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2011年4月23日 (土)

まるで 日本の新聞の社説のような見出しは-

「日本が友情で応える番だ」 のタイトルの新聞記事があるとするなら,少なくとも 今から5年以上経ったある日の日本の新聞の社説だと 世界中の国の人々は考えるでしょう。

これが,311日から 1ヶ月と少ししか経っておらず,行方不明者が まだ1万人以上いて,復興の緒にも付いてない420日付けの韓国の代表的新聞社の日本語版ネットニュースに掲載された 論説委員の署名入りコラムのタイトルで,さらに応えるべき対象が韓国だとしたら,日本人ならずとも唖然とするでしょう。 

相変わらずの 「中央日報・日本語版」です。

タイトルだけで 内容が推し量れるようなものですが,ざっと読むと,最初の2/3は 台湾の多額の義援金について詳細に書かれています。
論説委員さんの本旨と関係ないようですが,気になる表現として 地震に関する限り台湾と日本は同病相憐れむ立場であるしかない。」とあります。 
第三者としての この発言のニュアンスを,分かって使っているとすると 大胆です。

そう書いておきながら  「 まさかの友は真の友という言葉が合っているなら、台湾は日本の友になる資格がある。 史上最悪の大地震に苦しむ日本を支援するのに最も積極的な国が台湾であるからだ。」 と 高い立場で評価しています。 
ここまで 読むと 日本と台湾の良好な関係について 韓国が これほどまでに書く目的は何だろうか,と疑問を持ちます。

そして どんでん返しの最後の2段に 結論がきます。

東日本大地震後の1カ月間、韓国では588億ウォン(約45億円)の寄付金が集まった。 他国を支援するために集めた寄付では歴代最高額だ。 元日本軍慰安婦女性までも募金に賛同した。 独島(ドクト、日本名・竹島)を日本の領土と記述した日本の歴史教科書問題さえなければ、もっと多くの寄付金が集まっていた可能性が高い。 韓国は台湾のように日本の世話になったこともない。 人の痛みを自分の痛みと考える純粋な人道主義的な同情心以外には説明できない。 

友情を金額で表すことはできない。 重要なのは金額ではなく、その中に込められた気持ちだ。 恩を返す気持ちが大切であるように、苦境に陥った人を助ける純粋な気持ちも大切だ。 韓国と台湾が集めた寄付金それ自体は、実際には日本にとって重要なものではないかもしれない。 なくても変わらないものかもしれない。 日本が心より感謝するべきことは、かつて植民地だった両国の国民が見せた友情だ。 今は日本が友情で応える番だ。 

台湾を一緒にして 両国とするのは 台湾に対して 失礼です。 
感謝を強要する,義援金に込められた友情とは どのようなものでしょうか?

友情を金額で表すことはできない。重要なのは金額ではなく、その中に込められた気持ちだ。」と言えるのは 日本人の感覚なら 義援金を受け取った国,もしくは 国力相応 又は 相応以上の義援金を出した国であって,台湾の何分の一かの義援金で 「他国を支援するために集めた寄付では歴代最高額だ。」と誇っている国ではありません。 

韓国は台湾のように日本の世話になったこともない。」 をどのような意味で書いているのかわかりません。 
「台湾は 日本に世話になったから 多額の義援金を出すのは当然。しかし,韓国は・・・」 となると 「込められた気持ち」が分かりません。

「あれだけ世話したんだから,少し 行儀よくしたら。」などとは,そのことを知っている人にも 知らない(ふりをする)人にも言いませんが,韓国(語)に「品性」と「羞恥心」が存在しないとしても,世界には そういう文化があることに 早く気づいてほしいと願うばかりです。 

因みに 私は キムチを食べないし,仕事を除いて韓国旅行をしたことはなく,将来も行くつもりはありません
これは 単純な趣味・嗜好の理由で,深い意味はありません。

少女時代は いいと思います。

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