« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月の30件の記事

2009年6月30日 (火)

カンツォーネを聴いていた頃

先日,TVで 中尾ミエさんが 歌う 「愛のフィナーレ」を聴きました。

 

懐かしい曲です。昭和45年(1970年)に ザ・ピーナッツの 「恋のオフェリア」のB面としてリリースされました。作曲:宮川泰,作詞:なかにし礼 による 『恋の終わりは 涙じゃないの』で始まる名曲です。これを歌ったのは オリジナルの ザ・ピーナッツの他にも 菅原洋一などがいましたが,私が まず思い浮かんだのは イタリアの歌姫(と呼ばれたかどうか?)“ミルバ” でした。

 

思い浮かんだら ミルバ の歌を聴きたくなりましたが,CDは 持っていません。レコードを持っていたと1枚探し出しましたが 「愛のフィナーレ」がありません。

 

で,近くの店に探しに行きました。「ROCK & POP」 のコーナーにはなく,「カンツォーネ」 のコーナーは存在せず,では 「どこだ?」 とウロウロした結果,「WORLD」 のコーナーに ひっそりと 「カンツォーネ」の棚があり,数枚のCDがありました。そして ミルバ のCDが1枚ありました。セピア色の魅力的なジャケットでした。

 

Milva_classics

 

Milva CLASSICS”(2枚組み)で 2006年の日本公演に合わせてリリースされたアルバムでした。

 

“DISC 1” は “MILVA BEST SELECTION”,“DISC 2”は “MILVA IN TOKYO” と 名前が付いています。 “DISC 2”に収められているのは 昭和39年(1964年)に 日本で録音されたスタジオ盤の復刻CDとのことです。この “DISC 2” に 日本語で歌われた曲が3曲あり その1曲がBONUS TRACK(何せ,昭和45年リリースなので)の 「愛のフィナーレ」でした。

 

“DISC 2“の曲は BONUS TRACKの3曲を除くと 彼女が20歳代に吹き込んだものですが 円熟の歌声に感心しました。

 

ところで カンツォーネは, 現在では 数枚のCDしか棚に並んでない状況ですが,昭和40年(1965年)前後に 日本でかなり流行りました。

 

きっかけは 昭和39年(1964年) サンレモ音楽祭での優勝曲 「夢みる想い」を歌った 当時 16歳(?)のジリオラ・チンクェッティ の人気でした。サンレモ音楽祭は その後,日本でも放映され 昭和40年 : ボビー・ソロの「君に涙と微笑を」,ウィルマ・ゴイクの「花咲く丘に涙して」,昭和41年 : ジリオラ・チンクェッティの「愛は限りなく」(優勝曲) と ウィルマ・ゴイクの「花のささやき」 などが記憶に残っています。私は 高校生で,なぜか 土曜日の午後に放映されて 観ていた気がします。

 

ミルバ は 昭和36年から昭和44年まで サンレモ音楽祭に連続出場したとのことです。

| | コメント (0)

2009年6月29日 (月)

「豚マメ」と「ズッキーニ」を使って

Img_3966

先日,渋谷で買った「豚マメ」を「セロリ」,「木耳」と炒め煮したスペイン風(かな?)。

「豚マメ」は 生姜,大蒜,ワイン で下味をつけています。

Img_3968

黄色の「ズッキーニ」 とベーコンをオリーブ油でソテーした後,チーズと Pink Pepper と共にオーブン焼き。

ワイフの情報でした。

両品とも 渋い食材を使った料理ですね。いただきます。

| | コメント (0)

2009年6月28日 (日)

外出しない土曜日の昼下がりに「葱焼き」を

Photo土曜日の午後,「葱焼き」が食べたくなり,ワイフに頼みました。

皿は 「小石原(こいしわら)焼き」(福岡県朝倉郡東峰村)です。

皿も 料理も素朴です。

| | コメント (0)

2009年6月27日 (土)

追悼-Michael Jackson

Mj1

| | コメント (0)

2009年6月26日 (金)

ゴム長靴,復活?

梅雨です。Hunterboot_2

最近,若い女性が 洒落たゴム長靴を履いているのを見かけます。 

例えば 英国HUNTER社のBoots などです。

都会では 「ゲリラ豪雨」で 突然 50mm/Hr. を超える雨が降るようになって,下水の処理能力を超え 道路が川のようになってしまう現象がおこるようになったので 必需品,というわけでもないでしょうが,ファッションだけではなく,この状況に 少し関係しているのかも知れません。

かつて,昭和30年代まで ゴム長靴は 生活の必需品でした。生活道路,通学道路は 舗装はおろか 砂利さえ敷かれていませんでした。

雨が降れば 泥道になり,白いズック靴で歩ける状態ではなくなりました。

そのうち,砂利が敷かれ,又,そのうち 舗装され ゴム長靴を履かなくても 濡れることを我慢すれば歩ける状態になりました。私が暮らしていた九州のある地区の市道以上は昭和30年代の終わり頃までに 舗装率 100%になっていました。

私は 高校卒業(昭和42年)以来,40余年間 一度も ゴム長靴を履いたことはありません。

| | コメント (0)

2009年6月25日 (木)

“Grapefruit Jelly” で夏を食す。

2009_06_20_jelly夏を感じさせる “Grapefruit Jelly” です。ホームメイドです。

「ジェリー」 とは言わず,何故か 「ゼリー」と言う人が多いですね。(但し,“Jelly Bean” を 「ゼリービーン」と言う人は あまりいないようですが・・・)

日本語には “je” の発音がもともと無かった?

