跡が 魅力的だが,少し勉強して 予備知識を持って行きたい。故伊丹十三氏は カンボジアが内戦で荒廃する前,映画「ロード・ジム」の撮影で カンボジアに滞在したときの経験から,アンコールワットへの道を 「自転車で走るには 世界で最もふさわしく 美しい場所」 と何かに書いていた。今,その姿は 回復したのか?
  • 目的のひとつである食べ物は ,果物と中国・東南アジアの料理が シンガポールにはある。(と 思う。)
  • シンガポールは政情,治安,衛生等に不安が少なく,どこでも英語が通じる。

等々-。

時期は 早ければ早いほどいいのですが,1月,2月は 仕事の関係で1週間の休みが取りにくく 3月とし,4泊5日としました。燃油サーチャージが4月から安くなるとの情報がありましたが無視しました。

長年のワイフの献身に感謝の意を表して ホテルは“RAFFLES”,フライトは 「ビジネスクラス」にしようと考えました。(ワイフは 東南アジアは初めて,かつ,ビジネスクラスの搭乗経験なし。)シンガポールには リッツ・カールトンやコンラッドのような一流ホテルがありますが,これらは他の国の系列ホテルと変わらないだろう,シンガポールの雰囲気を味わうのは 香港の「ペニンシュラ」と並び 『東洋の貴婦人』と呼ばれる「ラッフルズ」に限る,と思い込んで決めました。シンガポールには仕事で 延べ 1ヶ月ほど滞在したことがありますが,出張なので それなりのホテルにしか泊まったことはありません。

ホテルとフライトを自分で予約することも考えましたが,めんどうなので旅行代理店のプランを上記の仕様(4泊5日 ラッフルズ,ビジネスクラス)で探しました。

その結果,どの旅行会社のプランも 50~60万円/人, 二人で百万円を超えることがわかりました。これは 高すぎる気がして 調べると,シンガポール往復・格安ビジネスクラスの最高値が約\350,000,ラッフルズの部屋代が 約 S$700/day で\45,000/日,4泊で \200,000弱,2人分の航空券と合計して 90万円にしかならず,納得できません。

ここで 東京-シンガポール 直行をやめると 安くなることに気付き,香港乗り換えを使ったプランを見つけました。約\250,000/人で 二人で 50万円,これに決定しました。

RAFFLES HOTEL は1887年 創業,サマセット・モームが何回も泊まったという由緒あるホテル,さぞかし格式が高いだろうと サイトで全レストランのDRESS CODEを調べると 12のレストランに対し “Casual”:5,“Smart Casual”:6,“Smart Elegant”:1 の内訳でした。但し,“Smart Elegant” でさえ “While a jacket is recommended,it is not necessary.”とあり,上着を着なくてもよい,タイは不要,ということで,最近のホテル客の服装のCasual化,特に24時間通して抑揚のないCasual化に やや不満の私としては少し拍子抜けです。しかし,私は コットン・スーツくらいは持って行きますよ。

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2009年2月 3日 (火)

Hartmann Luggage,My Collection

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15年前から Hartmann Luggageを買い始め,私が必要と考えるタイプがほぼ揃いました。アタッシュ・ケースと 小物(眼鏡ケースのみ‘ラルフ・ローレン’)が “Belting Leather Collection”で 他は “Intensity Collection” です。これで Hartmann Luggageの購入を終了します。

ちょうど定年になりました。これらを 有効に使って 充実した老後を過ごしましょう,ということにしておきます。

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2009年2月 2日 (月)

「もち吉」の おかき

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「(株)もち吉」 の かきもち です。製品は この詰め合わせの他,「サラダ」,「昆布」など多種類あります。

「もち吉」は 福岡県直方(のうがた)市の製菓会社です。袋に書いている住所が-

『福岡県直方市・・・2400番地 字餅米もちだんご村餅乃神社前』

“字”以下の住所が 面白いですね。

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2009年2月 1日 (日)

Report Pad と Memo Pad Case

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最近は記録を電子Dataでファイルし,整理するようになって 紙を残すことが少なくなりました。 しかし,会議などでメモが必要なことがあって紙も必要です。但し,これを紙のまま保管することは ほとんどありません。従って,どのような紙にメモしてもいいのですが,最終的に必要なメモを電子ファイルに収めるまで失くしてはいけません。

そのような理由で,A4のレポート用紙と 小さなメモ用紙を挟む皮革製の2種類のPad,英語で言えば “Writing Folio”を入手しました。

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用が済んだメモ紙は廃棄します。

「(株)レイメイ藤井」 製で ANAのマイルで換えました。

本当のところは Hartmann Luggage の Belting Leatherを使った “Writing Folio”が欲しかったのですが 日本では約\30,000 するので 躊躇していました。

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