「氷見の鰤豊漁」と「アメリカン・フットボール」?
北陸地方での鰤の豊漁が報道されています。
鰤の刺身が好物である我々夫婦は,ここ呉でオコボレに与れないかと 魚屋を覗いていますが 残念ながら その兆候はありません。
この冬は 何故か 「親潮」が例年に比べ 日本列島側に寄ったため,その南側を回遊する 鰤が陸地に接近し,大豊漁になったようで 七尾港や氷見港では 去年の数十倍から数百倍の水揚げがあると報じられています。
「氷見港」で ふと アメリカン・フットボールの かつてのスター T 氏を思い出しました。
T 氏が 京都大学のギャングスターズでQBを務めた1986年と1987年に京都大学は甲子園ボールで優勝しました。
京都大学が優勝したのが珍しかったためか,朝日新聞はスポーツ欄で 優勝の立役者であった T 氏の写真入り紹介記事を載せ,私は それを読んでいました。
「氷見市出身,高校時代は野球部で 肩がいい。」などと書いてあったと記憶しています。
その後,A ビールに入社し,S スターで 2連覇を果たしたところまで 憶えていました。
それから 数年後,今から 20年ちょっと前,私は 気の進まない業務命令で 社外の研修合宿に参加しました。
約1週間の合宿での合計睡眠時間が1日分と噂がある合宿でした。
その初日,各企業からの参加者がグループ分けされたロッジに集合したとき,何と T 氏がいました。
さらに その合宿のメイン・イベントである,懐中電灯1本を持って夜間の山道で行なう変形ウォーク・ラリーに 私は T 氏とペアを組んで参加しました。
氏は私より 16歳年下で,まだ20歳代,元気がありました。(当たり前)
できるだけ 効率的に,使う体力と時間を最小に,うまくコナソウと思っていた 体力,特に 持久力に自信がない私に,氏は 「XXさんは ここで休んでいて下さい。 ちょっと先を偵察してきます。体力には自信があります。」と言って 山道をダッシュして暗闇に姿を消し,しばらくして 「こっちではないようです。」と言いながら戻ってくることが 何度もありました。
結局,我々ペアは「計画ステージ」と「実行ステージ」の 両ステージで最高点を獲り,表彰されました。
グループ員からは 「スーパースターを 顎で走らせた男」と言われました。
決して 私は何もしなかったわけではありません,十分な睡眠をとる為,頭を常に動かして綿密な作戦を立てて動いていたのです。
さて,「寒ブリ」 は何処に?
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