「邪心」,「儒教」,「入洛」 と  「じゃ」,「じゅ」,「じょ」の言葉はありますが 「じぇ」が思いつかない。「ジェ」は 何とも思いませんが,「じぇ」という字面自体 怪しく,日本語ではない感じですね。

そう言えば 昔(?),「ジェット機」 を 「ゼット機」 と言う人がいました。

| | コメント (0)

2009年6月24日 (水)

還暦過ぎて “LOAFER” を

学生時代(生徒時代も含め)から 一度もローファーを履いたことがありませんでした。

若い頃は 幼稚に思え,就職してからは 軽すぎると思って履きませんでした。

リタイア後のことを考え,毎日がオフになったら スェード靴ばかりでは面白くないので 「薄い茶色」(must),「柔らかい材質」(want),「ゴム底」(want) の条件で 大人向きのローファーを探しました。名の知られたローファー・メーカー  “BASS”, “COLEHAAN”, “ALDEN”, “DANNER”  などには 条件,特に薄い茶色の製品がなく 諦めかけていた2年ほど前に “Ralph Lauren ” で購入しました。

Polo_loafer「ゴム底」の条件は諦め,革底ですが 全面に ゴムの滑り止めが付いています。

何故か ブラジル製です。

季節に拘らずスェード靴を履いてきましたが,この夏は このローファーと紺色のチノパンでいきましょうか。

素足では履きません。

| | コメント (0)

2009年6月23日 (火)

“HARRY WALES” とは どなた?

先日,TVで 英国のウィリアム王子(26)とヘンリー王子(24)のインタビューが放映されていました。

二人は バーミンガムの北西55マイル  “North Shropshire” (ノース・シュロップシャー)にある “RAF Shawbury” (訓練組織名)でヘリコプター操縦訓練中のようです。(RAF= “Royal Air Force”)

TVでは 二人の ジョークを中心に一般受けする部分のみ流していましたが,英国には,将来 英軍のトップに立つ ウィリアム王子の真面目な受け答えを掲載しているサイトがあり,好感が持てました。

これを観ていて ヘンリー王子の軍服の胸に “HARRY WALES” と名札が付いているのに気付きました。彼の名前は正式には何と言うのだろうと調べてみました。

英国のサイトでは “Prince Harry” という表記が多いようですが,“Harry” は愛称で 本名は “Henry Charles Albert David” だとわかりました。

彼の紹介では “Prince Harry is third in line to the British Throne” とありました。「王位継承権第三位」と訳すのでしょうか。 “ in line to ” という表現なのですね。

父親の皇太子は “Prince of Wales” ですね。Walesの王子(王)の息子なので 名札ではWales としているのでしょうか。

英語版 Wikipedia には “Prince Henry of Wales” という項がありました。いろいろ呼び方があるようです。

| | コメント (0)

2009年6月22日 (月)

「アリマックスホテル渋谷」の前を通ったら

先日,松涛のDexee Dinerで昼食を摂って,渋谷公会堂に向って歩いていて 何年かぶりに「アリマックスホテル渋谷」の前を通ると 建物の前にロープが張っていました。営業していませんでした。

オープン10周年記念の特別プランで一度泊まったことがあり,その落ち着いた色調の内装や調度品にオーナーのこだわりを感じ,23室と 小さいながらも いいホテルと思いました。

Photo

部屋は それほど広くはありませんでしたが,ベッドルームと仕切られて ソファーが置かれたスペースがありました。

夕食と朝食を摂った1階のレストランは こじんまりとしていて Reasonableな値段で 神経の行き届いた料理を出していました。夕食の “お好きなだけ” デザートが記憶に残っています。

重厚な英国風インテリアの “The Bar” は ファンが多かったようで,テレビ・ドラマの撮影にも使われ,「華麗なる一族」で 鉄平と銀平が飲むシーンもここでした。

そのうち,もう一度 行こうと思いながら そのままになっていました。

帰宅後,調べて 去年(2008年)2月末日に 閉館していたことが判りました。15年間の短い営業だったようです。

| | コメント (0)

2009年6月21日 (日)

