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2011年2月の28件の記事

2011年2月28日 (月)

広島市の川べりで 牡蠣ランチを

土曜日に久しぶりに自転車に乗った後遺症の太腿筋肉痛で,日曜日はゆっくりするつもりでしたが 家人のPCが故障して 広島市宇品のコジマに持って行くというので付き合いました。

船橋市のコジマで買ったPCの5年保険が 今年まで有効とのことでした。

PCを預けた後,的場から 市内中央に向かって歩き 去年の夏に見つけた 京橋川沿いのオープン・カフェに昼食を摂るため寄りました。

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店は 「牡蠣亭」,注文は 「牡蠣ランチ」。

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前菜の 「牡蠣のたたきポン酢ジュレ」 と 「さよりのクリームスープ」でした。
更に-

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「牡蠣のマリネ と 牡蠣のカナッペ」,「牡蠣飯」,「殻付き牡蠣のオーブン焼き と牡蠣の焦がし焼きサラダ仕立て 」でした。

牡蠣といえば 「牡蠣フライ」 と 「酢牡蠣」 だけではありませんでした。

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食後,本通商店街まで歩き,「春の砥部焼展」を開催していたアンデルセンで 中皿を購入して帰宅しました。

砥部焼にしては珍しい 朱色の線が目を引きました。

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2011年2月27日 (日)

Tyrell FX で ささやかな 初めての輪行

土曜日に,上蒲刈島 一周をしようと 久しぶりに Tyrell FX で出かけました。
もともと 輪行目的で購入したので 今回は 呉線で「呉駅」から 安芸灘大橋に最も近い 「安芸川尻」まで 5駅を電車で行く ささやかな輪行です。

Img_9357_2呉駅で 折りたたんで 乗車,3駅乗って 広駅で 三原行きに乗り換えました。
わずか2両編成です。

「他の乗客の迷惑にならないように 輪行する際は,最後尾に乗る」 というルールに従って 発車を待っていると,運転士がやってきました。
「どこまで乗車しますか?」
「安芸川尻まで。」
「この電車は ワンマン電車で 降車の際は先頭車両の前側のドアしか開かないので 1両目に移動していた方がいいですよ。」
とのことで,アドバイスどおりに移動しました。

「安芸川尻駅」で降りて 国道185号で呉方面に もどり,安芸灘大橋で 「下蒲刈島」に渡って 少し走り,「蒲刈大橋」で 「上蒲刈島」に入りました。
橋を下りて いつものように反時計回りに 1周しました。

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映画「海猿」で有名になった 「原トンネル」前で休憩。
まさに 春の海です。
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島は 今,ミカンの収穫期です。生り過ぎて 地面に落ちています。

「原トンネル」を抜けた坂の上に 「原うどん」さんが店を開けていました。
ちょうど12時だったので 「月見うどん」を戴きました。
同じ湯で「そば」を 茹でていたので,生死に関わる重度の「そばアレルギー」の家人は 「おにぎり」でした。

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「県民の浜」の山側の公園に 「河津桜」と「水仙」 が咲いていました。

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Img_9380県民の浜の ホテルなどの建物を通り抜け,砂浜に下りて 持参した コーヒー を飲んで休憩。

その後,島を回って 帰路に着きました。

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ほぼ晴れていたものの 気温は 暖かかった前日より 10℃近く低く,強風で 「安芸灘大橋」には 「横風注意」の表示が出ていました。

「復り」は 「往き」より ひとつ 呉駅寄りの 「仁方」から電車に乗りました。

走行距離は 54.8 km でした。

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2011年2月26日 (土)

39年前に就職して-

39年前の同期入社で 同じ地区に配属され 同じ独身寮に住んだ男が出張で広島に来るという連絡が,近くに住んでいる同期の男からあって 3人で会いました。
別々には会ったことがありますが,3人が同時に会うのは おそらく30数年ぶりでした。

同じ条件の同期入社が他に5人いて,話は彼らの消息の確認から始まりました。

分かったことは 60歳の定年まで 同じ会社(関係会社を含め)に勤めたのは 私一人だったことで,私を除く7人が55歳までに早期退職し,転職していました。

55歳までの退職に適用された退職金割り増し制度が存在していたことも関係したようです。

私の場合,管理するのも されるのも苦手(もしくは 嫌い)で,教育するのも されるのも苦手な サラリーマン(社会人?)向きではない性格で,興味の有無で 仕事に注ぐエネルギーをコントロールしながら ほどほどで やってきながら,クビにもならず,肩たたきもなく,定年を過ぎて 2年経ち 依然 勤めています。
他人の目を気にせず,処遇に不満を抱くこともなく (抱いても 表さず),若い頃から 人生を達観(あるいは諦観?)したところがあって,「人生,何をやって どう生きても大して変わったものではない。」 という気持ちが 根本にありながら,一つの会社でサラリーマンを39年間 続けてきたのは 我ながら感心します。

