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2010年9月19日 (日)

昔,「伝書鳩」 がいた。

小学校低学年だった昭和30年(1955年)頃,陸上競技を観に行ったとき,競技場の本部席の近くから 数羽の鳩が飛び立っていくのを見ました。

新聞社の伝書鳩でした。これが 仕事をしている伝書鳩を見た唯一の機会でした。

電話は 回線数は限られていたでしょうが,当然存在していたので,恐らく 伝書鳩が運んでいたのは 写真のフィルムが主で,これを脚か背中に付け 当時の新聞社の屋上に必ずあった鳩舎を目指して飛んで行ったのでしょう。

昭和35年(1960年)くらいまで 新聞社は伝書鳩を使っていたようです。
現在のデジタルカメラとインターネットによる写真の電送が実用化したのは 1990年代でしょうから,その間の空白の30年間は 写真を何の手段で運んだのでしょう。

ファクシミリ(FAX)が使われ始めたのは 恐らく 昭和50年(1975年)頃で 写真を送るにしてはドットが粗すぎる気がします。それ以前のテレビの刑事物ドラマで 犯人の顔写真を おそらく専用回線で送る電送写真がありましたが,これも新聞掲載に堪える質があったとは思えません。
それよりも フィルムのままでは FAXできそうにありません。

伝書鳩からインターネットの間の空白の30年,フィルムを運んでいたのは  プレスライダーと呼ばれたバイクだったようです。
鳩舎の前で 苛々して鳩の到着を待つより 確実なので採用されたのでしょう。

会社における外国との通信手段は 私が入社した 昭和40年代は TELEXでした。電報ですね。空港の到着時間やら ホテルの予約依頼などの連絡は 問題ありませんでしたが,技術的なトラブル説明では 絵がないので 解読に苦労しました。解読したつもりで 現地に行って 現物を見て 推定したトラブルと違っていたことなどありました。
昭和50年代に入って FAX が使われ始め 図面が送られるようになって 相当 便利になりました。(蛇足ですが,FAXの母音を 日本人が “æ” ではなく “ʌ” と発音しがちなので ビジネスの席にふさわしくない言葉に聞こえて ネイティブは 気になったようです。)
さらに この10数年で デジタルカメラと インターネットが一般化して リアルタイムで 世界のどこからでも,海の上からでも  写真を送ることができるようなって 世界が変わりました。

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