ブルーノートのCDを選びましょうか

blue note BEST & MORE 1100” と題して ブルーノート創立70周年記念企画で 今月,50タイトルのCDが 各\1,100で 売り出されました。平凡社新書「ブルーノート100名盤」の第1位から50位までです。ほぼ 1950年代半ばから1960年代半ば(昭和30年代)に録音されたアルバムのようです。

Blue_note_50

何枚かは持っているようなので この際,残りを 全部買おうかと考えましたが,とりあえず この50枚の各アルバムの聴き所 50曲を編集したサンプラー(CD)が \980 であったので 買ってみました。聴いていたら 懐かしい曲ばかりで 全部 欲しくなりました。

昭和40年代(1970年前後),福岡市で生活していた学生時代, 私の学年が何のきっかけか 半年間ストライキをやって することがなく,かと言ってバイトも気が進まず,毎日のように 市内繁華街の3軒のジャズ喫茶を順番に回って コーヒー1杯で 暇をつぶす怠惰な日々を送っていました。

Riverside_a

Kelly_a

Combo_a

“RIVERSIDE” は中洲の博多川沿い,玉屋デパートの裏あたりにあり,狭い階段を上がった2階にありました。現在も営業しているようです。

“KELLY” も中洲にあり,在学中にオープンした広くて明るく,唯一 本が読める店でした。調べましたが,今は?

“COMBO” は天神から渡辺通りを市民会館に向かう途中にありました。調べると 今年(2009年)8月15日に閉店するとのことです。42年間の営業でした。

半年間 講義を受けなかったのに留年しなかったのが不思議です。と,言っても,同時に入学したクラス35人中 4年間で卒業できたのは20人以下でした。そんな 日々を思い出しそうです。

| | コメント (0)

2009年6月20日 (土)

渋谷で 「豚マメ」買占め!?

ワイフが 所用で渋谷に行き,「豚マメ」(豚の腎臓)を見つけて買って来ました。「豚マメ」が売られているのは珍しいことです。去年は 肉屋に注文して 1kg単位で買いました。最近は 店頭に置いてあるのは稀です。

Weekdayの午後,渋谷駅-東急百貨店東横店 “Food show”内 「精肉あづま」さんで 売られていた 4パックを全て買ったそうです。

2009_06_18

合計:418g,\70/100g で,税込み \307 也。

去年 買った時は おそらく \40 弱/100g だったので高めですが,半分に切って,内部の,問題の「糸球体」を 除去して きれいな状態なので 手間を考えると そんなものでしょう。

さて ワイフは これで 何を作ってくれるでしょうか?

| | コメント (0)

2009年6月19日 (金)

Paisley の Tie

Img_3942小紋風にアレンジせず,全面 Paisley の Tieが好みです。

Paisley Pattern は ペルシャを起源とし,インド・カシミール地方を経由して 19世紀に駐留した兵士によって英国に伝わったそうです。

Paisley の名前は 19世紀に 多くのPaisley柄の織物を生産していた スコットランドの繊維業の町,Paisley に由来しているようです。

Navy Blazer には,Regimental Tie を合わせるほど 若くも老けてもないので(?) これらを地味に合わせることにしています。Very Classic です。

服装関係には 英国(多くはScotland)の地名に由来する名前が多いですね。思いつくまま挙げてみました。

  • Norfolk Jacket
  • Inverness Coat
  • Balmacaan Coat
  • Ulster Coat
  • Ascot Tie
  • Harris Tweed
  • Aran Sweater
  • Guernsey Sweater
  • Shetland Sweater
  • Fair Isle Sweater
  • Argyle

まだまだ ありそうですが,こんなところで。

| | コメント (0)

2009年6月18日 (木)

Blue Jeans を穿いたことがない!

団塊世代の私は Blue Jeans (現代風にはデニム)を穿いたことがありません。

何故か?

昭和45年(1970年)頃まで Blue Jeans は 日本では まともな服装と認められていなかったような気がします。

英語版 Wikipedia に,米国における Blue Jeans の社会的地位の変遷を書いていました。

  • 1950年代:もともと 作業服としてあったのを 若い人々(Teenagers & Young Adults)が穿くようになった。既成社会への反抗の意味があった。映画館やレストランでは入場を断られることもあった。
  • 1960年代:徐々に 認められるようになった。
  • 1970年代:この頃までに 一般的なファッションになった,但し,Informal な服装として。

米国においてさえ,1970年頃までは 一般的服装(General Fashion)と認められてなかったようです。

昭和43年(1968年)から昭和47年(1972年)まで 大学生で,社会に反抗的ではなかった私は  Blue Jeans を穿くことを躊躇し,躊躇しつつ Blue を避けて 「オフ・ホワイト」 や 「オリーブ・グリーン」のJeansを穿いていました。 ウールのパンツに黒革靴の同級生も多かった時代でした。ブランドは “Cone” でした。Zipper が “Talon” だったので 米国製だったと思います。“Cone” のJeans を現在 見ることはありません。現在,世界最大の デニム生地製造メーカーである “Cone Mills Corp.”が 当時 製品としてのJeans を作っていたのでしょうか?