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2011年2月25日 (金)

「こげ茶色のソックス」を30年ぶりに-

茶色の ツィード・スポーツコートに 合わせて 「こげ茶色」のウール・パンツを買いました。
この30年間,茶色系のウール・パンツを穿いたことがないので 茶色系のドレス・シューズは勿論,茶色系のウール・ソックスさえ持っていません。

茶色のドレス・シューズを履くつもりはなく,スェードのカジュアル靴を合わせる予定です。
スェードのカジュアル靴は 厚手の綿ソックスで履いているので 薄手のウール・ソックスだと キッチリ履けません。

Img_9273そこで,こげ茶色で 厚手のウール素材ソックスを探しました。

何とか デパートで見つけました。
ウール(化学繊維混紡可),リブ編み,無地/ワンポイントなど飾り無し-の条件でしたが,カシミヤ混,変形リブ編み,ワンポイント有り-です。
探しても 他にありそうにないので,これで ヨシ としました。

恥ずかしながら Calivin Klein と プリントされていました。

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2011年2月24日 (木)

かつての VAN JacketのTV CM

Img_9309かつてのVAN Jacket のTV CM を録画したビデオをコピーしたDVDを 行きつけの VAN製品取り扱い店で 戴きました。

その店のお客さんが作ったものとのことです。

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1970年代に放映されたものでしょうが,その時代 私は 会社独身寮の自室にテレビを持ってない生活をしていたので ほとんど記憶がありません。

現在,数十万円で取引されると言われる 伝説の ノベルティ  “CARPENTERS KIT” のキャンペーンCM (1975年)が,「舶来大工道具プレゼント」として残されていました。

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2011年2月23日 (水)

そろそろ春。

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玄関で 雛人形の出迎えです。

桃は蕾ですが,そろそろ春です。

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2011年2月22日 (火)

一夜干しネット

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「魚,海藻」,「野菜」,「山菜」用 『一夜干しネット』です。

材質:ポリエチレン,ディスカウント・ショップのセール価格:\474。
(ネット通販では \900 程度です。)
メーカー:不明,不思議なことに どこにも書いてありません。

家人が これで何を干そうとしているかは 聞いていません。

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2011年2月21日 (月)

町内 梅まつり

日曜日,近くの寺迫公園で 自治会主催の「梅まつり」が催されていました。

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Img_9334思い出したのが 12時少し前で,片付けが始まる頃でしたが,何とか 「豚汁」と「握り飯」にありつきました。

梅は 満開です。

Img_9342公園の端に コンクリート・ベースに固定された 「竈(かまど or くど)」 があります。
羽釜が ちょうど収まるサイズに設計されています。

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座面を載せ,化粧板を取り付けて 普段は ベンチです。

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2011年2月20日 (日)

マイクロ・トマト

Img_9307マイクロ・トマトです。

サラダに入れましたが,小さすぎて 味を感じることができませんでした。

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2011年2月19日 (土)

ほぼ30年ぶりの 「こげ茶」のパンツ

昨年末 買った「ハリス・ツィード,茶色ヘリンボーンのスポーツ・コート」に チノパンを合わせておこうと思っていましたが,しばらく経って やはり 「フランネルのこげ茶のパンツ」が欲しくなり,広島市で探しましたが 適当なものが ありません。
特に 難しい注文はなく,条件は 「ノータック」のみですが 既製品を見つけることができず,それならばと,Brooks Brothers で オーダーしようと 店で生地見本を探しましたが,ありませんでした。
「こげ茶色のフランネル」の普通のパンツが見つからない,というのが不思議でした。

Img_9299結局,2月初めの東京出張のついでに,ホームページで生地があることを確認していた「KENT SHOP 青山」で 注文して 2週間で入手しました。

ほぼ30年ぶりの 茶色系のウール・パンツなので,リブ編み/こげ茶色・無地のソックスを見つけてから穿きます。

これで 立派な 田舎のおじさんになれます。

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2011年2月18日 (金)

自転車用「ウェストバッグ」と「ヘッドポーチ」

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自転車用に mont・bell の バッグを二つ追加購入しました。

