若松から戸畑へ,洞海湾を渡る。
北九州市若松区から 洞海湾を隔てて 戸畑区を望む風景です。
左にかすかに見える茶色の建物が 「日本水産 戸畑ビル」です。
1936年(昭和11年)に 「共同漁業」ビルとして竣工し,翌1937年に 「日本水産」に社名変更,1966年(昭和41年)に 東京に移るまで このビルが本社でした。
現在は 日本水産の営業所が入っています。
何年か前,「いいちこ」のTVコマーシャルに,このビルが使われていた記憶があります。
戸畑側から 渡船が来ました。
船名は 「くき丸」,私が 50年前の子供の頃 乗った船と同じ名前(?)でした。否,ひょっとすると 「くき丸」は 小倉の「藍ノ島」への連絡船の名前だったのかも知れません。
若戸渡船の乗船時間は 3分間で,料金は 100円です。
1962年(昭和37年),若戸大橋の完成と同時に 渡船は廃止される予定でしたが,49年経った今も存続しています。
若戸大橋には 歩道があり,バスも通っていましたが,渡船の便利さには敵いませんでした。
現在,歩道は廃止され,完成時の片側 1車線が 2車線に変更されています。
若松区に工場が進出して 若戸大橋は産業道路の様相を呈して飽和状態となり,現在 若戸トンネル(?)が工事中とのことです。
洞海湾は 私が小学校に入る 1955年(昭和30年)頃までは かすかに魚も蟹もいた記憶があります。
その後,高度経済発展-急速な工業の発展-により 沿岸の重化学工場からの無規制の排水に伴って 1965年(昭和40年)頃には 「死の海」と呼ばれるようになり,海水の自浄能力が失われ 汚染は進行するのみでした。
最悪時の汚染は,嘘か真か 「船のプロペラ溶解」,「大腸菌も生息不能」といわれるくらいの状況でした。
1970年代になって さまざまな対策-工場排水の浄化,海底の汚泥の浚渫など-を実施して,水質は改善され,今は 魚介類の生息が確認されています。
| 固定リンク | 0
「散歩・風景」カテゴリの記事
- トンボが 電線にー(2026.07.09)
- 百合が咲いた。(2026.06.21)
- サツキ?(2026.06.07)
- 呉市 船舶解体ヤードで火災(2026.05.15)
- アオサギ がいた。(2026.05.08)



コメント