日本製Jeansのブランドの歴史は 比較的古く, “BIGJOHN”:昭和35年(1960年), “EDWIN”:昭和36年(1961年),“BOBSON”:昭和45年(1970年)だそうです。

日本で Blue Jeans が 一般に認められる時代になっても,卒業後,30歳くらいまで,学生時代の延長で Blue Jeans は穿かず,「オフ・ホワイト」 と 「オリーブ・グリーン」のJeansを穿いていました。この頃(昭和50年代初頭?),関西のある短大の教授が 「Blue Jeans を穿いている学生の受講は認めない。」と言って物議を醸し,新聞に載ったことがありました。そういう時代があったのです。

そのうち 私は Jeans が穿けない体型になり,今日に至っています。残念な歴史でした。

還暦を過ぎて 瘠せつつあるので トライしてみようと思う気持はありますが,チノパンに比べ 穿いて行く場所を選び,汎用性に乏しい気がするのは やはり過ごした時代のせいでしょうか。

| | コメント (0)

2009年6月17日 (水)

Thym と Violet Sage の花

Img_3937

ワイフが植えている(育てている) Thym が 花をつけました。

Img_3938Violet Sage も咲きました。Sageは ハーブですが,これは観賞用とのことです。Violet というより Blue です。

| | コメント (0)

2009年6月16日 (火)

クールビズの憂鬱

今年も 6月1日から クールビズが始まりました。

クールビズの定義は明確には理解していませんが,明らかなのは 「ノータイ」であることです。

真夏になれば 半袖シャツ (当然,「ノータイ」) のみの クールビズ・スタイルで 何の抵抗もありませんし,むしろ大賛成ですが,クールビズのスタート時は どうも はっきりしません。

突然,ノータイのスーツ姿が出現します。“はぐれ刑事” です。さらに これで ベルトをしていなければ 逮捕されて取調べを受ける容疑者です。

ウールの,特にダーク・スーツに 「ノータイ」 のスタイルが分かりません。スーツを着ることができる気温なら タイをしていたらーと思うのです。「“スーツ” に “ノータイ”」 は 「“ノージャケット”に “タイ”」よりマシですが,それでも間が抜けています。職場で空調の運転をセーブするためなら 職場ではタイを外しておけばよいことです。

上着に 「ノータイ」 を 許容できるのは 「スポーツコート(替え上着)」 もしくは 「ブレザー」,せいぜい「コットン(or 麻)・スーツ」 を着たときだと 私は思っています。

| | コメント (0)

2009年6月15日 (月)

初夏の花々

Img_3920銀座 MIKIMOTO本店前に飾られた 紫陽花です。鉢を並べ,花だけが見えます。

Img_3931

ガクアジサイの “隅田川の花火” 再登場です。名前の由来が分かりますね。

Img_3914

“アガパンサス” です。まだ蕾です。

Img_3930

“ランタナ” (別名:七変化)です。何故,ピンクと黄色の花が 1本の茎に付くのでしょうか。

Img_3922

“オールドローズ” です。

Img_3926

Img_3928

最後の2枚,名前に自信がありませんので 省略します。

| | コメント (0)

2009年6月14日 (日)

Brooks Brothers の Special Sale 会場にて

“Brooks Brothers Card Members Only” 対象の 50~80% OFF Special Sale が 6月12日(金),13日(土),14日(日)の3日間 有楽町の交通会館12Fで開催されるという案内状が届きました。

Brooks Brothers に限らず Saleに行くことは ほとんどありませんが,Brooks Brothersが 店の外でSaleをやることはあまりないようなので どんなものかと 13日(土)に行ってみました。

1時頃,交通会館のエレベーターホールに着くと 「会場が一杯で入場制限をし,整理券を配っている。」 とのことで 整理券をもらいました。1時間半後の 2時30分 入場の整理券でした。

日本橋でワイフの用を済ませて 2時30分に 再度,交通会館のエレベーターホールに行き,何とかエレベーターに乗って12階に向かいました。12階会場の入り口付近から 列が出来ており 階段の方に伸びています。整理しているスタッフに聞くと 「2時30分 入場の方の列です。」とのことで 列の最後尾を目指して歩きました。列は階段室に入り,更に下に伸びています。11階,10階,・・・,終に 1階のエレベーターホールまで降りました。降りたついでに 整理券を返して そのまま 交通会館を出ました。同行の ワイフも “NO OBJECTION” でした。1階のエレベーターホールには どの時刻の整理券をもらうのか 列ができており,ビルの外まで伸びていました。

Brooks Brothers のSale品を購入するために 整理券を持って 1階から12階まで 並ぶ( or  並ばされる)気など毛頭なく,又,私のBrooks Brothers のブランド・イメージと相容れないものです。「これが Special Sale だ。」と言うなら仕方がありませんが,それが 当たり前なら 定価で購入しましょう。

そもそも 案内状の送付枚数と 会場の広さのバランスを どう考えていたのでしょうか?

