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2011年12月17日 (土)

Ötzi と 地球温暖化

12月11日,会期を延長して COP17が終了しました。 地球温暖化対策に関して「将来への希望を残して」いますが,具体的規制はとれない状況のままです。

地球温暖化が,広く 世界的に問題にされ始めたのは いつ頃のことでしょうか?
つい,最近のような気がします。

Wikipedia によれば 「1988年にアメリカ上院の公聴会における J.ハンセンの『最近の異常気象,とりわけ暑い気象が地球温暖化と関係していることは99%の確率で正しい』という発言が,『地球温暖化による猛暑説』と報道され,これを契機として地球温暖化説が一般にも広まり始めた。国際政治の場においても,1992年6月の『環境と開発に関する国際連合会議(地球サミット)』にて気候変動枠組条約が採択され,定期的な会合(気候変動枠組条約締約国会議,COP)の開催が規定された。」 とあります。

私が 温暖化を意識したのは ほぼ上記と同じ 20年前の1991年9月に オーストリアとイタリアの国境付近のアルプスの氷河で,男のミイラ,Iceman が発見された時でした。
それまで 氷の中で眠っていたミイラが,気温の上昇で氷が溶けたために姿を現し,約5,300年振りに空気に触れたのです。

エジプト・ギザのクフ王のピラピッドが建設されたのが 約4,500年前,シベリアで 時折り 発見される(これも氷が溶けて)マンモスのミイラが 生きていたのが15,000年前と言われています。とにかく,大昔に,閉じ込められ(死んだ後)5,000年以上 誰にも見つからず,氷の中にあったのです。

Iceman は 火打石を刃にしたナイフと伴に,イチイを柄にした銅製の斧を持っていました。
青銅器時代は メソポタミア/エジプトで 5,500年前頃からと言われていますが,ヨーロッパのこの地方にも 既に伝わっていたようです。

このミイラの男は 発見された場所(‘Ötztal Alps’)に因んで,‘Ötzi the Iceman’と呼ばれています。
2005年に愛知県で「アイスマン展」と題した展示会が開催されました。

温暖化は別として,このミイラとなった男の素性/生活,死亡の経緯に興味があります。
推定年齢:45歳,身長:165cm,持ち物:「火打石のナイフ」,「銅製の斧」,「14本の矢が入った矢筒(2本の矢は折れており,12本の矢は未完成で鏃がない。)」,「『いちい』の作りかけの弓(L≒1.8m)」,その他発火道具等。
死因は 肩に矢が当たっての失血死が有力のようです。
何故,3,000mを超えるこの地に埋まっていたのかについては立証されていません。
当初は 「追っ手に撃たれた逃亡者。」,「部族間の戦いで撃たれた。」 というのもありましたが,最新の研究では「麓の戦いで死に,数ヶ月後に現場に埋められた」 という説もあるようです。

温暖化の話にもどると-
発見場所に 碑が建立されました。その頃はまだ万年氷の場所で 当初の写真では明らかに周りは氷で覆われていました。
2005年の写真( http://en.wikipedia.org/wiki/File:Oetzi_Memorial.jpg)では 氷は見えず,岩が見えます。

今後,まだまだ 各地の氷の中から 新しい発見が続くことが予想されますが,人類の生活からすれば 望ましくはありません。

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