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2009年3月10日 (火)

声をからして りんご売り?!

井上陽水さんの「氷の世界」で 「・・・窓の外ではりんご売り,声をからしてりんご売り,・・・」という歌詞があります。

陽水氏が育った福岡県田川市で 行商の「りんご売り」があったかどうか,などという無粋な話はなしにして 北九州で育った私が子供の頃 聞いた行商の売り声を思い出してみました。

昭和30年代前半(1955年頃),今から50年以上前の時代,種々の商品が行商で売られていました。

  • ところてん(心太)」と「おきゅうと」:“「ところてん」に「おきゅうと」や~” という売り声でした。いずれも 海草加工食品で,「ところてん」は “テングサ”,「おきゅうと」は “エゴノリ” を主原料として作られます。「おきゅうと」は 当時は博多中心の食品のようでした。
  • 麦茶」と「はったい粉」:“「むぎーちゃ」に「はったいこ」”という売り声でした。「はったい粉」は「黄な粉」のような粉ですが,原料は「大麦」で, 炒って挽いて粉にしたものです。練って団子にしてもいいですが,粉のままでも食べました。「はったい粉」はもう何年も食べてないですね。味も忘れました。
  • 豆腐」と「納豆」:“とーふに なっと”という売り声で 夏休みの朝,中学生がバイトで売っていました。両手にぶら下げたバケツに豆腐を入れ,肩に掛けた籠に納豆を入れていました。頑張っていましたね。西日本では あまり納豆を食べないといいますが,売られていました。
  • 金魚」:“きんぎょーえ きんぎょ”という売り声で 夏に来ました。どのくらい売れたのでしょうか。この時代,買う人がいたということですね。
  • 竿竹」:“さおだけやさおだけ”という売り声でした。物干し竿ですね。単に枝を払った竹でした。
  • 」と「生花」:“さかーきにおはな” という売り声でした。思えば 花屋が今ほどなかったように思います。食べることが先で,花を買う余裕がある生活に到達していなかったのでしょう。

売り声はありませんでしたが,定期的に風呂敷に包んで 「卵」を売りに来る人もいました。

時代と共に 売り方も 商品も変わりました。

日本で初めてできたコンビニは 昭和49年(1974年),江東区豊洲の「セブンイレブン」でした。

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コメント

いやいやいやいや。
お家にありましたよ、はったい粉。
去年は確実にお口に入ったはず!!

投稿: yoko | 2009年3月16日 (月) 13時40分

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