製品とは関係ありませんが,この,客に対するスマートな配慮のない Sale で 私にとっての Brooks Brothers のブランド・イメージは やや変わりました。

| | コメント (0)

2009年6月13日 (土)

メーカー不明のBackpack

Img_3910Img_3911

約10年前に買った ワイフの Backpack です。

ワイフは 結婚以来 冠婚葬祭を除いた外出には ほぼ全てBackpack を使っています。

25年前に 吉田鞄で 皮革のBackpackを買って愛用していました。15年使って買い換えようとしましたが ポーターに力を入れていたためか  既に 吉田鞄に同じ製品はなく,替わりを探し回りました。数ヶ月の探索後,銀座2丁目の 銀盛堂さんで 替わりになる Backpack を見つけました。銀盛堂さんが イタリアのメーカーに注文したものだそうです。折り畳み傘 をセットするストラップを除くと 大きさ,デザインとも 吉田鞄のBackpack と ほぼ同じでした。

ショルダー・ストラップは 何かの火に近付けて 焦がしたため 修理に出して 交換しています。

Img_0490最近,何故かワイフは  Hartmann の Backpack を使うことが多いようです。軽さと 容量で Hartmann の Intensity が勝っています。このタイプも 既に 製造されてないので 代替品を探すのに 又,苦労しそうです。

| | コメント (0)

2009年6月12日 (金)

失敬で不愉快な字幕

最近,テレビで 出演者が話している内容を そのまま字幕で出すことが多くなりました。
よく 見ていると 言葉を修正して流しているようです。
例えば 「ら抜き」で 「・・・食べれる。」と 出演者が話したのを 字幕では「食べられる。」と正しい日本語に直したりして親切なことです。

先日,帰宅して ワイフから 聞いた話です。

朝のワイドショーを見ていると アメリカで開催された国際ピアノ・コンクールで優勝した辻井さんの父親が インタビューに応じてしゃべっていて
「今後,息子さんに どうしたいか?」 というようなことを聞かれて 「・・・視野を拡げてやりたい。」と答えたのに 「・・・あげたい。」という字幕が出ていたそうです。

何故?

「・・・してやりたい。」という ニュートラルな言葉を 何故 修正したのでしょうか? 真っ当な日本語が,粗野で下品な言葉のように扱われるのは 不愉快です。

「・・・してあげる。」は 謙譲語であって 丁寧語ではないでしょう。
息子に対して 謙譲語を使わない常識のある父親の言葉を さも誤っているかのように 変えて字幕を出すのは 辻井さんのお父さんに対して 失礼ではありませんか?

ハトに えさをあげないで下さい。」 と貼紙が出る世の中なので 仕方がないことなのでしょうか。

| | コメント (0)

2009年6月11日 (木)

「点心」食べ放題で食べたもの

六本木ヒルズのTOHOで いつも映画を観ます。地下鉄の駅から映画館に行く途中に 「香港茶樓」という中華料理店があり,店頭の「ビュッフェ」と書いてある看板が気になっていました。

土曜の夜,映画を見終わって 入ってみました。注文は「点心ビュッフェ」。還暦前後の夫婦が「食べ放題」に挑戦するのは無謀ですが,上品に戴きましょう。

90分間に 1人 3品/回,2人なので6品/回の注文ができるシステムです。

6×3回+1=19品 注文しました。

  1. コーンスープ
  2. 海老春巻
  3. スペアリブのトゥシィー蒸し
  4. 小籠包
  5. 帆立焼売
  6. タロイモの揚げもち仕立て
  7. 大根もちの煎り焼き
  8. 牛すじの甘辛蒸し
  9. 叉焼の腸粉
  10. 海老のチリソース炒め
  11. ブロッコリーのオイスターソース
  12. 鶏と野菜のパイ包み焼き
  13. ちまき
  14. 香港おこわのワンタン包み蒸し
  15. 衣笠茸の湯葉巻き
  16. 海老餃子
  17. 五目焼きそば
  18. ゴマ餡入り白玉だんごのくるみスープ
  19. タピオカ入り焼プリン

以上 完食。

還暦前後の夫婦にしては よく食べました。「はずれ」の料理もありましたが,概ね満足できました。飲み物代を入れて\9,900也。

デザートをもっと食べたいところでしたが,焼売などは2個づつなのに 最後の焼きそばの量が想像より多く(普通の1食分),これで予定が狂いました。

| | コメント (0)

2009年6月10日 (水)

