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2009年5月 1日 (金)

和銅遺跡を訪ねて秩父へ,「和銅黒谷」駅下車

4月29日,長瀞を後にして 秩父鉄道の3両連結電車に乗り,4つ先の「和銅黒谷」駅で降りました。他の乗客は 「羊山公園」の芝桜を目指しているようで 我々だけが 降りようとすると 「何があるところ?」という声が聞こえました。

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プラットフォームに 「日本通貨発祥の地」のタイトルで『和同開珎』のモニュメントが飾っています。我々が子供の頃は「わどうかいほう」と読みましたが,現在は「わどうかいちん」と言うようになっています。昔は 『珎』を『寶』のウ冠の省略字と解釈して「ホウ」と読んだとのことです。

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W_mg_3506 昭和の香りがする駅舎です。

ここ黒谷が 「日本通貨発祥の地」と自称しているのは この地(当時は 武蔵国秩父郡-チチブゴウリ)で露天掘りで産出した純度の高い(精錬不要の)銅を708年に 時の元明天皇に献上し,それがきっかけとなって (これを使って)日本初めての流通通貨「和同開珎」が発行されたためです。このとき元号も「和銅」に改まりました。

駅から 標識に従って 和銅遺跡を目指して 山に向かいました。

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途中の山道にも道標がありました。

駅から 20~30分ほど歩いて 第一地点に到着しました。

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モニュメントです。銅製ではありません,コンクリート製です。

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1300年経っているので 定かではありませんが 掘った跡です。

この先の急坂を更に進むと 「露天掘り跡」を上側から見ることができる,と案内板に示していましたが,坂の入り口に 「体力に自信のない人は進まないこと。」の注意書きがあったので 安全策をとって 先には進みませんでした。

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1300年前,都から遠く離れたこの地のこの山奥で 露出した地層から 銅が見えていたとは言え,見つけたのは どんな人たちだったのでしょう。

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