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2010年5月29日 (土)

かつて 家庭にあったもの。

昭和30年代に子供時代を過ごし,小学4年生で 初めて電気冷蔵庫(それまでの アイス・ボックス型と区別するため「電気」を冠する)とテレビ(14インチ・白黒)のある暮らしを経験した私ですが,現在,当時は存在しなかった諸々のモノの囲まれて生活しています。

逆に 当時,ほとんどの家庭にあって,現在の家庭で見るのが珍しいモノもたくさんあります。

例えば 「(足踏み)ミシン」。
当時は 衣料品が 現在に比べ 相対的に高価だったのか,母親は 子供や自分の着るものを自ら作ったり 補修をやっていたようです。
現在の衣料品の安さからすると 現代の母親は とても自分で作る気にはならないでしょう。
ミシンの専門メーカーだった「ブラザー工業」は 昭和36年(1961年)には 「タイプライター」の製造を開始し,現在では プリンターが主力製品になっています。一時は FAXのアメリカでのシェア トップだったとのことです。
家庭用のミシンは 今,どのくらい売れているのでしょうか。

次に 「大工道具」。
当時は 「趣味が大工」(要するに「日曜大工」)などと言う優雅な生活ではなく,必要だったから  一通りの大工道具が 家庭にあったような気がします。
実家にも 「鋸(のこ)」,「鉋(かんな)」,「錐(きり)」,「鑿(のみ)」,大工道具ではありませんが「半田こて」 などあって,夏休みの工作に使ったり,中学校の技術家庭科で作っていた「折り畳み椅子」の「ほぞ」と「ほぞ孔」を 「鑿(のみ)」で細工する,なんてことをやっていました。
今は 「日曜大工」を趣味とする人が 電動工具を持っているくらいのものでしょう。

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そして 私が今 持っているのは クレジット・カードのポイントで入手した この工具セットくらいで,これで手に負えないシゴトには 自ら手を出すことはありません。

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