柏葉アジサイ

Aimg_3832そろそろ入梅です。

この季節の代表的な花は 紫陽花です。

最近は 色々な種類の紫陽花を見ることが多くなりました。

これは ミッド・タウンで見た『柏葉アジサイ』です。

Aimg_3831

葉の形が 柏の葉に似ています。

Aimg_3833

面白い花の付き方です。やや黄色がかった白色です。

| | コメント (0)

2009年6月 9日 (火)

BILLS KHAKIS のチノパン

Pants_3878_2 ダイエット成功により ウェスト・サイズが合わなくなり,チノパンを買いました。

BILLS KHAKIS ”のM2(Plain Front,Standard Fit),素材は TWILLの “8.5 ounces/square yard ” で,クラシックな雰囲気です。

サイズは メーカーで作られている最も細い 30”(= 76.2cm)ですが,穿いた感じでは 余裕があり,公称サイズより かなり太めのようです。76cm以下まで 瘠せた覚えがないので  パンツを測ると 約80cmでした。31”と少しですね。日本の通販サイトでは 76cm 又は 78cmの2種類の表示があります。いずれにせよ,これ以上 瘠せると “BILLS KHAKIS ” が穿けなくなります。

Pants_3880

BILLS KHAKIS ” は Made in USA に拘っており,中国にも 東南アジアにも生産拠点を移していません。

Pants_3883

還暦過ぎの私には ちょうどよい,ゆったりとしたテーパードのシルエットです。これに 4cmの折り返しをつけました。

色は Navy Blazerに最も合うと思っている 「サンド・ベージュ」です。タグに示している “KTBL” は “Khaki ” Colorを指すようです。

余談ですが,布の厚さを 単位面積当たりの重さで表示するように かつて(現在は?),米国の鋼構造物の図面では 鋼板を 重さ(pounds)で表示しており,直感的に板厚が掴めず 苦労したことがありました。

| | コメント (0)

2009年6月 8日 (月)

これは何でしょう?(その4)

Speaker_3898これは何でしょう?

これは裏面です。

Spaker_3894

iPODと並べました。

iPODより小さいサイズで,全くのフラッシュ形状です。

Speaker_3896

蓋を引くと 内部に格納されたプラグが現れます。

Speaker_3893

iPODを セットしました。

超小型スピーカーです。

PORTABLE AUDIO SPEAKER OO1 ” by Princeton,Designed by UltRA Graphics。

2Wのアンプ内蔵,PC USBから充電可能。

出張先のホテルで イアフォンを外して音楽を聴くための ポータブル・スピーカーを探していました。携帯性を重視して選びました。前端中央に 青いLEDが点灯し,その両側にスピーカーの多数の小孔が開いています。

音質は このサイズのスピーカーなので多くは望まず 音ではなく 音楽を聴くことにします。音量は iPOD側から Volume調整をします。録音レベルによっては 音量不足に感じることもありますが,静かな所で 一人で聴くので 良しとしましょう,何せ,携帯性重視ですから。

| | コメント (0)

2009年6月 7日 (日)

“Terminator Salvation”を観た後,リッツ・カールトン泊

土曜の午後,TOHO六本木 Screen 7で 「ターミネーター 4」(“Terminator Salvation”)の先行上映を観ました。

1984年からの「ターミネーター」3部作からの復活,新3部作の開始です。前3部作に比べて 大人向け(?)の映画になっていました。ジョン・コナー役のクリスチャン・ベイルがいいですね。

Terninator4

Bimg_3851六本木ヒルズで夕食を摂ったとあと,ミッドタウンの「リッツ・カールトン東京」にチェックインしました。東京に外資系ホテルが多くなり,競争が厳しいのか 6月がオフ・シーズンのためか,朝食付きで3万円台/2人 というリーズナブルなレートで予約できました。

Aimg_3848

52㎡は スタンダード・ルームとしては 日本最大級でしょう。特に バス・ルームの広さは特筆モノです。

Aimg_3835

47階の窓際 机越しの風景です。机上のサイドに電源,LANコード(ワイアレスも可能)などが使いやすく準備されています。

Aimg_3840この机は好きです。キャスター付き回転椅子が一脚あれば言うことなし,なのですが。

Aimg_3858

ワードローブの中のSafety Boxは 引き出し式で PCを入れ易く,かつ,内部に電源があって保管しつつ充電できます。

Aimg_3837

mini-bar のすっきりした外部です。

Aimg_3868

朝食を摂った「フォーティー・ファイブ」から 台場方向を望んでいます。

朝食に準備されている皿が 全て温かかったので,果物用に 冷たい皿をお願いすると 厨房に取りに行き 少し時間がかかりました。

オープンして何年か経ちますが,今まで 冷たい皿の注文をした客はいなかったのでしょうか?それとも 皿が温かいことに気付く客がいなかったのでしょうか?

