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2010年8月23日 (月)

40年前,大阪万博の頃

開幕前は 展示内容を差し置いて野次馬的報道が盛んだった上海万博です。

落ち着いて 展示内容を紹介する番組があって良さそうですが 著作権か放送権の問題で パビリオンの外側から見えるものの紹介しか無理なのでしょうか。

と,言いつつ 万国博覧会に,あまり興味はありません。

万国博覧会(正式には 「国際博覧会」)とは・・・

国際博覧会条約によれば, 「複数の国が参加した,公衆の教育を主たる目的とする催しであり,文明の必要とするものに応ずるために人類が利用することのできる手段又は人類の活動の一若しくは複数の部門において達成された進歩,若しくはそれらの部門における将来の展望を示すもの」 とされています。
落ち着いて読まないと理解できない記述です。

「初期の万博として,クリスタル・パレス(水晶宮)が造られたロンドン万国博覧会(第1回,1851年)やエッフェル塔が建設されたパリ万国博覧会(第4回,1889年)などが有名。」とあります。

現在より ずっと世界が広かった(あらゆる意味で)初期の頃の開催意義は大きかったと思われます,テレビがなかったのですから。

日本で開催された 最も有名で 最初の万国博覧会は 1970年(昭和45年),40年前の大阪万博ですが,私は行っていません。

その年の夏の2週間(ひょっとすると3週間),大学2年生だった私は必修単位である企業実習のため 東京に行きました。帰りに大阪に寄るという選択もありましたが,報道されている混雑の中に敢えて入るほどの好奇心もなく 遠慮しました。

1964年(昭和39年)に開通した新幹線はまだ博多まで到いておらず,飛行機は学生には贅沢な交通機関だったので(「スカイメイト」のシステムは存在した。),博多から 今はなき ブルー・トレイン(「あさかぜ」か「さくら」か「富士」か「みずほ」かは記憶にない。)に初めて乗って 東京に向いました。 高校の修学旅行以来 2回目の東京でした。

「南沙織」の「17歳」が流れ,「光化学スモッグ」の発生が盛んに報道されていました。

新聞の見出しを見て 「『ヒカリ化学』って どこの会社だ?」 と思ったくらいで 「光化学スモッグ」は初めて聞く言葉でした。

調べると 「その年の7月18日に,環七通りの近くにある東京立正中学校・高等学校の生徒43名が,グランドで体育の授業中に目に対する刺激・のどの痛みなどを訴え,東京都の調査によって光化学スモッグによるものということが判明して以来,公に注目されるようになった。」とあります。
「光化学スモッグは,工場や自動車の排ガスなどに含まれる窒素酸化物や炭化水素(揮発性有機化合物)が 紫外線の影響で光化学反応をおこし,それにより生成する有害な光化学オキシダント(オゾンやアルデヒドなど)やエアロゾルが空中に停留しスモッグ状になることをいう。」とのことです。

それから40年経ち,空気汚染が改善されて「光化学スモッグ」の発生を聞くことは少なくなり,今年は「熱中症」が問題になっています。

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