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Cycool Series の ウェスト・バッグ(5 liter)。
身体に直接触れるのはメッシュのみで バッグ本体をカーブした金属フレームで浮かせているので,Spec.容量 5 リッターですが 物の出し入れはスムーズにいきません。

20年間 使ったウェストバッグを廃却します。

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トップチューブとヘッドチューブに ベルクロで取り付けるポーチです。
今まで パンツのポケットに入れていたカメラや煙草を 簡単に取り出すことを目的として使うつもりです。
防水のアクアテクト・ジッパーが使われています。

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2011年2月17日 (木)

GREEN RAISIN

Img_9294「シルクロードのオアシス『トルファン盆地』の谷間に広がるぶどう畑には,雪解け水が流れ,『トルファンの緑の真珠』と讃えられるグリーンレーズンを育てています。」と袋に書いてある 『枝付きグリーンレーズン』です。

Img_9296トルファン盆地」は天山山脈の東,ウィグル自治区内にあるので 中国産です。

遥かな地に思いを馳せて-と言うほどのことはありませんが,味わって食べることにしましょう。

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2011年2月16日 (水)

羽田空港,晴れ。

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前日の雪が嘘のように晴れた(我ながら 陳腐な表現)火曜日,羽田から広島に戻りました。

空気中の塵が消えて 東京湾の端まで見えそうです。

Img_9291早めに着いて ラウンジで一服。

珍しく チョコレートがありました。

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2011年2月15日 (火)

日曜日 夜,汐留。

Img_9285今月 2回目の東京出張,月曜朝からの仕事なので 日曜日に東京に着き,汐留のホテルにチェックイン後,夕食のため外に出ました。
地下を行かず,デッキに上がり 日本テレビ方向に歩きました。

日曜日,日暮れ後の汐留を歩く人はわずかです。

日本テレビのビル壁の,宮崎駿氏デザインによる 「からくり大時計」は,夜 見ると なかなか幻想的です。

エスカレータで 地下に下り,新橋に向かいました。Img_9286_3

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2011年2月14日 (月)

タイアに空気を入れる勉強

自転車のタイア(チューブ)に付いているバルブには 英式,米式,仏式があり,昨年末 買った Tyrell FX のバルブは 仏式でした。ロードレーサーに使われるタイプのようです。

今まで 米式と 英式しか使った経験がないので スペア用に買ったチューブと,同時に買った携帯用の空気入れで 試しに空気を入れてみました。

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キャップを外すと 先端に ロック・ナットがあります。
これを締めて 空気の漏れを止めているようです。

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ナットを緩めて ロックを開放して 空気入れに差込みます。
米式に比べると 華奢な構造に思えます。

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空気入れの背のレバーを立てて ロックして 空気を入れます。
入れ終わったら(適正な空気圧でないとパンクする可能性が高くなるので 「圧力ゲージ」 又は 「ゲージ付きの空気入れ」を購入予定),バルブのロック・ナットを締め,キャップを被せて終了。

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2011年2月13日 (日)

呉市で雪

3連休 中日の土曜日,ここ呉市でも雪が降りました。

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朝,9時前から降り始め 2~3時間ほど 降り続き,白い景色になりました。

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正午頃に 雪は降り止み,しだいに晴れて 14時頃には 灰ヶ峰の頂上が見えるようになりました。

日曜夕方の羽田行きFlightを予約しています。
問題なく 飛ぶでしょう,ね。

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2011年2月12日 (土)

閉館する「呉シネマ」に名残りを惜しんで-

4月の閉館が発表になった 呉市本通4丁目の 「呉シネマ」に,この3ヶ月弱 せいぜい行っておこうと 2週間前に次いで 3連休初日に足を運びました。

上映作品は マイケル・ダグラスの 「ウォール・ストリート」。
前作「ウォール街」(1987年)の チャーリー・シーンが 顔を出していたのがご愛嬌。

映画としては 好みではありませんでした。

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13時からの回で,2階スクリーンの2階席は いつもと変わらず 我々 夫婦だけで いつものように最前列中央に席をとっています。

Img_9258次回訪館は 来週 「相棒 劇場版Ⅱ」の予定です 。

ちなみに 閉館後の建物の使用予定はなく そのままになるようです。

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2011年2月11日 (金)

パンクに備えて-

昨年末,Tyrell FX を買った自転車屋さんから 電話がありました。
人里離れた(?)場所を走っているときのパンクに備えて,私と家人用に1本ずつ買った  スペアのチューブのサイズが間違っていたようです。
まだ 遠出してないので 買ったときの箱に入れたままでした。

