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2009年5月14日 (木)

「働けるうちは働きたい。」?

ときどき 定年が近い,又は定年を過ぎた人が 働けるうちは 働きたい。」と言うのを耳にします。 理由がわかりませんが,もし,働かないと生活できないのなら 「働きたい。」ではなく「働かざるを得ない。」でしょう。ここでは それは触れません。

私は 「働けるうちに リタイアしたい。」と思っています。

そもそも 「働けるうち」とは どのようなことを指しているのか,サラリーマンについて いくつかの条件を考えると-

A..「体力」 and/or 「知力」が 仕事遂行可能なレベルにあり,そのアウトプットが報酬に見合うレベルにある。(「気力」も必要でしょうが,本人が 「働きたい」と望んでいるのだから 「ある」と信じましょう。「報酬」に相当しなくなれば 相当するように減額してもよい,と思っているかは別問題。)

B. 雇い主が 必要な人材と認めて雇用してくれる期間。

C. 国が 雇い主に 雇用を義務付けている期間。(「改正高齢法」(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律)で 年金が全額給付されるまで 例外を除き 雇用を継続する義務が会社にある。)

これらを ひっくるめて 「働けるうち」と言うのかも知れませんが,どうも A が主のように聞こえます。

それでは 報酬に見合った仕事を遂行可能な 『体力』 と 『知力』 が無くなってから 仕事をやめて あと何をする『体力』と『知力』が残っているかが問題です。

サラリーマン時代は 時間を拘束されます。

「朝起きて 天気がよく,風もない。近くの島に渡って自転車で一周しよう。(これは瀬戸内に住まないと成立しない。)」 とか,「昨夜,テレビで見たアフリカにあるピラミッドに興味を持った。今日は アフリカの歴史を図書館に行って,又はインターネットで勉強しよう。」 とか,「来月は オフ・シーズンで海外旅行が安くできる。前から行きたかったスコットランドに行って歩き回ろう。」 など サラリーマン生活を送っていると 簡単にはできないささやかな自由を得た時,仕事ができない衰えた『知力』 と 『体力』で充分 楽しめなければ 何の人生なのか,と思うのです。

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