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2011年11月の25件の記事

2011年11月30日 (水)

本物を知らなかった頃

昭和20年代前半から 昭和35年~40年(1960年~1965年)頃までの子供時代,高度成長時代前 あるいは 高度成長時代真っ最中のせいか 家庭の事情か,本物を知らなかった食品がありました。

ベーコン】 現代では 「ベーコン」と言えば,豚肉を材料に 塩漬け・燻製したものですが,子供の頃,「ベーコン」 は 「鯨肉」のそれしかありませんでした。
豚肉の「ベーコン」の存在すら知りませんでした。
捕鯨産業が盛んだった当時は,廉価だったのでしょうが,今や 「鯨ベーコン」は ちょっとした牛肉より高く 2,000円/100g もする高級品になって口に入りにくくなっています。

ハム】 現代の代表的ハムといえば,「ロースハム」 と 「ボンレスハム」 でしょうが,子供の頃のハムは 「プレスハム」でした。
「プレスハム」は 「ロースハム」に味や形を似せた,謂わば フェイクで,豚肉,馬肉,羊肉,兎肉等さまざまな種類の肉の小片と大豆蛋白等の副原料を加えて成形調味したもののようです。
更に 「ロースハム」も 日本独自のものらしいので,「プレスハム」は フェイクのフェイクになります。
本物のハムは 「骨付きハム」 又は 「ボンレスハム」 などのようです。
子供の頃,これらを食べたことはありません。
「生ハム」も 勿論,食べたことはありません。
因みに 「生ハム」が 日本で製造され始めたのは 1982年で,それまでは 食品衛生法か何かの法律で 日本では製造が禁止されていました。
昔,ハムの専門家が 「日本で造られるハムは 『蒲鉾』だ。『蒲鉾』の歯ざわりを目指して造っている。」 と言っていました。
現代の日本で造られるハムは 本物に近づいたでしょうか。

ソーセージ】子供の頃の ソーセージは 魚肉のそれでした。

Img_1389ソーセージの定義は 「『鳥獣類』の挽肉を材料に・・・」なので 「魚肉ソーセージ」は フェイクです。
初めて 本物のソーセージを食べたのは いつだったか記憶がありません。

最近,DHA が「認知症」予防に良い,とのことで 「魚肉ソーセージ」を 家人によく食べさせられます。
青魚を直接 食べたいと思います。

コーヒー】子供の頃,喫茶店で コーヒーを飲む,なんてことは考えられず,コーヒーは 家で飲む 「インスタント・コーヒー」で,それを コーヒー と思っていました。
インスタント・コーヒーは ネスレ(子供の頃は 英語読みで「ネッスル」)が有名ですが,昭和35年(1960年)に 森永製菓が初の国産品を製造・販売しました。
今,インスタント・コーヒーは 自宅になく,飲むことはありません。

豊かになったものです。

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2011年11月29日 (火)

予想通り?

大阪市長選挙は 橋下さんが (私の)予想通り当選しました。

圧勝と報道されていますが,平松さんの50数万票に対して 70数万票なので,予想したほどの差がなくて 少しがっかりしています。

お二人が語る場面が,選挙前からテレビで映されるのを見るにつけ,平松さんの話の内容の無さに 「本当に立候補するの?」 と思い,公示後は 「本当に 現職の市長なの?」 と感じていました。

話の内容は 対立候補・橋下さんの批判に終始し,自らの考え-大阪をどうしたいのかの具体策を語らず,批判以外で ひとつ 確認できたのが 「大阪を ええ町にしたい。」。

大阪に 縁もゆかりもなく,大阪には 中学校の修学旅行と 出張で行ったことがあるだけで,自らの意思で行ったことがない私でさえ 失望する候補者でした。

結局,「今の大阪を,今の大阪市政を変えたくない。(目的・理由ははっきりしないけど)市長でいたい。」 という意思のみを感じました。
それで この得票数があったのが 不思議です。

「ええ人やから…」 で選ぶのは,小学校の級長選挙でも ないことでしょう。

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2011年11月28日 (月)

‘CONTAGION’を観た。

Img出演者の豪華さに惹かれて 「コンテイジョン」(‘Contagion’,英和辞典では 「感染」,「接触伝染」 とあります。)を観ました。

いつからか,日本語タイトルが 原題そのままの作品が増えましたが,この英語が そのまま理解できる人は少なそうです。

監督は Steven Soderbergh,豪華な主役級の出演者は-
Marion CotillardMatt DamonLaurence FishburneJude LawGwyneth PaltrowKate Winslet

人類が 初めて相手にする ウイルスが どのように拡大感染し,それに人類がどのように対処するかというストーリーです。

WHO と 米国「疾病対策センター」(‘CDC’,Centers for Disease Control & Prevention)の,冷静に業務を遂行する女性職員を演じるMarion Cotillard Kate Winslet がクールです。