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左が誤,右が正,とのことでした。
どちらも 20×1-1/8 ですが,(  )内が 451 と 406 で異なっています。

“20×1-1/8”は タイアの 直径と太さのインチ表示の数字でしょうが,これが同じでも (  ) 内の 451 と 406 が違うのがあるようで,何のことか素人には 分かりません。

自転車のSpec. を見ると “Wheel 20” ETRTO 406 F100mm/R130mm” とありました。

20 inch は 508mm です。
451 と 406 の単位は mmで,どうも リムの径のようです。
-とすると 20” というのは 「呼び径」で,正確な寸法を表しておらず,ETRTO のサイズで確認する必要があるということのようです。

因みに ETRTO の正式表示では “28-406” で 「幅と径」 を示すようです。
1-1/8 inch≒28.6mm です。

“ETRTO”とは何ぞや,と 調べてみました。
“European Tyre and Rim Technical Organisation” で ヨーロッパの規格組織のようです。

Img_9248箱の中に図解が入っていますが,これを見て 素人が簡単にチューブ交換ができるとは思えません。

今まで 一度しか タイアを外したことがなく,それも失敗して チューブを傷つけ,翌日には 空気が抜けていたことがあるので 自信はありませんが,遠出するときは チューブ,ポンプ,タイアレバーを気休めに持って行きましょう。

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2011年2月10日 (木)

冬なのに 花 二種。

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「アネモネ」 と 「グロリオサ」,室温が 2℃ ほど高くなった感じがします。

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2011年2月 9日 (水)

見慣れない「ステーキパン」

Img_9223呉市中通商店街のはずれにあって 月曜日と金曜日の午後だけ開ける陶器店で 家人が買ってきた 商品名 「ステーキパン」です。

売れ残りなのか,380円だったそうです。

1辺 約25cmの正方形で 周囲に高さ 約1cmの折り返した 「コーミング」があります。

重さ:1060g なので,柄の重さを 100g,鋼の比重を7.85として 1辺 29cm正方形の鋼板の厚みを求めると 約1.45mm。

Img_9231(株)三益金属製作所の カッパ印です。
昭和の雰囲気です。

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「ご使用方法」が 付いていて,これを使って作られる料理の種類(例えば 『ビフテーキ』)が示してあり,その後に 「・・・他に色々と風変わりなお料理が皆様方に依って楽しんで戴くことが出来ます。」と 微笑ましい文章です。

さて,家人は これで どんな風変わりな料理をするつもりでしょうか。

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2011年2月 8日 (火)

「呉シネマ」が閉館する。

Img_61182月5日付け 中国新聞で 「呉市本通4丁目の『呉シネマ』が 4月に閉館する。」 と報じていました。

一昨年の秋,U-ターン転勤で15年振りに 関東から呉市に戻り,自宅から徒歩 5分ちょっとという距離にある映画館なので 土,日に特にやることがなければ 映画でも観ようか,と散歩がてら行っていました。
土曜,日曜の昼間で いつも 観客は 我々夫婦を入れて 5,6人しかおらず,閉館の予想はしていましたが,残念です。

スクリーンは上下(2階建て)に二つあり,2階のスクリーンは 更に2階席(3階?)があるレトロな映画館で トイレなどは 最近のシネマ・コンプレックスにあるような最新型ではありませんが,必要十分な設備で 全体に清潔で,落ち着いて鑑賞できました。

呉シネマの建物は 1957年に現在とは別の事業者が映画館として建てて営業を始め,1961年に呉シネマが買い取って 以後 50年間 営業してきたそうです。

私が就職して 呉に配属された1970年代,洋画は広島市まで観に行きましたが,邦画を呉シネマで観ることがありました。

当時,日活が 業績不振により 通常映画から 制作方針転換して 所謂,「日活ロマン・ポルノ」を作っていましたが,その間隙に 「かぐや姫」や「アリス」のヒット曲の題名を使った青春映画を作っていました。

この頃,「呉シネマ」で観た映画で思い出すのは-

  • 」(1974年) 監督:藤田敏八,出演:秋吉久美子,林 隆三
  • 赤ちょうちん」(1974年) 監督:藤田敏八,出演:秋吉久美子,高岡健二
  • 神田川」(1974年,これは東宝?) 監督:出目昌伸,関根(高橋)恵子,草刈正雄
  • 帰らざる日々」(1978年) 監督:藤田敏八,出演:永島敏行,江藤 潤,浅野まゆみ,竹田かほり

