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2012年3月30日 (金)

何故か 記憶に残っている昭和の話。(その2)

昭和時代の いまだに覚えている どうでもいいこと ふたつ。

・ジョーン・バエズが広島で牡蠣を食べてー

昭和42年(1967年) フォークソングの女王 ジョーン・バエズが初来日。
広島公演の際,生牡蠣を食べて 中った,という話がありました。
情報源を覚えていませんが,何故か覚えています。新聞で報道された可能性もあります。

但し,彼女は牡蠣が嫌いで 食べてない,という話もあるようです。

さて 真偽は如何?

・渥美清さんのアドリブで金内吉男さんの笑いが止まらず-

「男はつらいよ」は 昭和43年(1968年)から昭和44年にかけて フジテレビ系で 26回 放映された後,映画化されました。

この時期,テレビを持たない間借り住まいの学生だった私ですが,何回か このテレビドラマを観ていました。
そして 唯一記憶に残っているシーンがあります。

ある回で セールスマン役で金内吉男さん(19331992)が出演した時,渥美清さんが おそらくアドリブで言った台詞が あまりにおかしく,笑い出して台詞が まともに言えませんでした。
初期のテレビドラマは生放送でしたが,この頃は 既にビデオテープで編集していたと思いますが,何故か そのまま放映されました。

最近 NHK BSで放映された 山田洋次監督の「家族」(昭和45年)でも 青函連絡船で北海道に渡った直後の食堂のシーンで,青森で行きずりで出会った渥美清さんの台詞に,赤ん坊だった娘を亡くしたばかりの傷心の母親を演じる倍賞千恵子さんが演技ではなく本当に笑っていたように見え,少し救われた気になりました。その後に台詞がなかったのでOKになったのでしょう。

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