物語は (感染) 「2日目」から 淡々と始まります。
「1日目」 は 最後に明かされます。

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2011年11月27日 (日)

クリーニング店のセールは終了していたが-

暖かい日が10月終わりまで続いて なかなか 春夏物の衣類がしまえず,11月の半ばにやっと冬物と入れ替えました。

「今年は クリーニング店のセールのチラシが入ってないのよ。」
例年なら この時期までには 郵便受けに 夏物クリーニングセールの「お知らせ」が入っているはず,と家人が言います。

「ホームページ で確認したら-」 と私。

しばらくして 「3日前の12日に 『 50% 引きセール 』が終わっている。」 と 家人。
かなりの量のまとまった洗濯物を 正規料金で出す気はないようです。

そして 電話を始めました。
「いつも この時期に戴いているセールの連絡が今年はまだですが,セールは いつからですか?」

なかなか やります。

結局,「30% 引き」 で 手を打ったようで,次の日の引取り時刻の交渉を始めました。

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2011年11月26日 (土)

ジャム工場で ジャムつくり体験。(製作篇)

広島県竹原市忠海にある アヲハタ(株)のジャム工場の 「体験Jam工房」でジャム作りを体験しました。

Img_1375作ったのは ブルーベリージャムで,夫婦二人の完成品は 200g瓶 八つです。

2,3日 おいて食べ頃になります。

Img_1361調理室に道具と材料が準備されていました。
糖度計が目を引きます。

小学校の家庭科の時間にカレーライスを作った時以来,50数年ぶりにエプロンをして望みました。
エプロンは 家人が準備した 無印良品の黒です。

材料は-ここで少し迷います。

ホームページには 「お一人が約1キロ分のフルーツを煮詰めていき,・・・」と書いていますが,調理室に入る前に 配布・説明されたレシピには 「ブルーベリー:550g」 と書いています。
ブルーベリーとほぼ同量の砂糖を入れて  完成品が 合計 800g となる材料は ブルーベリー:1kg なのか 550g なのか,また ボールに入っていたグラニュー糖の量は 535g より多かったような気もするので-。

分からないので ここでは 配布された レシピの量とします。

・処理済ブルーベリー :550g
・グラニュー糖           :535g (ペクチンに加えた量を含め ブルーベリーと同量)
・ペクチンシュガー      : 30g (リンゴ と レモンから抽出したペクチン,単独では ダマになるので砂糖を混ぜて使用。)
・レモン果汁             : 30cc (湯で薄めていた。) 

作り方を簡単に言えば 「砂糖を入れて煮詰める」ですが,
プロセスに分けると-

Img_1365_2煮熟(しゃじゅく)】 材料を「弱火と中火の間」で 加熱開始,徐々に強火に。
沸騰後,「ペクチンシュガー」を入れ,追って 「グラニュー糖」 を加える。
濃縮】 弱火で煮詰める。この過程で 糖度計により 糖度を計測。
糖度は最初,砂糖の糖度なので高い(70度超)。砂糖が材料に浸透し,替わりに水分を出すので糖度は下がる(60度程度)。さらに加熱して 水分が蒸発して 糖度が上がり安定(約65度)。ここで加熱停止。これを 糖度計で測り続けて確認。
浸透】15分間 放置。
容器殺菌】(省略)
仕上げ】強火で加熱し 沸騰後,レモン果汁添加。糖度計測,62度とする。低ければ煮詰め,高ければ湯を加える。
充填・密封】熱いうちに瓶に入れる。瓶縁の5mm下くらいまで入れ,キャップを軽く締める。3回 天地をひっくり返して 瓶内に残った空気を膨張させた後,キャップを少し緩め空気を出す(脱気)。この時,「シュッ」という音がするので,確認して すぐに締め直す。
殺菌・冷却】約90度の湯で10分間 殺菌,約50度の湯で5分間 粗熱をとった後,水で1時間 冷却。

Img_1379準備された ラベルを貼りました。

今回の体験で 興味深かったのは 「糖度計による濃縮程度の確認」 と 充填時の 「脱気」 です。

さて,味は どうでしょう。

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2011年11月25日 (金)

ジャム工場で ジャムつくり体験。

JR西日本・呉線の「忠海(ただのうみ)」駅の海側に 「アヲハタ(株)」の ジャム工場があって,「アヲハタ ジャム」の全てを この工場で作っています。
因みに,「アヲハタ」 の市場占有率は 家庭用瓶詰めジャムで 約50%,低糖度ジャムで 約70% とのことです。

