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2012年9月の30件の記事

2012年9月30日 (日)

「つや姫」はどうだろう。

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2010年産から 本格販売になった 山形県の新種ブランド米 「つや姫」,2kg 3袋 を クレジット・カードのポイントで入手しました。

「亀ノ尾」,「コシヒカリ」,「キヌヒカリ」,「ひとめぼれ」を祖先品種として開発され,2009年に 商標登録されています。
これは 2011年産です。

「手頃な値段で おいしい米」 らしいのですが,どうでしょうか?

Img_3424早速,土鍋で炊きました。

おいしく炊くために,特別に 土鍋を持ち出したわけではありません。
そもそも 我が家には 電気炊飯器がないので,これが普通です。
「許容できるデザインの電気炊飯器がないので持たない。」という家人の キッパリとした理由があるようです。

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うまく炊き上がりました。

ほどよく弾力があり,おいしく戴きました。

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2012年9月29日 (土)

記録媒体,あれこれ。

「日立製作所と京都大学工学部は,9月24日,耐熱性・耐水性にすぐれる石英ガラスの内部に,CD並みの容量のデータを記録・再生する技術を開発したと発表した。」-と報じられました。

データの記録にはレーザーを使用し,再生には光学顕微鏡を利用,レーザーの焦点位置を変えることによって,石英ガラスの内部に多層の記録層を作成することから,高い記録密度が得られるといいます。

開発した技術を用いて4層の記録層を作成したところ,40 MB/inch²(CDは35 MB/inch²)を実現,更に,1000℃で2時間加熱する高温劣化加速試験では,劣化することなくデータを再生できることを確認。これは数億年にわたってのデータ保存と等価とのことです。

数億年後に 知的生物が存在し,この記録媒体を手にして再生するかどうか,再生ディヴァイスの同じ期間の保存は無理なので 再生できるかどうか疑問ですが,少なくとも 数百年の保存が問題ないというのは結構なことです。

CDは数十年,長くて 100年が保存限度と言われています。

記録密度や記録情報内容を無視して 保存期間のみ考えると,人類の最も優れた記録媒体は 岩(石)だろうと思っていましたが,この考えを改める必要がありそうです。

(記録媒体に関して 思うこと)

50年近く前の 高校の修学旅行(1965年)で,カメラにカラーフィルムを入れている者は,クラスに一人か二人しかいませんでした。それほど 高校生には高価でした。
白黒のフィルムを使っている者たちは 「カラー写真のプリントは 10年で 消えるよ。」 と やっかみ半分で言っていました。

情報量に拘らなければ,現在 残っている人類最古の記録媒体は 岩(石)に描かれた壁画であって 天変地異で破壊されなければ万年単位で残るでしょう。
ラスコー洞窟,アルタミラ洞窟の壁画が有名ですね。
現在 確認されている最も古い壁画は ショーヴェ洞窟(仏)の壁画で 32,000年前と言われています。

情報の内容,記録の人的意思に拘らなければ,生物の遺伝子も優れた記録媒体と言えるかも知れません。
これは その種が生存する限り 残り続けます。

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2012年9月28日 (金)

昭和時代のごみ箱,ごみ収集の歴史。

Img_3383散歩していて 懐かしい物を見つけました。

コンクリート製のごみ箱です。

記憶が確かではありませんが,40~50年前までは 各家の前に置かれて ここから ごみが収集されていました。

現在,当たり前になっている プラスティック(ポリエチレン)のごみ袋を決められた収集場所に,決められた日時に出すシステムが いつ始まったのかの記憶がありません。

現在のごみ収集方法 と 「コンクリートごみ箱」 の間に 「ポリバケツ方式」 があり,これは収集時刻に 家の前に出していました。
この「ポリバケツ方式」により,道路が すっきりしました。

「コンクリートごみ箱」の前(昭和20年代)は 「木製ごみ箱」(固定か可動か,不明)だったような気がしますが,不確かです。

多少の時間のズレはあるでしょうが,全国の自治体で同じ経過を辿ったものと思います。

「コンクリートごみ箱」の時代の疑問としてー
  ・生ごみをそのまま(袋に入れないで)捨てていたのか?
  (その時代,商店での包装は ポリ袋など存在せず,新聞紙だったと思われるので,生ごみも せいぜい 新聞紙に包んで捨てるくらいだったと思います。)
  ・袋に入ってないバラのごみを収集車にどのように運んでいたのか?
  ・ごみは収集日と関係なく 入れっぱなしだったのか?
  (-とすると,衛生上 かなり問題ですね。収集の後,水洗いしていた記憶はあります。)

いずれにせよ,街の景観 も 衛生も 向上したということになります。
-で,この コンクリートごみ箱は 個人ではなく,自治体の責任で回収・廃棄したのでしょうね。

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2012年9月27日 (木)

体力逆転。

20年とちょっと前の40歳頃,体力維持目的で クロスバイクを買い,乗り始めました。

少し 遅れて 家人もクロスバイクを買いました。

40歳代,50歳代と 関東在住時の休日は ほとんど 一人で,船橋から銀座まで寄道しながら往復 80km,舞浜や幕張の往復4~50km などのコースを走っていました。

時折り 家人と走るときは 先に自由に走らせ,私は後を 家人のペースに合わせて付いて行き,上り坂になって家人が苦しみながら走っている横を追い越して 先で待つ,という走り方でした。

夫婦とも還暦を過ぎて,折り畳みミニベロを入手し 二人で走っていますが,最近,どうも 様子が変わってきました。

最近は 私が 先を走っています。
スピードを変化させても ぴったりと 家人は付いてきています。
上りで 歩き始めるのは 私です。

先週土曜日,江田島に行って,たまたま 家人が先を走ったとき みるみる差が開いて追いつくことができず,思わず 携帯電話を入れました。
しかも,‘2×10’のギアのチェンジに無頓着な(よく理解してない)家人は,上りの時の軽いギアのまま 腹を空かせたライオンに追いかけられているかのように,あるいは 早回しの映画のように猛烈な速さでペダルを回転させて 平地を進んでいました。
負けました。

明らかに 体力がおちており,無風・平地で 25km/h の巡航速度を維持するのが 難しくなってきました。

そして,何故か 家人は 還暦後,体力が向上しているように感じます。

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2012年9月26日 (水)

宝くじの当選確率を土地の面積で考えると-

1等 3億3千万円,前後賞 3千万円,合わせて 3億9千万円 という,当たれば 老後の生活の不安がすっかり解消される 「オータムジャンボ宝くじ」の発売が24日に開始されました。

この10年以上 「ジャンボ宝くじ」 のみ買い続けており,当たった時の 使用計画立案済み,銀行口座開設も済んでいますが,未だに 計画実行に至っていません。

1等当選確率は 1千万分の1 と言われています。

どうも 数字では ピンとこないので 土地の面積で考えてみました。

例えば 日本の面積に対して どのくらいの広さの土地が1千万分の1なのか?