おそらく,客が多い時間帯は 皿洗い機で洗って 乾燥させた皿を 冷やす間もなく そのまま出しているのでしょう。サラダや果物があるので 皿の温度は 素人の私でも気になることです。皿の絶対数が不足しているということでしょうか?

Aimg_3872

「ザ・ロビー ラウンジ&バー」です。

ロビーには 何も注文しないで 遠慮なしに居られるスペースが狭く 椅子やソファーが10人分ほどしかありません。待ち合わせには不適で 日本のホテルとしては 珍しい配置です。外国のホテルでは普通でしょう。

朝食後,従業員に その話をして 「煙草が吸える場所はありますか?」 と尋ねると バーでは吸えるとのことで そこに案内されました。

Aimg_3874

フリーの水を持ってきてもらいました。ワイフは ダイニング・ルームの入り口に置いてあった “Japan Times” を広げています。

Aimg_3834

11時頃,チェックアウトしました。

1階の ミッドタウンに通じる廊下です。客室フロアも同様ですが,廊下の配置が複雑で 迷路のようです。一度来ただけでは エレベーター・ホールに すんなりとは到達できそうにありません。特に 客室フロアの廊下の壁に凹凸が多く 迷路を助長するような設計の意図がわかりませんでした。

オープン当初は その高目のラックレートから 海外ビジネス客と 国内富裕層をターゲットにしていると言われていましたが,朝食時に そのような人は見かけず,ジーンズなどの若者が目立ちました。

| | コメント (0)

2009年6月 6日 (土)

肝炎は とてもきつかった。

10年ほど前,急性肝炎(A型)に罹ったことがあります。

症状は それまでに感じたことがない「倦怠感」でした。歩くのが やっとの「倦怠感」で その日 どうしても自分がやらないといけないことがあったので午前中 仕事をして,昼過ぎにタクシーで帰宅し 病院に行きました。既に 黄疸症状が 眼と尿に出ていました。

血液検査の結果,γ-GTP が2,000 IU/L(正常値:10~50)で,その値が分かった後の検査の移動の為,車椅子が準備されました。 そのまま入院となるところでしたが,個室を希望したところ 満室で断られたので 入院の理由を医師に尋ねました。(医師に 「入院です。」と言われて その理由を尋ねるのは 素直な患者では ありません。)

「肝臓の病気に対して 特効薬はなく,壊れた細胞が 自己治癒力で正常に戻るのを待つしかない。その為には,栄養を摂って 安静にしておく。」と 思っていたので 入院して何をするのだろうか,という素朴な疑問もありました。

医師の答えは ふたつー

  • 安静にするため。
  • 病状の急変への速やかな対応のため。(稀に劇症肝炎や腎不全へと移行し,重症化することがある。)

「安静は自宅でも可能。」,「病状が急変した場合,救急車で来る。」 との理屈で入院しませんでした。医師も 「こいつには 何を言っても無駄だな。」と思ったのかどうか,諦めたようでした。

安静を守り,2週間あまりで全快しました。(勿論,その間,何回か通院し 快復状況の確認をしました。)

原因を考えるとー

発症の3週間前,出張中の米国で食べた “Steamed Clam” だったようです。貝には気をつけねば。 「イチロー」が ルーキーだった年,恒例の“私服隠し”に遭い,代わりに着て飛行機に乗って帰ったという 「タンクトップ」 と 「ショートパンツ」 がユニフォームのウェイトレスがいる,あの(?)チェーン店で食べました。

一度罹ると 抗体ができ 20年は大丈夫だろうと考え,数年後, 同じ店に行き 又,“Steamed Clam” を食べました。「ザリガニ」も食べました。

肝炎の予防は 海外では 「水道水」,「生野菜」,「生の魚介類」を避けること,および,当たり前ですが ワクチン接種です。Wikipedia によれば 米国では A型肝炎ワクチンの定期接種が 2006年に指定されたということです。

| | コメント (0)

2009年6月 5日 (金)

「スラング辞典」を買ったりしていた。

Img_3827昭和50年(1975年)初版,研究社の「アメリカ俗語辞典」(“The Underground Dictionary”  ユージン E. ランディ 原編,堀内克明 訳編)です。

原編者序文より 「・・・この本は,ことばを理解することが伝達のギャップの割れ目を埋め,アンダーグラウンドやオーバーグラウンドのどちらでもない,万人にとってのコモン・グラウンド(共通の基盤)をつくり出すことを望んでいるすべての人のために書かれた。・・・」

訳編者序文より 「・・・特に,1960年代から70年代は,ヒッピーや反体制の若者が活躍した時代で,これまでにない多数のスラングが生まれているので,この辞書は非常に歓迎された。これは,現代アメリカの小説を読み,映画を見るときに,欠かせない辞書であり,麻薬に関する多数の俗語のほか,セックスのスラングも多く含まれている。また,黒人やオートバイ族のことばも豊富であり,現代アメリカの若者の世界が縮約されている。・・・」