そして この工場で,1週間以上前の申し込みにより 「体験Jam工房」への参加を受け付けています。
一度 行ってみたいと思っていて 今回,夫婦で参加しました。

39年前に就職して 入社式の後,東京から配属地の呉市に移動する際,新幹線は まだ岡山までしか開通してなかったので 三原から呉線に乗り,車窓から瀬戸内海を眺めていたとき 忠海駅の海側に 「アヲハタ ジャム」 の 「ブルーフラッグ」の大きな看板を見て,その存在を知りました。

Img_1355Img_1358現在は 駅付近に 「アヲハタ」の工場の存在を示すものは何もなく,工場の建物にも 小さな 「Blue Flag] が付いているだけで 壁面に会社名など示しておらず 遠慮がちです。

この工場の存在を知る人は 地元広島県でも あまりいないようです。

Img_1385お土産に戴いた 「オレンジママレード」(一瓶/人)と, 売店で購入した 「イチジクジャム」です。

Img_1388この「イチジクジャム」は 「アヲハタ(株)」の前身で 1932年(昭和7年)に創業した「(株)旗道園」 のマークが付いたレトロなラベルです。

「銅鍋で じっくり煮た果実を・・・」 と書いてあります。

「(株)旗道園」 は 「みかんの缶詰」 と 「オレンジママレード」 製造を目的に 「キューピーマヨネーズ」の創業者 中島薫一郎氏の 「(株)中島薫商店」 の全額出資で創業しました。

何より,原料の生産地だったので この地が選ばれました。

現在も,「キューピー」 と 「アヲハタ」 は兄弟会社であり,「アヲハタ」 は営業部門を持たないので,ジャムの瓶には 「販売:キューピー(株)」と書かれています。

さて,本題に 入ります。
参加した 「体験Jam工房」は 一回が 5人~20人 とホームページ に示されていて,今回は 先に申し込んだ 5人のグループに 加わり,更に 2人が加わって 9人が参加しました。
作るものは 「ブルーベリージャム」,「ストロベリージャム」,「オレンジママレード」 の3種から選ぶことが可能なようですが,一度の教室では 一種類のため,先に申し込んだグループが 「ブルーベリージャム」 を選んでいたので,「ストロベリージャム」は 諦めました。

材料は 一人 1Kg で,これで 200g瓶 が4瓶できました。
参加料は 500円です。

長くなったので,製作工程は 次回の紹介とします。

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2011年11月24日 (木)

‘BIG WEDNESDAY’ を観ながら-

Big_wednesday先日,NHK BS 1978年の アメリカ映画 「ビッグ・ウェンズデー(Big Wednesday)」が放映されました。

1960年代を舞台とする 青春サーフィン映画で,少なくとも サーフィン映画としては一級品です。

Img_1338三人がサーフボードを抱えた写真(おそらく雑誌の)の記憶が強く,観たいと思っていましたが 何故か機会がなく, 今回,初めて観ました。

1962年の夏から 1968年までの映画です。
この時代を描くとき,ベトナム戦争は避けて通れないもので 徴兵検査で 如何に兵役を逃れるかが 喜劇的に描かれています。

ジョージ・ルーカスの,一晩の青春映画 「アメリカン・グラフィティ(American Graffiti)」1973年)も ほぼ同じ時代を描いていますが,1962年が舞台なので ギリギリ,ベトナム戦争の影響はありませんでした。

キャッチフレーズが ‘Where were you in '62?’。

因みに アメリカのベトナム戦争への参戦経緯を年代示すと-

・1962年:「南ベトナム軍事援助司令部」設置。

・1963年:ケネディ大統領 「早期撤退計画」発表。

・1965年:米軍・北爆開始,海兵隊・ダナン上陸。

・1973年:米軍・撤兵完了。

「アメリカン・グラフィティ」の撮影時は まだ ベトナムに米軍は進駐していたようです。

「ビッグ・ウェンズデー」が描いた 1960年代中期は ベトナム戦争の真っ最中でした。
(この時代,私は 中学生~大学生)

-と,何故か ベトナム戦争が思い出されました。

サーフィン・シーンの映像は素晴らしいものでした。

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映画の中で ‘swell’ と言う言葉が よく使われました。
「うねり」 と訳されます。
広義には 「波」 ですが,正確には 「波浪」 です。

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2011年11月23日 (水)

知らなくてよかったけど,知ったこと。

韓国に行くことも,行くつもりもない私は,最近,韓国の,あることを知って驚きました。
韓国には 紙を流せないトイレが多い,というのです。

一流ホテルは大丈夫ということですが,下水道の問題なら 一流ホテルも条件は同じ,建物内の排水管の問題なら 太くすれば解決する話で,理由が理解できません。

韓国人留学生が多いアメリカの大学のトイレには,「紙を流すように」 と貼り紙がしてあるそうなので,流さないで トイレに置かれたポリバケツ(?)に入れることが習慣になっている韓国人学生は,トイレの床に紙を捨てることが多いということらしいのです。