日本の国土面積は 約38万km²なので その1千万分の1は,3.8×10^11/1.0×10^7=38000 m² です。
正方形だとすると1辺は 約195m です。

かなり  広い土地では ありませんか!
陸上競技場のグラウンドより広いではありませんか!
100枚買えば グラウンド 100面以上です。

善男善女の皆様,希望を持ちましょう。

さて,今回は何枚 買いましょうか。

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2012年9月25日 (火)

‘make’の使い方。

汎用性の高い英語の動詞には,‘do’は当たり前なので置いといて, ‘have’,‘get’,‘give’,‘take’,‘make’ などがあり,中学,高校の教科書には それぞれの単語に対しての2,3の意味しか出てきませんでしたが,色々な名詞を繋げることで あらゆる(?)意味で使うことができます。
人によっては 「動詞はこれだけで 大抵の会話はできる。」 と言う者もいます。

自分では使えませんが,‘make ~’で 「~ する」で意味は何とか分かるのではないかと ‘make’の イディオムやフレーズを調べてみました。

想像では分らない意味が 色々ありました。

make it’:うまくいく,時間に間に合う,都合がつく,回復する,急いで立ち去る
       ‘it’も なかなか難しい単語で,さまざまな意味を持ちますね。
       これは よく使われそうです。

make a killing’:大儲けする。
       何故,‘killing’なのか?知らなければ どうしようもないですね。

make or break’: 成功を左右する
       何となく分りますね。
make-or-break’:形容詞で 「一か八かの」となり,‘make-or-break decision’ のように使われるようです。

make no bones about’: ~をためらわないで話す。
      ‘Make no bones about it.’( はっきり言うとね。) などと言うようです。

make believe’: ~のふりをする。/ ‘make-believe’:空想
      「信用させる」のではありません。  作為的な believe ということのようです。    

make off’: 急いで(こっそり)逃げる

-きりがないので この辺で。

米口語に強い娘も 知らない言葉があるようなので,すべてが 日常的 あるいは 一般的ではないかもしれません。

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2012年9月24日 (月)

ハンノキのリース

Img_3411前日 江田島を自転車で走り,鹿田公園南の坂を自転車を押して上るときに見つけた 「ハンノキ(榛の木)」を持って帰って 家人が作ったリースです。

ワイルドな魔除けです。

ハロウィン は来月末です。

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2012年9月23日 (日)

江田島を Tyrell FX で 60km ちょっと。

Etajima_50km_route暑さも和らいだので,土曜日,江田島を自転車で走ることにしました。

呉中央桟橋からのフェリーの出発時刻まで時間があったので となりの「大和ミュージアム」に行ってみると 建物の前に 「ボンネットバス」が 展示されていました。

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フェリー運賃は 380円,自転車が 120円プラスですが,フェリーターミナルの売店で 「せとうちサイクルーズPASS」を受け取って 船上で支払うと 自転車代が無料になります。

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江田島市 小用から サイクリング・マップの 50kmルートを走りました。

ルートの南端付近に 船の解体場所があり,ばら積み船のホールド部が陸に上げられていました。

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Img_3397沖美支所付近で 白と赤の花が付いた 八重の芙蓉(酔芙蓉?)  を見ました。

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昼食は 「夢来来(ゆめきらい)」にて。
展望デッキで 家人が ジャングルを切り拓いてこの場所を作った主に 地形の説明を受けています。

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海上自衛隊・第一術科学校(旧 海軍兵学校)前を経由して 小用に戻りました。

「自宅-呉中央桟橋」間を含めて 走行距離,久し振りに 60km を超え 疲れました。

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2012年9月22日 (土)

蚊について

「寛政の改革」を皮肉って 狂歌師・大田南畝(おおた なんぽ)が読んだとされる 『世の中に蚊ほどうるさきものはなしぶんぶといひて夜もねられず』 ではありませんが,寝ているときに 痒みで目が覚め,耳元で 蚊の羽音がすると 飛び起きて 殺虫剤を撒くことがあります。

ーと言っても,ひと夏で せいぜい1,2回です。

昔は,「どうしても 血が欲しいのなら 分けてやる。夏になる前に 一合ほど血を抜いて皿に入れておくから そこから吸ってくれ。断りもなく身体に針をさして血を抜くのは止めてくれ。」(固まってしまうので,そこは何とか工夫して Blood Station を作るから。)と 思うほど 蚊に刺されるのは不愉快でした。

蚊が少なくなりました。
そもそも 暑いので 窓を締め切って クーラーを入れるし,網戸もあるしで蚊が屋内に入ることがあまりないのでしょう。
又,水溜りが少なくなって 蚊の数が減ったのかも知れません。

かつては クーラーがなく,網戸もないのに 窓を開けて寝ていたので 蚊は出入り自由,という生活でした。
その時代,おそらく昭和30年代半ばまで の 必需品は 「蚊帳」でした。

そのうち 蚊帳をするほどでもなくなり,蚊取り線香になり,それが電気式になりました。

そして それらも不要になりました。

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2012年9月21日 (金)

江田島の Cycling Map

ぼつぼつ秋です。

もう,暑さで倒れることもないでしょう。
そろそろ 自転車に乗ろう,取りあえずは 江田島を走ることを考えています。
コースは ほぼ決まっていますが,江田島市が発行しているサイクリング・マップを確認しました。

Etajima_cycling_map_2Etajima_cycling_map_4_edition

今まで 第2版を持っていましたが,今年の8月に 第4版が出ていました。

第2版には 30km,50km,70km の3つのルートが載っていました。

Etajima_30km_route

Etajima_50km_route

Etajima_70km_route

呉市から江田島に渡る場合,呉中央桟橋から小用桟橋へのフェリーなので 小用を始点・終点とする 50km ルートの選択となります。
還暦過ぎ夫婦には ほどよい距離です。
このルートの最大の上り,鹿田公園南 800m (Av.7.3%) は 当然 歩きます。(家人は 当然とは思っていませんが・・・。)

