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2010年5月28日 (金)

「お好み焼き」の記憶

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広島と言えば 「広島風お好み焼き」です。
広島空港の土産物店で売っています。

広島県呉市に去年 引越してきて 2回,お好み焼き店に行きましたが,好んでは行きません。

私の「お好み焼き」に対する感覚は 「家庭で作るもの」であって 店で食べるものではありません。
メジャーにはなりましたが,市販の「オタフクソース」や市販の「マヨネーズ」で味をつける食べ物を 店で 供するのは 如何なものかと思っています。
せいぜい 5,6人が入れば一杯の小さな店で,おばちゃんが一人で子供相手にやるのが 「お好み焼き屋」 という感覚を捨て切れません。

九州で育った私は 子供の頃,広島風のお好み焼きを 主に給食のない土曜日の昼の帰宅後,食べました。豚肉の代わりに 平天(薩摩揚げ)を短冊に切って入れました。

「お好み焼き」に関して 小学生の頃,同級生に聞いた 悲惨な話があります。

彼は 母親が準備した「お好み焼き」の材料を使って,母親が外出した後,一人,もしくは弟妹と一緒に 「お好み焼き」を焼いて食べていました。
そのうち 具が残って メリケン粉(小麦粉)がなくなりました。
もっと食べたいと思った彼は メリケン粉を探しました。
そして 「流し」の下に 白い粉を発見し,それを水で溶いて焼き始めました。
しかし,何故か 固まりません。
我慢できず,「まあいいや。」 と彼は それを食べました。

どんな味で どんな食感だったのかを彼が話したかどうかの記憶はありません。

「白い粉」は,固まるはずがない「石灰」で,彼は病院に運ばれました。
50年前の話です。

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