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2009年6月18日 (木)

Blue Jeans を穿いたことがない!

団塊世代の私は Blue Jeans (現代風にはデニム)を穿いたことがありません。

何故か?

昭和45年(1970年)頃まで Blue Jeans は 日本では まともな服装と認められていなかったような気がします。

英語版 Wikipedia に,米国における Blue Jeans の社会的地位の変遷を書いていました。

  • 1950年代:もともと 作業服としてあったのを 若い人々(Teenagers & Young Adults)が穿くようになった。既成社会への反抗の意味があった。映画館やレストランでは入場を断られることもあった。
  • 1960年代:徐々に 認められるようになった。
  • 1970年代:この頃までに 一般的なファッションになった,但し,Informal な服装として。

米国においてさえ,1970年頃までは 一般的服装(General Fashion)と認められてなかったようです。

昭和43年(1968年)から昭和47年(1972年)まで 大学生で,社会に反抗的ではなかった私は  Blue Jeans を穿くことを躊躇し,躊躇しつつ Blue を避けて 「オフ・ホワイト」 や 「オリーブ・グリーン」のJeansを穿いていました。 ウールのパンツに黒革靴の同級生も多かった時代でした。ブランドは “Cone” でした。Zipper が “Talon” だったので 米国製だったと思います。“Cone” のJeans を現在 見ることはありません。現在,世界最大の デニム生地製造メーカーである “Cone Mills Corp.”が 当時 製品としてのJeans を作っていたのでしょうか?

日本製Jeansのブランドの歴史は 比較的古く, “BIGJOHN”:昭和35年(1960年), “EDWIN”:昭和36年(1961年),“BOBSON”:昭和45年(1970年)だそうです。

日本で Blue Jeans が 一般に認められる時代になっても,卒業後,30歳くらいまで,学生時代の延長で Blue Jeans は穿かず,「オフ・ホワイト」 と 「オリーブ・グリーン」のJeansを穿いていました。この頃(昭和50年代初頭?),関西のある短大の教授が 「Blue Jeans を穿いている学生の受講は認めない。」と言って物議を醸し,新聞に載ったことがありました。そういう時代があったのです。

そのうち 私は Jeans が穿けない体型になり,今日に至っています。残念な歴史でした。

還暦を過ぎて 瘠せつつあるので トライしてみようと思う気持はありますが,チノパンに比べ 穿いて行く場所を選び,汎用性に乏しい気がするのは やはり過ごした時代のせいでしょうか。

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