ところが,第4版では この50km ルートがなくなっていました,別に全島ルートがあるので 困りませんが。

残った 30km と 70km ルートの 始点・終点は  「切串」 あるいは 「三高」で いずれも広島市からのフェリーが発着する港です。

呉市からのサイクリストが 広島市からのそれに比べて 少ないということかも知れません。

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2012年9月20日 (木)

竹島に関するNewsweek 記事へのコメントはー

Newsweek 英語版(太平洋版)9月10日号の ‘Why Japan and South Korea Are Feuding Over a Cluster of Rocks’という竹島に関する記事のNet版-‘The Daily Beast’ の ‘WORLD NEWS’(http://www.thedailybeast.com/newsweek/2012/09/02/why-japan-and-south-korea-are-feuding-over-a-cluster-of-rocks.html)を 10日ぶりに覗くと コメントが 約800件になっていました。
日本と韓国のコメント・主張のレベル差(根拠,論理,加えて品性)が明確で,多くの国の人に読んでもらいたい内容です。

初期の韓国人(系)のコメントは理屈を伴わない情緒的な内容が多かったのですが,やがて 真面目な歴史に関する議論が可能なコメントも出てきて,数人の日本人(と思われる)が,韓国人(系)の主張に対し,正しい歴史を 親切に教えるように誤りを正していました。

しかし,又,ほとんど意味のない情緒的で,首を傾げる韓国人(系)コメントも見られます。
それでも,丁寧に反論しています。

(韓)‘But when china ask Japan to solve Senkeku Island matter at international court, Japan says no.
And you want to take Takeshita to ICJ? Hahaha..very funny video...
Lie become truth when it repeat.’
(最後の一行は 韓国では常識と言われていますね。)

(日)‘No, don't tell a lie. China should propose to go to ICJ but they doesn' do that because they know that they will be defeated.’

(韓)‘Japan says Bamboo Island
Korea says Rock Island
There are no bamboo on the Island
There are nothing but rock on that Island.
And you want talk about this issue? Are you people stupid or something?’

(日)‘The name of Bamboo island (Takeshima) was originally used for Ulleungdo. But in the mid-19th century UK discovered Argonaut island, although it was mis-located because they had a mistake in surveying Ulleungdo, and they came to call this ghost island as Takeshima.
・・・・・’
(ーと丁寧に歴史を説く人もいればー)

(日)‘Your comment shows how ignorant Koreans are on this issue. Are you guys claiming your sovereignty of Takeshima with such a poor knowledge? I can't believe it.’
(「勉強してからにしてよ。」 とクールなコメントもあります。)

しかし,中にはー

(韓)‘Are you Jap? If so, u should be ashamed of yourself. You are war-criminals like Nazi. All Asian nations agree to the fact except for you Japanese. You know what? Apart from Dokdo, be aware that "Daemado" - so-called Tsushima in Japanese- belongs to Korea. You Japs have occupied the Island since the forced occupation of Korea by Japan. The evidence is that you Japs used one map that clearly indicated that Daemado belongs to Korea in order to claim ownership of another island in dispute with Americans. You Japs won the dispute by using that map and Americans acknowledged the fact. Now we Koreans demand you return the island to us right now, immediately. ’

- のような  下品で,無意味な 「『対馬』を戻せ」 の,反論する気にもならないコメントもあって,これは無視するしかないでしょうね。

- と思っていたら,丁寧に 正論が説くコメントがありました。
日韓のレベルの差が出ています。

(日)‘You seem to be brain-washed by Korean education, which is quite different from the world standard education. As to Tsushima, Korea wanted to be included into Korean territory dusing the process of SF Peace Treaty but it was rejected by USA because Korean claim was groundless.’

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2012年9月19日 (水)

シンプルな西部劇

最近 NHK BSで放映されて録画していた西部劇を2本 観ました。
いずれも古い作品で 観るのは初めてでした。

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まずは 「ウィンチェスター銃 ’73」(‘Winchester ’73 ’,1950)。

主演は ジェームズ・ステュアート(‘James Stewart’,1908~1997),共演 シェリー・ウィンタース(‘Shelley Winters’,1920~2006)。

シンプルなストーリーの西部劇です。

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アカデミー助演女優賞を2回獲った シェリー・ウィンタースの若い頃の姿を初めて見ました。
「ポセイドン・アドベンチャー」(‘The Poseidon Adventure’,1972)の 元水泳選手の中年婦人役しか記憶にありませんでした。

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この映画に意外な二人の俳優が出ていました。

先住民役のロック・ハドソン(‘Rock Hudson’,1925~1985),騎兵隊役の トニー・カーティス(‘Tony Curtis’,1925~2010),どちらも 25歳です。
ロック・ハドソンは エンド・クレジットを見るまで分りませんでした。
トニー・カーティスは すぐに分りましたが,端役のためか エンド・クレジットに名前が出ていませんでした。

Img_3370もう一本は 「弾丸を噛め」(‘Bite The Bullet’,1975)。
好きな俳優が出ているのに 何故か公開時に観ていません。

鉄道会社が主催する,岩山,砂漠などを 700マイル走る過酷なレースを描いています。
馬の身体が汗の塩で白くなるのを始めて見ました。
写真は やっとの思いでゴールする直前のシーンです。馬が 塩で白くなっているのが分ります。

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出演は 「ジーン・ハックマン」(‘Gene Hackman’,1930~ ),「ジェームズ・コバーン」(‘James Coburn’,1928~2002)の大御所。

ジェームズ・コバーンは 「荒野の七人」(1960),「大脱走」(1963)で既に売れていました。

Img_3366Img_3369そして 「キャンディス・バーゲン」(‘Candice Bergen’,1946~ ), 1966年に 「グループ」で デビューして 10年近く経ったころで この時期,最も活躍していた女優だったと思われます。

ストーリーに裏切りがなく 心穏やかに観ることができる西部劇も 時には いいですね。

キャンディス・バーゲン主演の,先住民を被害者として描いた 1970年公開の 「ソルジャー・ブルー」(‘Soldier Blue’)が観たくなりました。

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2012年9月18日 (火)

休日の昼食にカレー

                                               
Img_3380雨で外出しない三連休 最終日,昼食に カレーを食べました。

チーズ入りのビーフカレーと ひよこ豆のカレーです,パラタと一緒に。

南インドの主食と言われるパラタは 油の量が少なかったようです。

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2012年9月17日 (月)