などです。

この頃,秋吉久美子さんが 初々しかったですね。
1972年に「旅の重さ」でデビューしていますが,高橋洋子さんの記憶だけで 秋吉久美子さんの記憶はなく,記憶に残る最初は 1974年に日本テレビ系で放映された 連続サスペンス物 「女子高校生殺人事件」(原作:小峰 元氏 「アルキメデスは手を汚さない」)で 殺される女子高校生を演じていました。

昭和が遠くなります。

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2011年2月 7日 (月)

日曜日,呉市 暗と明。

家人が20年間 乗っているクロスバイクのシフト・ワイアが破断したので 修理の為,自転車店に持って行ったついでに 呉の街を少し散歩。

Img_9238呉市蔵本通の歩道を不法占拠する見苦しい「のぼり旗」は相変わらずです。
呉市土木課の指導力のなさ(もし「指導している。」との明言が本当なら),あるいは呉市行政のやる気のなさを示すものと言われても止むを得ないでしょう。

Img_9243Img_9245 先週,白梅を見た 寺迫公園で 今度は ほころんだ紅梅を見ました。

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2011年2月 6日 (日)

2月の機内誌

先週,東京に行きました。
往きはANA,復りは JAL を使いました。

荷物になるので 機内誌を持って帰ることは 滅多にありませんが,偶々,帰って もう一度 見たい記事があったので 両誌とも 持ち帰りました。

ANA 「翼の王国」の 『ニューヨークの自転車人 Bike NYC』,JAL 「SKYWARD」の 『北九州 寛容さとこだわりモノ作りの街へ』です。

Img_9213持って帰って 気付いたことがあります。

「翼の王国」の表紙の右上には 「ご自由に お持ち帰りください」 と 明瞭に印刷されています。

ところが 「SKYWARD」には 下方に何か書いてあるようですが,字が小さく,かつ 色のコントラストが弱いため,老眼の私は裸眼では読めません。

Img_9216老眼鏡をして 確認できました。
「・・・ご搭乗のお客様はご自由にお持ち帰りください。」

前から このような レイアウトだったのかどうか 覚えていませんが,「経費削減のため 印刷部数を減らしたので,できれば持って帰ってほしくない- 」 という思いの表れ,というのは この時期にしても,深読みでしょう ・・・ね。

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2011年2月 5日 (土)

正体不明の果物

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新物好き,又は 珍しい物好きの家人が 何やら 名前の分からぬ果物を買ってきました。
呉駅そばの そごうデパートの前に週1回出る露店で買い, 「ファージャ」 と聞いたそうです。

ネットで調べても ヒットなし。
名前が分かりません。従って,素性が分かりません。

食べてみましたが,あまり感心しない味で 真ん中の種の部分に渋さがあります。

Img_9196家人は諦めて,焼酎に漬けました。

瓶には 「ファージァ」と書いてあります。

さて どんな味に化けるでしょうか。

*その後,娘から 「『フィージァ』で検索してみて」 と連絡があって,色々 みていたら Wikipediaには 『フェイジョア』(‘Feijoa’) でありました。

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2011年2月 4日 (金)

寒さに負けて-

去年の夏の暑さは異常でしたが,この冬の寒さは ここ広島でも堪えます。

通勤時のスポーツコートの下に ベストを着ることはあっても V-ネック・セーターを着ることは かつてありませんでしたが,ダッフルコートを羽織っても 寒いので  恥ずかしながら 遂に着てしまいました。

Img_9189-と言っても 会社に来て行けそうなV-ネック・セーターは 紺色しか持っていません。
止むを得ません。

Img_9185おそらく 20年前のBrooks Brothers の製品です。
Knitted in Great Britain” のラムズウールです。
England でもなく Scotland でもなく Great Britain という表示は珍しいですね。

格好を気にしてはおられません。

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2011年2月 3日 (木)

「自爆テロ」で 思うこと。

ロシアの空港で 35人が死亡した自爆テロがありました。

いつの間にか 「自爆」が 異常に感じられない世の中になっていました。
かつて 自爆と言えば 上海事変の「肉弾(爆弾)三勇士」,第二次世界大戦中の「神風特別攻撃隊」,「回天」で  日本の究極の非人間的人間兵器でした。
第二次世界大戦後, 3~40年間 「自爆」は忘れられていました。