1960年代,大量のスラングができ,さらに それらがアンダーグラウンドからオーバーグラウンドに移動し始めた時期だったのでしょう。原編者は 臨床心理学者で 患者との会話の中から蒐集したのでしょうか。

パラリとページをめくると “Mary Ann”,“Mary Jane” が出てきました。いずれも 「マリファナ」 のことです。当時の 通常の辞書には載ってなかったと思いますが,現在は “Mary Jane” は載っています。

アメリカ映画を 生の台詞で理解したいと思い,昭和51年- 20歳代後半に買いました。順番に見ていっても面白い本(辞典)でした。

まだ 使える?

| | コメント (0)

2009年6月 4日 (木)

夾竹桃の季節

夾竹桃が蕾を付けて そろそろ咲き始める季節になりました。咲けば 夏の終わりまで咲き続けます。夏です。

と,言ったら ワイフが 「うちの夾竹桃は もう咲いているよ。」 と 鉢植えの 夾竹桃を見せてくれました。

Img_3822

薄い黄色の夾竹桃です。

紅い夾竹桃に比べ,涼しげです。

| | コメント (0)

2009年6月 3日 (水)

J.D.サリンジャーが訴えた。

6月2日の朝日新聞(Net版)によると 「J.D.サリンジャー氏(90)は1日,自身の小説『ライ麦畑でつかまえて』(“The Catcher in the Rye ”)(1951)の続編と銘打った作品の出版差止めを求め,作者と出版社をニューヨーク連邦地裁に提訴した。」

NY DAILY NEWS(Net版)の見出しは “Salinger suit is Holden up release of ‘Catcher’ sequel ” と 洒落を入れています。(これを 説明するのは下品ですが ‘Holden ’は 主人公の名前。)

60_years_later 問題の作品名は 「60年後 ライ麦畑を通り抜け」(“60 Years Later:Coming Through the Rye ” )。

9月出版の予定で 既に 表紙ができているようです。作者名は “John David California” とかなり おふざけです。

J.D.Salinger氏は 長い間,隠遁生活をしており,一切 公式の場には姿を現していないようです。2001年の米国映画 「ライ麦畑をさがして」(“Chasing Holden ”)は サリンジャー氏に面談に行くという青春モノしでしたが,高い塀と ガードマンに守られて生活している様子を描写していましたね。

40年前の学生時代,「サリンジャーの一冊も読んでなければ 若者ではない。」という風潮があり-といっても 理系の学部にいた私の周りには そう思っている学生はおらず,私が勝手に思っていたようで- ともかく  Penguin Modern Classicsのペーパー・バック で “The Catcher in the Rye ” を買って,しばらくは いつも オフ・ホワイトのジーンズの後ポケットに入れて 暇があれば 少しずつ読んでいました。一冊 読み終わるのに何ヶ月かかったか,記憶にありません。

Img_3823

残っていました。

懐かしい 一冊です。1970年(昭和45年)印刷の第二版でした。

| | コメント (0)

2009年6月 2日 (火)

きみは 「号泣」 を見たか?

最近,「号泣」という言葉を よく見たり,聞いたりします。

言葉を見るわりに 「号泣」 している人を見たことがありません。

『号』は 「号叫」,「怒号」,「号砲」などと使われるように 「大声で叫ぶ」 又は 「大きな音」 という意味でしょうから 「号泣」は 大声で泣くことで,『しくしく』 ではなく 『わーわー』 でしょう。ましてや 声を出さず,涙だけの 「号泣」 はあり得ないことです。

いつから 単に(?)泣くこと全てが 「号泣」になったのでしょうか?

もうひとつ-

最近,「タニンゴト」 と よく聞くのですが,どういう意味か分からず「ナニゴト」か,と思っていたら 「他人事」のことだと分かりました。戦前は 「人事」と書いたらしいのですが 「ジンジ」と誤って読まれるため 「他人事」 と書くようになったらしく,その時,まさか 存在しない日本語で 「タニンゴト」と読む人が出てくることなど考えもしなかったのが そもそもの間違いだったようです。

残り少ない人生,世の流れに逆らおうとも 厳密に生きていきたいものです。

| | コメント (0)

2009年6月 1日 (月)

花,3種類

春は 多種の花が咲く楽しい季節です。

Img_3799

ヤマボウシ」(学名 Benthamidia Japonica)。最近は 「ハナミズキ」(アメリカヤマボウシ)の方を多く見かけるようになりました。

この花は白ではありません。白い部分は『苞』です。Wikipediaによれば 『苞』とは「花や花序の下部にあって,つぼみを包んでいた葉のことをいう。」とあります。

Img_3818_3

ユリ です。調べたところ「ローリーポップ」という名前のハイブリッドらしいです。

Img_3819_2

ガクアジサイです。「隅田川の花火」という名前です。

| | コメント (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »