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2012年2月 8日 (水)

推定無罪は正義?

刑事事件に野次馬的関心を抱くのは下品なことだと思いつつ,最近の「首都圏連続不審死」事件の裁判報道を 密かに注視しています。

かつての,そして現在 冤罪疑惑で問題になっている「東電OL殺人事件」に対する関心は 被害者の人生に対するものでしたが,今回の事件は 容疑者の人生に興味はなく,裁判そのもの,特に 無罪を主張する弁護士と 100日間拘束される裁判で 多くの辞退者が出た末に選出された裁判員の審議結果に興味があります。

裁判員ではない私には 状況証拠から 3件が有罪としか思えませんが,「必然の事件」 として 3件をまとめて敢えて審理を請求した検察に対して,弁護側は 「偶然の可能性」を主張しているようです。

その主張とは-
「使用された練炭も,コンロも,睡眠薬も 世間では無数に(?)売られている種類のもので,この全てを使って,偽名・偽学生などを騙って同じ方法で知り合い,同様なプロセスで容疑者と付き合いがあった三人の被害者が,容疑者が被害者の金を入手した順番に,容疑者とコンタクトがあった日 あるいはその前後に,同じ原因で死亡したとしても,自殺 あるいは 過失死である可能性は否定できない。」 とするものです。

すなわち 刑事裁判の原則 「疑わしきは 被告人の利益に」 に沿った主張のようです。
被害者が3人ではなく,5人 あるいは10人であっても この主張は変わらないのでしょうか?

初期の事件を担当した警察官が 「自殺と誤って判断しなければ 後の事件は防げた。」と言っています。
他方,弁護士は,何人犠牲になっていれば 無罪の主張を引っ込めることができるのでしょうか?

裁判を 統計的確率で審理してはならないでしょうが,上述の事象は 偶然では「ほとんど」起こりえない確率に思えます。
弁護士は この「ほとんど」を論拠として,「ほとんど」は 100% ではないのだから,「100% 立証できなければ 有罪としてはならない。」と主張しているように思えます。

最近の 痴漢冤罪事件判決にみられる,満員電車通勤の紳士諸氏には恐怖の「推定有罪」傾向からすれば,驚きの,裁判の原則に厳密に則った主張です。

弁護士さんは それが仕事でしょうが,「人間の倫理」と 「仕事の倫理」 の葛藤で悩むことはないのでしょうかと他人事ながら気になります。
「無罪とは思ってないが,『推定有罪』はいけない。『推定無罪』が正義だ。」というところで折り合いをつけるのでしょうか。
門外漢には理解できない精神構造を必要とする職業です。

理論後付け直観派の私は 裁判員には不向きのようです。

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