そういえば 10年ほど前,浅草かどこかのトイレで 使用済みの紙がトイレの隅の床に捨てられているのを見て,何事か理解できないことがありました。

疑問が晴れ,感性の違いを再認識しました。

彼らが訪れる観光地のトイレでは,よくあることかもしれません。

自国の常識が他国では通用しないことを,韓国の旅行会社は 出発前に教育しておくことが必要ですね。
この件の他にも,ホテルの朝食ブフェのパンを持ち帰らない,とか キムチをレストランに持ち込まない,とか・・・。
教育が不要になれば 何とか先進国になれる可能性もあるでしょう。

韓国を訪問する日本人は トイレを詰まらせないように注意しないといけません。

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2011年11月22日 (火)

ついに mova から FOMA に-

来年(2012年)3月31日で docomomova 端末が使えなくなる,という連絡が docomo から 度々あって,7年前の,まだ十分使え,必要追加機能もないmova 端末を,期限 半年を切って FOMA 端末に買い替えました。

期限ギリギリまで 待って 気に入ったデザインのモノが現れれば- と思っていましたが,携帯電話・黎明期に比べると 持ちたくなるデザインのモノがなく,そうなれば 「折り畳み」でなければ どれでも,という気分で N-05C としました。

ポイントが貯まっていたため,支払いは スペア用に買った バッテリ・パック の \1,470 のみでした。

7年4ヶ月間,カメラ機能さえないpremini に慣れてしまっているので,新しい機種の操作は大変です。
次の買い替え時は「ラクラクホン」を選びそうです。

持って帰って マニュアル を読むのが面倒なので,待ち受け画面を 「カレンダー」にするなどの設定を docomo のお嬢さんにお願いしました。
「70歳になると マニュアルを読む気がしなくて・・・」と言うと-
「えっ!」 と驚いていました。

70歳には 見えなかったようで,安心しました。

Img_1352Img_1350 

premini と並べると 大きいですね。

質量は 69g から 約2倍の 133g になりました。
どこに しまっておこうかと悩みます。

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2011年11月21日 (月)

領土/ナショナリズム/異論

どの国においても,領土問題に関して「自国の領土」に異論を唱える人は 少ないようです。

歴史や法の解釈において,国籍に関わらず,様々な考えを持つ人がいることは自然ですが,
領土問題に関しては 特殊な感じがします。

「竹島」に関して, 「否,竹島(独島)は 歴史的にも 国際法上も 明らかに日本の領土であって 韓国の領土ではない。」 と考える,国の方針に従わない 理性的な韓国人がいても不思議ではないでしょうが,それを公言する韓国人は皆無なので その存在は不明です。
韓国において,もし そのような考えを表明すれば 「愛国無罪」のスローガンの下(これは中国?)では,命の危険に晒される恐れ大ですから 思っていても 発言できません。

さて,日本はどうでしょう?

国の見解である 「竹島は日本固有の領土であるが,韓国に不法占拠されている。」 ことを 子供に教えるべき教員が属する教職員組合(北海道/東京都)が,「竹島に関しては 韓国の主張が正しい。」 あるいは 「日本の領土だという根拠はない。」 と 何の根拠を持ってしてか 公言(?)してしまう日本は,自由な国と言うべきでしょうか。

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2011年11月20日 (日)

九州工業大学の記憶と今

北九州市で,入院中の母を見舞いに行き,その後,近くの 九州工業大学に行ってみました。
九州工業大学は 五つある国立工業大学のひとつです。
(北から 「北見工大」,「室蘭工大」,「東京工大」,「名古屋工大」,「九州工大」)
44年前,受験願書を出しましたが,先に入試が行われる一期校で片が付いたので 受験しませんでした。

九州工業大学は 明治42年(1909年)に 石炭で財を成した安川財閥が,鉱山技術者養成を目的に設立した 日本で初めての4年制専門学校「明治専門学校」が前身で,大正10年(1921年)に官立に移管,昭和24年(1949年)に 新制国立大学になりました。

「明治専門学校」,略して「明専(メイセン)」の呼び方は その後も残っていて 「明専会館」などが現存します。

子供の頃は,「メイセンの森」(意味を全く理解せず,地名として使用)に よく遊びに行ったものです。
「蝉を取り」,「グランド傍の(55年前,すでに朽ち始めていた)時計台 と 塔に登り」,「グランド傍笹林の中の何故か縦横に走る壕(トレンチ)を利用した鬼ごっこ」,「池(プール?,貯水場?)での蛙取り」など 子供にとっては遊園地でした。

ただ,「シュエイ」の追っかけは恐怖でした。今 考えると 事故を防止するためと思われます。
「捕まったら 帰って来られない。」 と思っていました。

55年位前には 考えられない 正門の守衛所側から構内に入ってみました。
「おはようございます。」 と守衛さんから 元気のいい声の挨拶を戴きました。

Img_1318正門と守衛所です。

校舎は 辰野金吾博士設計によるものでしたが,現存しているのは この正門と守衛所のみで 経済産業省の「近代化産業遺産」に指定されています。

Img_1322Img_1323

Img_1325校庭に 古い 工作機械や 試験機が陳列されていました。
全て ヨーロッパ製です。 

ヨーロッパの工業技術に追いつくのに,大きく貢献した機械です。

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2011年11月19日 (土)

「目玉焼き」の正しい食べ方

黄身が柔らかい(半熟か,それより柔らかい)「目玉焼き」の正しい食べ方について,故 伊丹十三氏が かつて,何かのエッセイ集に書いていました。

要約すると-

・きれいに食べるのは難しい。
・(その1)黄身を残して 周りの白身部分を先に食べて,最後に黄身を丸ごと,壊さないようにフォークで掬って一口で食べる。
・(その2)黄身を意識せず,端から食べる。
・(その1)は 動作が美しくなく,(その2)は 皿が美しくない。
・今のところ,上記を説明しながら-「目玉焼きを食べるのは 難しいんだよね-」などとと言いながら食べる,という方法を選択している。

というものでした。

映画 「家族ゲーム」で 氏が演じる父親が,目玉焼きの黄身の部分に顔を近付け 黄身を啜ろうとするシーンがあります。この時,目玉焼きが硬くて 啜れないため 由紀さおり さん演じる奥さんを 叱責します。

(その3)として,「黄身を啜る」という方法もありました。

結局のところ 正解が分かりません。
今のところ,私は(その1)を貫いています。

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2011年11月18日 (金)

まさか 「ブランドムック」 を買ってしまうとは-

「知恵蔵2011」によれば 「『ブランドムック』 とは 出版社の宝島社が発行する,ファッションブランドの付録付きムック本シリーズ(登録商標)。オリジナルの限定付録と手頃な価格帯で,雑誌が不況と言われる中,女性の間で人気が出ている。毎月数点のペースで刊行しており,第1弾が発売された2005年から現在まで,30社以上のブランドムックを展開している。」 とあります。
因みに,ムック (mook) は、雑誌と書籍をあわせた性格を持つ刊行物のことです。
mook’は英英辞典にはありませんが,英和辞典には掲載されていて,「‘臨時語’で使用度は低い。」 とあります。 「臨時語」は 初めて見ました。

Img_1315_2 「ブランドムック」 は女性対象ばかりだと思っていましたが,ふと本屋に入って 雑誌棚で Gollden Fleece に目が留まり,Brooks Brothers の 「ブランドムック」を買ってしまいました。

Img_1306Img_1310

付録は 「キャンバス・トート」 で Golden Fleece  のマークが印刷されています。

底は 紺色の人造皮革で 手提げのコットン・テープの紺色と合わせてアクセントになっています。買い物用として使えそうです。
-その目的で買ったので 使えないと困ります。

Mook自体には ‘8 INNOVATE ITEMS’の項があり,「ブランドの命運を決めた8つの名品ストーリー」 が示されていました。

  1. Oxford Polo Collar Shirt
  2. No.1 Sacksuit
  3. Non-iron Polo Collar Shirt
  4. Three Button Sack Jacket
  5. Seersucker Summer Suit
  6. Basic BB#1 Rep Tie
  7. Shetland Sweater
  8. Argyle Sweater

1,2,4,5 を名品と思い,1,2,4 を 20年以上 愛用しています。
シアサッカーのスーツを いつか着たいと思いながら,まだ着たことはありません。

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2011年11月16日 (水)

大分県中津市の菓子 二種。

お祝いのお返しで お菓子を戴きました。

大分県中津市のお菓子です。

Img_1295Img_1298

「うきしま」,製造業者は 幸野清市商店。
ほぼ 「餡子」です。

Img_1291Img_1303

(有)甘味本陣の 「巻蒸(けんちん)」です。

「木耳」,「銀杏」,「十六豆」,「葛」,「小麦粉」,「砂糖」を材料とする 「蒸し菓子」で,「木耳」の歯ざわり(歯ごたえ?)が特徴の ほぼ 外郎ですが,独特の風味があって 私には癖が強く感じられ 多くは食べられません。
中華風の歴史がある菓子のようです。

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2011年11月15日 (火)

最悪の食材?

最近,中国のある都市に出張した日本人と 中国人現地スタッフとの会話です。

日本人        「『XX拉麺』は おいしいよな。」
現地スタッフ  「いやいやいや,あそこの材料は最悪だよ。」
日本人        「何が入っているんだ?犬の肉でも入っているのか?」
現地スタッフ  「犬じゃないよ。犬はおいしいよ。」
日本人        「えっ,お前,犬食うの…?勘弁してくれよ。」
                「じゃあ,犬じゃなければ何なの?蛇の肉でも入っているのか?」
現地スタッフ 「蛇じゃないよ。蛇はおいしいよ。」
日本人        「お前ら,何食ってんだよ,気持ち悪い。最悪の材料って,じゃあ何なんだ?」
現地スタッフ
「それは言えないよ。知らない方がいいよ。」

その やりとりを聞いていた 『XX拉麺』 が気に入って,何度も食事をした もう一人の日本人は 気持ちが悪くなりました。

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2011年11月14日 (月)

やっと衣替え

11月中旬になって やっと最高気温が20度を下回り始め,衣替えをしました。

2年前に 東京勤務から 地方勤務となり,さらに 定年後の嘱託の身で お客に会うことも ほとんどなくなり,通勤にスーツを着る必要もなくなって 次第にスポーツコート中心になっています。

サージのブレザーやヘリンボーン・ツイードなど 1週間分のスポーツ・コートを 5着出して,スーツは 「ミディアム・グレイのサキソニー無地」,「ライト・グレイのグレンチェック」,「チャコール・グレイのヘリンボーン」 3着のミニマムとして 冬を迎えることにしました。

不足あれば,季節の途中で追加することにします。

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2011年11月13日 (日)

久しぶりに Ralph Lauren のシャツ

急用で 着の身着のままで外出し,4泊することになって,洗濯する為に 着替えのシャツが必要になりました。

サイズを熟知している Brooks Brothers のシャツを買おうと思いましたが,外出先の北九州市に Brooks Brothers の店がなく,止むを得ず Ralph Lauren のシャツを買いました。

Img_1272オックスフォード の Classic Fit です。

初め ダンガリーにしようと思いましたが,Slim Fit しかなく 身体に合わせてみて 余裕がないようなので 止めました。

M サイズの Classic Fit で Neck と Body はピッタリですが,袖は Brooks Brothersの Extra Slim Fit 並みの細さでした。
更に 最近の傾向で カフ周りが細く(or 私の手首が太く),厚めの腕時計をするときついので ボタン位置をギリギリ外に付け替える予定です。

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2011年11月12日 (土)

北九州の風景

所用で 北九州に行き,忙中に閑を見つけ 少し歩きました。

Img_1277洞海湾に面して立つ 「日本水産 戸畑ビル」です。

いつの間にか,前に 突堤が出来ていて 漁船に混じって ヨットが係留されていました。

子供の頃, 「死の海」と呼ばれた 洞海湾からすると夢のようです。

突堤で 魚釣りをしている人が二,三人いました。

「何が釣れますか?」 と家人が尋ねると 魚篭を引き上げて見せてくれました。
鰺が釣れていました。

Img_1280Img_1283

戸畑区夜宮の 国指定天然記念物 「珪化木」です。
姿を見せている部分の長さが 12.9m,埋もれている部分を含めると 推定長 40mの 日本最大クラスです。
約3,500万年前の「ニセホバシライシ」という広葉樹の幹が化石になったもので,広葉樹で40mの高さは,例えば 明治神宮外苑 絵画館前の銀杏並木の青山通り側の銀杏が 28m(この並木 300mの一番奥の銀杏は17mで リニアに高さを変え,遠近法を強調しています。)なので かなりの巨木です。
因みに 現存する 広葉樹の世界最高は タスマニアにあるユーカリの一種で 「スワンプガム」,101mとのことです。

何れにせよ,その昔,この辺りが亜熱帯で 広葉樹のジャングルだったことが想像できます。

Img_1266Img_1267 

小倉北区 「リバーウォーク北九州」の勝山通りを挟んで対面にある趣ある診療所(?)の建物です。
子供の頃は,駐車場部分にも建物があったので 側面は見えませんでした。

2階のドアの目的が分かりません。
上部にフックがないので 重量物搬入出用でもないようです。

元あった隣の建物との連絡口だったのでしょうか?

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2011年11月11日 (金)

ほぼ50年ぶりに再会したモノは-

父に準備した机の引き出しの中のモノを整理していて,見覚えがある「筆入れ」を見ました。

Img_1274緑色のプラスティックの「筆入れ」です。

蓋の裏に 大きな字で 「1ねん6くみ XXXX」 と書いてありました。
56年前の1955年(昭和30年),私が小学校に入学するときに買ってもらったものです。

鞄の中で蓋が開いて 中身が散らばってしまうので,おそらく 何年か経って ジッパータイプに買い換えたのでしょうが,何年生まで使ったかは覚えていません。
ほぼ50年ぶりに見ました。
色のくすみはありますが,割れなどはありません。

父が使っていました。

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2011年11月10日 (木)

IKEA の MICKE を組み立てる。

先月,介護付き施設に入所した 94歳の父に,新聞を読んだり,書き物をしたりするのに机が欲しいと言われました。
それまで使っていた自宅にある机は 施設の部屋には大きすぎるので,引き出し付きのコンパクトな机を探しました。

IKEA の 「デスクトップPC用デスク MICKE(ミッケ)」 が条件を満たしているので,これに決めました。
IKEA は通信販売をしておらず,店は 神戸が 一番西で,近くにないので 船橋店近くの知人に 購入・発送をお願いしました。

到着したとの連絡があって,施設に行って 組み立てました。
IKEA の製品を組み立てるのは 2年前の椅子以来 2度目です。

Img_1256_2Img_1257

組み立ては 引き出しから開始します。

多数のネジや ストッパーの金具があるので,絵だけの組み立て説明書を よく見て 間違えないように施工します。

Img_12591時間ほどで 完成しました。

完成した後,天板の前後を逆に付けて PC用のコード孔が 前になっていることに気が付きましたが,バラして組み立てなおす元気がなくなっていたので,父に 了承してもらい,そのままとしました。

ほどよい大きさで 使えそうです。Img_1264_2

幅:73cm,奥行き:50cm,高さ:75cm。

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2011年11月 9日 (水)

この傾向は何故だろう。

TPP に参加するかどうかを争うのではなく,どのような方針で参加するか,どのような準備をすべきかを議論すべき時期と思われます。

「農業と心中させるつもりか?」 などと下品なことは言いませんが,市場を閉鎖して健全な経済発展をした国が かつてあったなら教えてほしいものです。

Tpp「日経ビジネス ONLINE」 に TPP参加の賛否を問うアンケート結果を 年齢別に示していました。

ランダムの抽出ではなく,自らの意思でアンケートに参加した読者の方々の考えです。
年齢別の人数は不明ですが,概略,年齢層が高くなるにつれて 賛成の割合が増えています。

この理由を分析する力はありませんが,興味深い傾向です。

理性と感性の差という気もします。

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2011年11月 4日 (金)

いまだに 40年以上前のマックィーンの影響で-

この季節のオフの外出の定番スタイルは 「紺色のキャップ」,「紺色のBaracuta G9」,「ベージュのチノパン」,そして 「茶色のデザートブーツ」です。
陽の光が強ければ  Ray Ban の“Outdoorsman” をします。

このスタイルは 40数年前の スティーヴ・マックイーンの影響と思われます。

-と,いうことで 大学1年か2年のとき観た 「華麗なる賭け」(‘The Thomas Crowns Affair’,1968)の問題のシーンを確認しました。

Img_1239Img_1240

アカデミー主題歌賞を受賞した ミシェル・ルグランの「風のささやき」が流れる中,スティーヴ・マックイーンが乗った グライダーが優雅に舞います。
この映画の 最も印象的な,初めて観たときの気分が甦るシーンです。

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着陸したグライダーから降りてきた マックイーンです。

Img_1250パンツは ベージュですが,柔らかそうなので コットンではなく ウールと思われます。

この配色に スェード・ブーツの鮮やかな茶色が効いています。
このブーツは 同時期の作品 「ブリット」で履いていた Tricker's の ‘Mudguard Chukka Boot’ と思っていましたが,よく見ると ソールのエッジが黒には見えず,そうではないかも知れません。

とりあえず,私は ClarksCola Suede Desert Boot にしておきます。

 

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2011年11月 3日 (木)

Hartmann Luggage 日本輸入代理店は,かつて-

数年前,「かつてに比べ 品質が落ちてきた。」 との理由からか,三越が Hartmann Luggage 代理店契約の更新をせず,代理店からおりました。
現在,日本に Hartmannの輸入代理店は見当たりません。

Img_1109最近,段ボール箱を整理していて 昔の雑誌を見つけました。
1980年発行の 「鞄とバッグの研究」(別冊 暮らしの設計 5号,中央公論社)という雑誌です。

表紙には ルイ・ヴィトンのトランクに並んで ハートマンが見えます。

Img_1110_2パラパラとめくっていて ‘Hartmann Luggage’ の宣伝ページを見つけました。

輸入代理店である広告主は 「オーナー(株)」でした。
更に 広告の 左上に ‘sunstar’とあります。

別ページの‘Lark LUGGAGE’の広告の左上にも ‘sunstar’と書かれ,右下の 広告主は 「サンスター歯磨(株)ラゲージ販売部」 となっています。
さらに 「オーナー(株)」の住所は 「サンスター歯磨(株)ラゲージ販売部」 と同じでした。
結局,30年前の ‘Hartmann Luggage’の輸入代理店は 実質的には サンスター歯磨(株)でした。