三連休に紅瑞宝のロールケーキ

                                 Img_3372               
ぶどうの季節です,ぼつぼつ終わりに近づいていますが。

「ピオーネ」 に続いて 「紅瑞宝」 を知人から戴いて,「紅瑞宝」を使った ロールケーキを 三連休に 家人が作りました。

三連休は 江田島の50km コースを自転車で走る計画でしたが,台風16号が接近して風が7m/s ,降雨の可能性 50% との予報だったので 中止-。

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カロリー消費の予定が カロリー摂取に変わりました。

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2012年9月16日 (日)

素性のわからないカットグラス

Img_3305_2骨董市で 一つだけ買ったグラスです。

製造国も 何年前のものかも 全く分りません。

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あまり厚くないグラスに 細かい切子細工を施しています。

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2012年9月15日 (土)

高倉健さんの素顔。

9月8日,NHKの番組 「プロフェッショナル/仕事の流儀」で 『高倉健スペシャル』を放映しました。

Img_3329映画 「あなたへ」の撮影時を中心に 81歳の俳優の仕事の取組み方と素顔を見ることができ,ほとんど プライベートを公開しない彼の話がふんだんに聞けて 貴重な番組でした。

映画と同じように 普段もクールで,大スターでありながら 誰に対しても 偉ぶらない態度に感心しました。

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この番組では 3種類の Baracuta  G9 Jacket 姿が見られました。
映画には ‘Tan’と ‘Navy’のG9で出ているようです。
自前でしょうね。

‘Tan’Colour もいいですね。
‘Navy’しか持ってないので,この秋 買おうかどうか,迷っています,£160です。

-と,G9 Jacket に目がいってしまいました。

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2012年9月14日 (金)

「らくだ」は 『キャメル』か?

多くの日本人は ‘camel’を 「キャメル」と言います。「カメル」と言う人は稀です。
しかし,‘camera’は 「カメラ」 と言う人が多く,「キャメラ」と言う人は 稀で,若干,嫌味に聞こえます。

「日経ビジネス ONLINE」に面白い記事がありました。

日本のアメリカ大使館勤務で 元米空軍パイロットが連載中の 「米軍飛行士の『体当たり』式外国語習得法」の 9月13日 「『リンス』で日米飛行機会議の雰囲気が険悪に」という記事です。

著者は 1993年から横田基地で勤務し,航空自衛隊小牧基地で C-130 交換幹部教官パイロットを務めた経験があり,業務上 日本語を学ぶ必要があると考えて 苦労して日本語を勉強しました。奥さんは 日本人です。

この記事のエピソードです。

10年ほど前,航空自衛隊基地の管制官(当然,日本人)に 着陸の許可を得るため “Camel○○,request permission to land” と完璧な英語で言いました。
Camel○○’は 操縦していた飛行機のコールサインで 通信の最初に付け,コールサインが不明だと着陸許可が出ません。
又,パイロットと管制官とのコミュニケーションは どこでも英語です。(日本人同士でも)

このリクエストに対して 日本人の管制官が ‘Please say again call sign’と求めてきました。
彼は さらにきれいな英語で もう一度 “Camel ○○”と言いましたが,通じませんでした。

しばらく,やりとりしているうちに 英語の発音が問題であることに気づきました。
彼の “Camel” は 「カメルっ」ですが,日本人管制官は 「キャメル」という発音に慣れていて,ネイティブが正しく発音すると聞き取れなかったのです。
それに 良く気付いたと感心します。

その日から,日本人の管制官と通信するときは 日本のカタカナ英語に合わせて発音するように心がけたそうです。

そういえば,成田空港が出来て 外国の航空会社の飛行機の乗り入れが多くなった30年ほど前,何かの本で 面白い記事を読んで 記憶に残っていることがあります。

真偽は分りませんが,成田に発着する飛行機の外国人パイロットの間で 「日本英語-英語 対照表」が出回りました。
これには 「成田の日本人管制官が発音する英語」 と 「それが意味する英語」が示されていたそうです。本当だとすると,怖い話です。
上のケースとは逆なので,管制官が パイロットの英語を正確に聞き取っていたかは不明です。
「『言いたい英語』 と 『管制官が聞き取れる発音』 対照表」として使えば 問題なかったということでしょうか。

ところで,‘caramel’は 「キャラメル」 とも 「カラメル」 とも言いますね。
英語では,‘ca’は 「カ」に近いようなので,「カメラ」は 正解です。外国に行って 頑張ったつもりで 「キャメラ」 と言うと 却って通じなくなりそうです。

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2012年9月13日 (木)

河野談話とは-

慰安婦問題(韓国が問題としているのであって 日本は問題としていませんがー)の話になると必ず出てくるのが 1993年の「河野談話」で,今や 韓国が 慰安婦に対して日本に謝罪や補償を求めるときの根拠として 「元慰安婦の証言」 に並んで挙げられます。

「河野談話」は,正確には 「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話,1993年8月4日」 で,その全文は 外務省のホームページに掲載されています。

全文転載します。

いわゆる従軍慰安婦問題については,政府は,一昨年12月より,調査を進めて来たが,今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果,長期に,かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され,数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は,当時の軍当局の要請により設営されたものであり,慰安所の設置,管理及び慰安婦の移送については,旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については,軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが,その場合も,甘言,強圧による等,本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に,官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また,慰安所における生活は,強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお,戦地に移送された慰安婦の出身地については,日本を別とすれば,朝鮮半島が大きな比重を占めていたが,当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり,その募集,移送,管理等も,甘言,強圧による等,総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても,本件は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は,この機会に,改めて,その出身地のいかんを問わず,いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また,そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては,有識者のご意見なども徴しつつ,今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく,むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは,歴史研究,歴史教育を通じて,このような問題を永く記憶にとどめ,同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお,本問題については,本邦において訴訟が提起されており,また,国際的にも関心が寄せられており,政府としても,今後とも,民間の研究を含め,十分に関心を払って参りたい。

外務省のホームページに掲載しているので 政府は依然この見解を維持しているようで,野田総理は これを踏襲すると 8月27日に表明しました。

しかし,例えば 「・・・(業者の)甘言,強圧による等,本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に,官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」の部分の表現は,事実か否かの疑問以前に 正確さを欠いており,ここから 国(軍)による「強制連行」(根拠は元慰安婦への聞き取り調査のみ) があったと解されるのは,「官憲等」と厳密な主語さえ不明瞭で,それを立証する資料・目撃証言等も日韓両国の調査結果で存在が確認されておらず,これが あたかも裁判の証拠のように扱われて 永遠に(と思えるほど執拗に)謝罪や補償を求められるのは 如何なものでしょう。
見直し・修正は必要でしょう。

まずは 冒頭の 「いわゆる従軍慰安婦問題については,・・・」の,‘いわゆる’付き「従軍慰安婦」という誤解を生じ易い,戦後 40年近く経って創られた(それまで無かった)言葉の妥当性から・・・。

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2012年9月12日 (水)

携帯電話からの写真をフォトフレームに。

Img_3327SoftBank のフォトフレーム ‘Photo Vision’ です。

携帯電話から送られた写真を受信して表示します。

娘が帰省の際,置いて帰り,時折り 写真を送ってきます。

Img_3350Img_3351 

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2012年9月11日 (火)

シドニー・ポアチエ がいた。

現在,インテリ黒人を演じる第一人者は デンゼル・ワシントン(‘Denzel Washington’,1954~ )で異論はないでしょうが,かつては  シドニー・ポアチエ(‘Sidney Poitier’,1927~ )でした。

Intheheatofthenight1

アカデミー主演男優賞を獲った 「野のユリ」(1963年)の他に 「暴力教室」,「手錠のままの脱獄」,「いつも心に太陽を」,「招かれざる客」 など 多くの記憶に残る作品に出演していますが,私にとって 最も 印象深い映画は 「夜の大捜査線」(‘In the Heat of the Night’,1967,第40回 アカデミー作品賞) です。

邦題のセンスの無さが 悔やまれますが,原題の 「夜の熱気の中で」(‘In the Heat of the Night’)は,公民権法(‘Civil Rights Act’,1964)制定後とは言え,人種差別が強く残る ミシシッピ州の田舎町で たまたま事件に遭遇した フィラデルフィアの黒人敏腕刑事が ロッド・スタイガー(‘Rod Steiger’,1925~2002,本作品でアカデミー主演男優賞)演じる警察署長と対立しながら 捜査に当たる緊迫感を 的確に表しています。

しなやかで均整のとれた身体をダーク・スーツに包み,人種差別的言動を憚らない署長や町民と対峙しながら,事件の真相に迫っていくシドニー・ポアチエは,時に抑えきれない怒りを目で表しながらも 常にクールで,紳士でした。

クインシー・ジョーンズの音楽が雰囲気を盛り上げています。
夜の駅を背景とする オープニング・クレジットで,レイ・チャールズの‘In the Heat of the Night’が流れ,やがて 到着した列車から ひとり シドニー・ポアチエが スーツ・ケースを持って降り立ちます。
クリント・イーストウッドなら 「泣けるぜ。」 と呟きたくなるオープニング・シーンでした。

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2012年9月10日 (月)

デンジャラス・ランを観た。

デンゼル・ワシントン(‘Denzel Washington’,1954~ )が出演する 「デンジャラス・ラン」(‘Safe House’,2012)を 広島バルト11で 観ました。(カタカナの邦題は感心しません。)
南アフリカ共和国 ケープタウンを舞台とするスパイ・サスペンス・アクション映画です。
それほど期待してはいませんでしたが,ストーリーもアクションも期待以上で楽しめました。

Safe_house_jap

Safehouse_orga

デンゼル・ワシントン演じる元CIAエージェントの男が,TVのCMでは 極悪非道の犯罪人のように紹介されていますが,予想通り 彼は そんな単純な役を演じてはいません。

ケープタウンにある CIAの隠れ家 or アジト(‘Safe House’:原題)の 管理人(?)(‘Housekeeper’:CIAの Low Level 職員)を演じる ライアン・レイノルズ(‘Ryan Reynolds’,1976~ )を見た記憶がなく,よく知りませんでした。
特徴のない普通の青年風でありながら 強い意志を持つエージェント(役柄は イェール大と Law School卒のインテリ)を自然に演じており 感心しました。

Img_3318映画を観終わって,最近,家人がローカルTV番組で観た中央通りの「はちの木」で 「かき氷‘宇治抹茶・白玉,アイスクリーム,あずき入り」を食べ,満足して帰路に着きました。

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2012年9月 9日 (日)

土曜日の午後,呉 散歩。

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まだ暑さの残る9月の土曜日の午後,床屋に行った帰り 買い物がてら歩きました。

境川に一羽,‘青鷺’が佇んでいました。

二河川で ‘白鷺’をよく見ますが,‘青鷺’を,しかも 「境川」で見るのは 稀です。

「境川」は 飲み屋街に面しています。

魚を狙っているようでもありません。

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Img_3311呉駅前のバスターミナルに着きました。

今年の4月に,市営バスが 「広島電鉄」に職員を含む資産の移譲を行い,バスの運行が民営化されました。

車体の塗装は順次 変更されていき,ほぼ完了し,市営バスの塗装は無くなったと思っていたら まだ残っていました。

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2012年9月 8日 (土)

友か,敵か?

Newsweek_coverNewsweek 日本版 9月5日号の表紙に 「韓国,竹島への偏執の原点/暴走する韓国/その不可解な思考回路/竹島をめぐる常軌を逸した言動と粘着質外交の原動力とは」 と書かれており,特集の内容は-

・韓国,竹島への偏執の原点
・汚職と反日の不毛な悪循環
・新しいアジアで日本が生きる道

の三本立てでした。

更に 英語版(太平洋版)9月10日号に 竹島関連の記事が掲載されたというので ネットで調べると,‘The Daily Beast’ の ‘WORLD NEWS’9月3日付けで ‘Why Japan and South Korea Feuding Over a  Cluster of Rocks’(In Newsweek Magazine)http://www.thedailybeast.com/newsweek/2012/09/02/why-japan-and-south-korea-are-feuding-over-a-cluster-of-rocks.html  として 見ることが可能になっていました。
著者は Newsweek日本版編集長・横田孝氏です。

サブタイトルは ‘You say Dokdo,I say Takeshima... let's call whole thing off. A tiny clump of islets pushes two nations to the brink.’です。

じっくり読んではいませんが,まっとうで公正な記事に思えます。
事実のみを書き,韓国を不当に貶める意図があるとは思えません。
結論部が よく理解できませんでしたがー。
(韓国の各新聞は これを 「日本の右翼の主張を一方的に報じた。」としています。)

これに対して 400件を超える(9/7)コメントが寄せられており,その大部分が韓国人(韓国系米国人)によるものと思われ,諸々の,中にはヒステリックな反論が示されています。
彼ら(韓国)にとっては 「竹島は日本の領土」と言う/考える日本人は 全て「右翼」になります。他国の教科書に干渉するにしては 国状の理解不足です。
韓国では間違いなく全員(反対意見は言えない,言うと・・・最近,ウェブの親日サイトで「竹島は日本のもの」と言った13歳の少年が逮捕されたというニュースがありました。)が 「独島は我が領土」と信じている(or 信じさせられている)ようなので,この場合は 何と言えばいいのでしょうか?「全体主義」?