1970年代,ハイジャックが頻発し,その対策として 乗客と機内持ち込み手荷物に対する凶器(銃,刃物など)を対象とする保安検査が厳しく行なわれていましたが,爆発物に対する検査は,特に 受託手荷物に対しては行なわれていませんでした。

そもそも 「自爆」は想定外で,預託手荷物に時限装置付き爆発物を入れて 自分が乗っている飛行機を爆破するなど有り得ないとの考えだったのでしょう。

1987年,金賢姫 他1名の北朝鮮工作員(いまだに,異論が存在するようですが)による「大韓航空機爆破事件」が,機内に持ち込まれたトランジスタ・ラジオに仕込まれた時限装置付きプラスティック爆弾と酒瓶に入れた液体爆弾によって起こされました。
この大韓航空機は バクダートを出発し,アブダビ,バンコクを経由してソウルに向かう便で,金賢姫 他1名は バクダードで搭乗し,持ち込んだ トランジスタ・ラジオと酒瓶を入れた鞄を 八ットラックに残したまま アブダビで降り,バンコクに到着する前に時限装置で爆発したと言われています。
経由地で降りる乗客の持ち込み手荷物の放置を厳密に防止するのは 現代でも かなり困難と思われます。

1980年代後半から 飛行機に限らず 自爆テロが発生するようになり,徐々に 航空会社の判断で 持ち込み手荷物に加えて 受託手荷物の爆発物を対象とする検査が行なわれ始め,成田空港では 1990年から 受託手荷物の全数検査の実施が始まりました。

今や 国内便でも 預託手荷物内を含み ライター 1個のみです。

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2011年2月 2日 (水)

馬肉を食す。

先日 入手した 生食用馬肉 200g×3 のうち,「上霜降り」 と 「赤身」を 二日に分けて食べました。

Img_9165「上霜降り」は刺身で。

Img_9175「赤身」は 「たたき」で。

Img_9181癖がなく,柔らかく美味でした。
牛に負けていません。

カナダ産も イケマス。

「霜降り」を まだ残しています。

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2011年2月 1日 (火)

「氷見の鰤豊漁」と「アメリカン・フットボール」?

北陸地方の鰤の豊漁が報道されています。
鰤の刺身が好物である我々夫婦は,ここ呉でオコボレに与れないかと 魚屋を覗いていますが 残念ながら その兆候はありません。
 

この冬は 何故か 「親潮」が例年に比べ 日本列島側に寄ったため,その南側を回遊する 鰤が陸地に接近し,大豊漁になったようで 七尾港や氷見港では 去年の数十倍から数百倍の水揚げがあると報じられています。

「氷見港」で ふと アメリカン・フットボールの かつてのスター T 氏を思い出しました。
T 氏が 京都大学のギャングスターズでQBを務めた1986年と1987年に京都大学は甲子園ボールで優勝しました。

京都大学が優勝したのが珍しかったためか,朝日新聞はスポーツ欄で 優勝の立役者であった T 氏の写真入り紹介記事を載せ,私は それを読んでいました。
「氷見市出身,高校時代は野球部で 肩がいい。」などと書いてあったと記憶しています。

その後,A ビールに入社し,S スターで 2連覇を果たしたところまで 憶えていました。

それから 数年後,今から 20年ちょっと前,私は 気の進まない業務命令で 社外の研修合宿に参加しました。
約1週間の合宿での合計睡眠時間が1日分と噂がある合宿でした。
その初日,各企業からの参加者がグループ分けされたロッジに集合したとき,何と Tがいました。

さらに その合宿のメイン・イベントである,懐中電灯1本を持って夜間の山道で行なう変形ウォーク・ラリー 私は T 氏とペアを組んで参加しました。

氏は私より 16歳年下で,まだ20歳代,元気がありました。(当たり前)
できるだけ 効率的に,使う体と時間最小に,うまくコナソウと思っていた 体力,特に 持久力に自信がない私に,氏は 「XXさんは ここで休んでいて下さい。 ちょっと先を偵察してきます。体力には自信があります。」と言って 山道をダッシュして暗闇に姿を消し,しばらくして 「こっちではないようです。」と言いながら戻ってくることが 何度もありました。

結局,我々ペアは「計画ステージ」と「実行ステージ」の 両ステージで最高点を獲り,表彰されました。

グループ員からは 「スーパースターを 顎で走らせた男」と言われました。
決して 私は何もしなかったわけではありません,十分な睡眠をとる為,頭を常に動かして綿密な作戦を立てて動いていたのです。

さて,「寒ブリ」 は何処に?

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