Img_1115雑誌内の ‘Hartmann’ の紹介ページです。

三越は いつから代理店になったのでしょう。
この雑誌の発行から15年経った1995年には 銀座三越に広い面積を占める ‘Hartmann’ の売り場がありました。

この頃の持つことに喜びを感じる Hartmann に戻ることはないでしょうか。

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2011年11月 2日 (水)

祖父の記憶-T型フォードと ハーレーダヴィッドソンの話など

何故か,30年ほど前に亡くなった母方の祖父を思い出しました。

祖父は 機械好きでした。

カメラは 70歳を過ぎても尚,孫が驚くような,発売されたばかりのカメラを常に持っている人でした。
自ら 現像・焼き付けもしていました。

銃も好きでした。これは 銃というより 狩猟と言うべきでしょうか。
中学生の頃,夏休みに遊びに行った折,従弟たちと 密かに 祖父の空気銃(散弾銃は持ち出せない。)を風呂敷に包んで(禁猟時期なので?)持ち出して山に行き,的を撃ったことがありました。

車は 関東大震災前から乗っていたようです。

若い頃,祖父に聞いた話です-

山口県の外車(国産車はなかった。)ディーラーに勤めていて,
短気故に 社長の息子とけんかし,東京までの片道切符を買って 汽車に乗りました。
車の運転ができるので 都会で運転手の仕事をしようと考えたようです。

まず,大阪で途中下車し,陸運局で登録されている自動車の台数を調べました。
大阪には数百台しかなく,仕事は期待できないと,東京まで行き,しばらく タクシー(ハイヤー?)の運転手をしたとのことです。

「どんな車に乗った?」 との問いに, 「たとえば フォード,パッカード,ベンツ。」と答えました。
正確には,ベンツを 「ル」にアクセントを置いて 「マルセデス・ベンツ」と言いました。

「T型フォードに乗った?」と尋ねると,「あれは 運転が簡単な いい車だった。後進用のペダルがあるから,ハンドルを切りながら 両足を乗せた二つのペダルを交互に踏んで前進・後進をくり返し,キュッキュッキュッと簡単に縦列駐車できた。」 と手の動きで説明してくれました。

太平洋戦争末期,長男(叔父)が学徒動員で徴兵された後,「博多港から南方に向かう。」という機密情報を 出航時刻と合わせて 密かに入手した 50歳を過ぎていたと思われる祖父は,ハーレーダヴィッドソン(借りたか 自分のものだったか不明)のサイドカーに祖母を乗せて,その頃住んでいた山口から博多港まで(関門海峡はフェリー?)一気に走ったそうです。
何とか出航時刻に間に合って 博多港に着いたところ,船は見えず「叔父を乗せた輸送船は門司から出る。」 という新たな情報で 引き返しましたが,間に合いませんでした。

「あの時の ばあさんの髪は 『アパッチ』のようだった。」 と祖父は笑いました。

叔父の乗った船は沈没し,叔父は帰国しませんでした。

「最後に 一目…」の親心を乗せ,舗装道路など まともな道路がない時代に,西に向かって土煙を立てて突っ走る サイドカー付きハーレーダヴィッドソンが目に浮かぶようです。
祖父の乗った ハーレーは,日本でライセンス生産された 「陸王」だった可能性が高いと思われますが,祖父は 「陸王」とは言わず 「ハーレーダヴィッドソン」 と フルネームで言いました。

70歳半ばで 最後の愛車となったホンダのスーパーカブに乗り換える前は,英国車「ヒルマン・ミンクス」に乗っていました。

スーパーカブについての評価は 「よくできている。」でした。

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2011年11月 1日 (火)

食器の追加購入

家人が数年前に購入していた3枚(客)ずつの食器に同じ数を追加して1セットとしました。

まずは 「砥部焼」の 中皿(6寸丸)。
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左が前から持っていた3枚,右が 追加購入した3枚。
微妙に色が違います。

Img_1229更に 今回 購入した3枚は 斑点が目立ちます。

販売店を通じて 窯元に確認したところ,焼く時期が違えば 土や様々な条件の違いで 同じ状態で焼くのは難しいそうです。

家人は 躊躇していましたが,最終的に購入しました。

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これは 栗原はるみさん プロデュースの漆器の椀です。

Img_1234これも 3客 を追加して 6客としました。

既に 廃版になっていたので 入手するのに手間取ったようですが,セール用に ちょうど 3客残っている店がありました。

セール用のため 1客 1,000円強 安く買えたようです。

形が優雅です。

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