英語で竹島(領有)に対する議論(or 言い合い)が行われ,世界の人々に,日本と韓国の間に紛争中の「竹島」が存在することを知られることは 望ましいことです。
特に 韓国人のほとんどが 自国(朝鮮半島)の資料ではなく,日本の資料を基に消極的根拠で-例えば 「日本の古地図では 竹島を自国の領土と示していない。」など- 韓国の領有権を主張しているところが,その理由-19世紀以前,彼らに竹島の存在の認識すらなく,竹島を示す資料は存在しない-を考えると興味深く,Third Party には 是非 理解してもらいたいところです。
日本人(日系米国人?)が 「それだけ証拠と自信があるなら 逃げないで,国際司法裁判所に行きましょう。」 と述べていますが,「行きましょう。」と 素直に言う韓国人(韓国系米国人)が皆無なので,韓国は本当にグローバル化を目指しているの?と つい声を掛けたくなります。

さて,ここまでは 軽いイントロです。

本題は この記事の 最初の一文 ‘The fremenies are at it again.’です。
「最初の文の 主語が分からない!」
出だしで 躓き,焦りました。
be at it’は 「しばしば ‘again’を伴い,けんかをしている」 という意味のようです。

近くにいた 家人に 「‘frenemy’って どういう意味?」 と聞くと,彼女も知らないらしく 愛用の電子辞書を引いて,「載ってない。」
それではと,ネット版辞書 「英辞郎」で調べると,ありました。

『〈俗〉友人でもあり 敵でもある人,友達のふりをした敵◆【語源】friend + enemy 』
どちらの意味で使っているのか分りませんが,この記事においては なかなか 含蓄のある言葉です。
前半分が辛うじて残っているところが泣かせます。

因みに 会社で 4人の若い社員の電子辞書で引きましたが,どれにも載っていませんでした。

言葉の進化(変化)は早く,日本の電子辞書に載ってない,スラングだった単語が 堂々と真面な雑誌の記事で使われます。
日本でも 「パクる」などという俗語(隠語)が,いつのまにか 全国紙で使われています。

日本在住30年超の米国人は 里帰りする度に,言葉が通じなくて(理解できなくて) 困るそうです。
日本にずっといる日本人にも 分らない日本語らしい言葉があるので 当たり前でしょうか。

(追記:韓国版Newsweekは,この記事が 公正かつ正確な報道とはかけ離れている事実歪曲と判断し,掲載しません。 逆の場合でも,日本版は おそらく掲載するでしょう。官,民を問わず 言論・情報統制のある国は 民主主義国家/先進国 たり得ません。)

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2012年9月 7日 (金)

最近,気にならなくなった 「語尾上げ」。

20年~10年ほど前,老いも若きも  疑問文でもないのに 「語尾上げ」する話し方が 蔓延しました。

もともと 若い世代から発生したものでしょうが,あたかも 強力な伝染病のように あらゆる年齢層に広まり,特に 講習会の さほど若くない講師などが 使うと,そればかりが気になり,まともな日本語を使わない講師の話を 聴く価値があるのだろうか,などと 話の内容が頭に入らず,時間を無駄にすることもありました。

今でも 時々 聞くことがありますが,一時ほど 頻繁に聞くことがなくなり(ひょっとすると気にならなくなって?),心穏やかに暮らすことができます。

あれは 何だったのでしょう。

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2012年9月 6日 (木)

相手を選ばず-

「電話を掛ける者のマナーとして,まず 相手を確認する。」,更に 電話は特定(指定)の相手 もしくは 特定のテーマに通じる相手(受ける本人がそれを認めている)にするのが当たり前と思っている者にとって,確認なしに 話し始める相手は まともではないので 相手にしないのが原則です。

10年くらい前までは 会社,自宅を問わず 同窓会名簿か何かで見たのか よく投資の勧誘の電話が掛かっていました。
この場合,名前を確認するので 相手にすると 「税金対策にマンション経営をー」などと言う話をします。
そこまでで 無用な電話をとらされて 既に不愉快になっていますが,つっけんどに断ると 更に不愉快にさせられる反応をする者がいるので,ここは やさしく,かつ迅速に,相手が諦める対応をとっていました。

「税金対策に-」 と言われれば, 「できるだけ多く税金を納めて 国に貢献したいと思っているので,節税のために,と言う話は聞けないんですよ。」 などと やさしく言っていました。 時には 「お仕事,ご苦労さん。」 などと言うのもいいですね。

しばらく,このような電話はなかったのですが,この2週間で2回,会社に勧誘の電話がありました。
会社の電話は外線も通じる社内携帯電話で,私専用です。

電話を とると いきなり,勧誘の話を始めたので 「どこの 誰と 話したいんですか?」と話を中断させました。 社名は 合っていました。
「 で,どの部門の誰と話したいのですか?」 と問うと,「この電話を とった人とー」 と言う想像を超えた答えでした。
この場合,めんどうなので 「就業時間中の 業務外の電話は 懲戒処分対象になり,あなたも 私を首にしたいとは思わないだろうから・・・」と 簡単に言って切りました。
こういう電話のかけ方が 違法になるような法律は ないのでしょうか。

世の中,変わっているようです。

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2012年9月 5日 (水)

スーパーマーケットの英語が気になって-

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スーパーマーケットの看板などに書かれた英文が気になって 必ず見るようになりました。

これは呉駅1階のガラス窓に書かれた英文です。
英語で書く必然性は全くないし,書いてある内容も 書くほどのことはない当たり前のことなので, 「装飾」や「模様」 として見るべきものでしょう。

が,つい 読んでしまいます。やや 「粗捜し」風になってきましたが,間違いさがしで頭の体操です。

この文章では 最後の ‘・・・ for a comfortable and healthful life.’の ‘healthful’が 引っかかりました。

‘health’の形容詞には ‘healthful’と ‘healthy’があります。
何故 ‘healthy’とせず,‘healthful’としたかが問題です。
単に 「俺は こんな単語も知っているぞ。」 という問題ではありません。

言いたいのは おそらく 「健康的な生活」です。
‘healthful life’が 「健康的な生活」(結果としての状態)となるかが問題です。

‘healthful’は 「健康に良い」,より正確に言い換えれば 「健康に寄与する」という意味と思われ,例えば ‘healthful food’(健康食品), ‘healthful lifestyle’(健康に良い生活習慣), ‘healthful exercise’(健康に良い運動) のように使われ,この場合の意図するところと異なる意味になりそうです。

ここは 単純に ‘healthy life’で 「健康的な生活」 とするのが適当ではないか,と思います。

「模様」 だから どちらでもいいようなものですが,真面目な中学生が 真面目に読むことがあるかも知れません。

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2012年9月 4日 (火)

朝顔の蔓は どこまで伸びるか。

Img_3276自宅近くの小学校の3階建て校舎の屋上まで届く 「朝顔」です。

9月になり,既に 花が咲く時期は終わって,葉が残っています。

「ジャックと豆の木」ではありませんが,朝顔の蔓は どこまで伸びることが可能なのでしょうか。

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2012年9月 3日 (月)

Mad Max

Img_3290 久し振りに 「マッドマックス(‘Mad Max’,1979)」 を,BS朝日で観ました。
当時(今でも)珍しい オーストラリア映画で,二十歳そこそこの ほっそりした メル・ギブソン(‘Mel Gibson’,1956 ~ )が,妻子を暴走族に殺され,復讐する青年警官を演じます。

ストーリーは大したことはありませんが,近未来オーストラリアの乾いた風景を舞台に,本物のライダー(暴走族?)を使った すさまじいカーアクションで日本で大ヒットしました。
「撮影中に二人死亡した。」 と,まことしやかな噂が広まり,そのシーンを探したものです。

Img_3283Img_3293この映画のヒットでシリーズ化され, マッドマックス 2 (‘Mad Max 2:The Road Worrier ’,1981)と マッドマックス/サンダードーム(‘Mad Max Beyond Thunderdome’,1985) の 2本が作られました。

いずれも あまり考えずに 楽しめる映画です。
「サンダードーム」は あまり感心しませんが・・・。

メル・ギブソンは これらの映画で認められ,ハリウッドに進出し 大スターになりました。

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放映は 吹き替えではなく 字幕の英語版でしたが,オーストラリア人によるオーストラリア映画でありながら オーストラリア訛りがないようで,役者が自分で喋っている感じがしません。
Wikipedia で調べると 「オーストラリアの俳優は 特有の訛りがあるため,劇場公開時にはアメリカ人による吹き替えの英語版に差し替えられた。」 とあったので それでしょうか。

オリジナル版は残っているのでしょうか?

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2012年9月 2日 (日)

金曜の夜,外食。

2012083119360000_3金曜の夜,九州に行っていた家人と駅で待ち合わせて 外で食事しました。

簡単に済ますため,カジュアルなイタリア料理店としました。

まずは 「2種の魚のカルパッチョ」,この日は「鯛」 と 「かんぱち」 でした。

20120831193500002012083119350000_5

腹の足しとするため,「リゾット」 と 「ピッツア」。
「リゾット」は 海の幸,「ピッツア」 は 豚肉,ナポリサラミ,赤玉葱。

以上に グラスワイン と ビール を加えて \3,900 と リーズナブル,大変 おいしく戴きました。

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2012年9月 1日 (土)

尖閣諸島領有権に関する ある中国人の冷静な見解

尖閣諸島の領有に関して,極めて 冷静・合理的な,中国人女性の考えが 「サーチナ」(2012/8/28)に 「波紋呼んだ中国人の 『尖閣はやっぱり日本のもの』 主張」 と題する記事で紹介されていました。
竹島に関する韓国人の冷静・合理的な見解を見ることはありませんが,この中国人の見解は 感情に流されず,史実を直視し,論理的で見事です。
最近は 韓国より中国の方が自由に意見を言える国になっているかのようです。

長い文で,内容の検証はしていませんが,全文転載します。

中国の女性企業家,広東捷盈電子科技・取締役副主席の林凡氏が24日,『尖閣諸島は日本のものだ』 とツイートした。米国とオランダ,マレーシアとシンガポールの領土争いで国際法廷が示した判決や,中国共産党機関紙である人民日報のかつての『見解』 などを根拠として,現在の中国政府の言い分を否定する見解を示した。

  同ツイートに対しては 『激烈な反対意見』とともに,尖閣諸島の領有についての中国共産党・中国政府の主張に改めて不信の表明する書き込みも相次いだ。

  林凡氏のツイートとフォローは25日夕方までに,すべて削除された。同ツイートの原文となったと思われるブログは転載が相次いだこともあり,一部ページでは閲覧することができる。同文章には,尖閣諸島の領有権について,他の事例との比較や日中のこれまでの対応の分析を積み重ねて論じている特徴がある。同問題に絡めて過激な行動をする中国人に対する嫌悪感の発露と見られる部分もある。

  以下,ブログ文の全文を日本語訳して掲載する。小見出しと訳注は編者による。

との書き出しで,氏の考えが掲載されています。

**********

インターネットでは釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)について,多くの意見が寄せられています。「たたく」,「殺す」などと叫ぶ罵声です。それでは,魚釣島の未来はどうなるのでしょう。詳細に分析すると,魚釣島は必然的に日本に属するということが予見できます。

領土紛争の解決には3つの方法がある

  私たちは,国際的な領土紛争を解決するには,通常,3種の方式があると知っています。(1)交渉で解決,(2)国際法廷に訴える,(3)武力を用いる――です。

  まず,1番目の方法を見てみましょう。交渉による解決です。

  交渉には,双方が相手との間に領土紛争があると確認し,双方が交渉を望むという前提があります。中国側はもちろん,日本と交渉したいと考えるでしょう。

  では,日本側はどうでしょう。日本の外相は9月19日<訳注:何年の発言であるかは不明>,「尖閣諸島は日本の固有の領土だ。いわゆる領土問題は存在しない」と発言しました。相手が領土紛争があるとの基本を承認しないのでは,なにをもって交渉の土台とするのでしょう。さらに,日本側が交渉を望んだとしても,現在の国際政治では,交渉を通じて相手が実効的に占領している領土を取り戻すという考えは,「痴人の夢」とでも言うべきです。

  次に,2番目の方法を見てみましょう。国際法廷に訴えるという方式です。私は,この方法を重点的に論じます。

「古くから中国に属していた」で領有権は決まらない

  中国政府・外交部の報道官は,釣魚島について語る時には「釣魚島は古くから中国に属していた」と言います。日本側の主張は実際のところ一貫しており,「無主地であり,日本が先にこの地に対して有効な統治を行った」です。

  これに対して中国側の “反撃” は,「われわれの,かくかくしかじかの古文書には,14xx年に,釣魚島についての記録がすでにある。日本人よりも500年も早い」うんぬんです。

  しかし,すでに1925年の米国とオランダの間でパルマス島<訳注:フィリピン・ミンダナオ島とオランダ領東インド(当時)の間にある島>の事案で,国際法廷は「先に発見した者が,主権を有するとはかぎらない」との見解を示しました。「有効な統治があって,(領有権は)成立する」 としたのです。たとえば、国旗1本を立てるだけでもよいのです。

米国・オランダ間で「実効支配」が決め手になった実例

  パルマス島を発見したのはスペイン人で,16世紀のことでした。その後,オランダが統治していました。 その後,スペインはパリ条約でフィリピンとその周辺島嶼(とうしょ)を米国に割譲しました。米国は,その島嶼にパルマス島が含まれていると認識したのです。しかし,国際法廷はパルマス島の割譲を認めず,(それまで実効支配をしていた)オランダの領有が続くことになったのです。

  もうひとつ,参考の価値があるのがシンガポールとマレーシアが争ったペドラ・ブランカ島の件です。歴史的要因だけを考慮すれば,ペドラ・ブランカ島は明らかにマレーシア・ジョホール王国にとっての「古来神聖なる,分割することができない一部分」でした。

  しかしシンガポール側は1844年に同島に灯台を築き,実効支配を始めました。マレーシア側は長期にわたり,異議を唱えませんでした。マレーシアが1979年に自国地図にペドラ・ブランカ島を入れたことで,両国の争いが発生したのです。

長期間放置・権利放棄で領有権は相手国のものになる

  国際法廷は最終的に,ペドラ・ブランカ島をシンガポール領と認めました。マレーシアが長期にわたり,(シンガポールの実効支配を)「黙認」していただけでなく,さらに重視されたのは,1953年にシンガポール当局がマレーシア当局に対して「同島の領有権はマレーシアに属していると考えるか」と質問した際に,ジョホール州の代理秘書が書簡で「ジョホール政府はペドラ・ブランカ島に対する領有権を主張したことはない」と回答したことでした。

  したがって,国際法廷は「1844年まで同島がジョホール王国に属していたことは確かだ。ただしその後,マレーシア側の放棄により主権は移った」と判断したのです。

火星を地図に描いても,火星は自分のものにならない

  不幸なことに,清朝時期はおそらく 「普天の下,王土に非ざる莫く,率土の浜,糞青にあらざる莫し」<訳注:原義は,「あまねく空の下はすべて王(=中国の支配者)の土地,そこにいる人はすべて王の臣」の意。「王臣」をわざと憤青(=怒る青年)と同音の「糞青」に置き換えたと思われる>の伝統思想の影響を受け,自分の目で見えるのだから,われわれの土地だと考え,時おり(中国の)漁民が立ち寄る以外には,基本的に釣魚島において主権を直接に示す行為をしなかったのしょう。

  明朝期の「籌海図編」や清朝の「大清一統輿図」を持ち出す人もいます。これらで少なくとも,われわれが地図の上で釣魚島を記載していたことは証明できます。

  しかし,地図などというしろものを持ち出しても,「アフリカが(自国で作成された地図に)入っているから,アフリカはわれわれのものだ」とか,「火星を描いておいたから,火星はわれれものもだ」と言うことはできません。

日本は尖閣編入時,「微妙な問題」と認識していた

  これまで(世界で発生した領土争い)の事例を見ると,地図の証拠能力は地図自身の性質と質に関係してきます。地図の証拠としての説得力は,しばしば極めて有限です。たとえば,パルマス島の事例では,国際法廷は地図を証拠として採用するにあたって,地図が正確であることを基本条件として求めました。

  米国側は世界各地から1000枚以上もの地図を探し出しました。それらの中で,(領有権争いの相手国である)オランダの主張を支持する地図は3枚しかありませんでした。しかし,国際法廷はパルマス島を(実効支配を続けていた)オランダの領有と判断しました。

  振り返ってみれば,日本政府は19世紀の末から大きなエネルギーを使って釣魚島(尖閣諸島の中国側通称)を調査し,清国政府が所管した痕跡がないことをつきとめました。ただし,日本側は中国が同島をすでに命名していたことには注目しました。

ところが,日本人が統治しても中国は抗議しなかった

  (尖閣諸島が)清朝の勢力範囲に近いため,清国の領土であるという証拠はなかったのですが「万一の不測の事態が発生すれば、事態収拾が難しい」と懸念したわけです。

  日清戦争中の1895年に起こった海戦で清国に勝利すると,日本人の姿勢は強硬になりました。釣魚島を沖縄県の所管として,標識を立てたのです。<訳注:正式な標識を立てたのは1970年で,下記の尖閣諸島への入植よりも相当に遅れた>

  翌1896年には同島を古賀辰四郎に貸し与えたので事業が始まりました。1909年には,同島に移住する者が250人近くになりました。

  しかし,清国政府は(尖閣諸島に対する)主権の宣言を発表することはなく,実際の統治も行いませんでした。さらにスゴイことに,1970年代に石油資源が発見されるまで,中国は70年以上も日本や米国の釣魚島統治に対して,何の異議も申し立てなかったのです。

「清朝は釣魚島を自国領と認識していた」証拠は偽造だった

  1970年代になり,釣魚島の紛争が改めて発生してから,米国在住の「盛家の子孫」と自称する盛毓真という人物がおどり出ました。盛毓真は慈禧(西太后)から盛宣懐<訳注:清朝末期の政治家・実業家。1844-1916年>が賜ったとする書状を発表し,清朝政府が釣魚島について“電柱に小便をかけていなかったわけでもない”ことを証明したのです。

  (釣魚島の奪還を目指す)保釣派は欣喜雀躍しました。盛毓真は愛国の星とされ,台湾に行って人を騙して大いに飲み食いをしたのです。

  ただし,ウマイことは長続きしません。中国大陸及び台湾の学者が前後して,盛宣懐が発表した慈禧の書状には形式上の混乱があり,ありえない間違いがあることを発見したのです。例えば,盛宣懐の任官の年月日が事実よりも3年早かったり,慈禧の印が書状を書いた当時にはすでに使っていなかった,それより古い時期のものと判明したのです。結局,慈禧の書状は偽物と断定されました。

下関条約と尖閣は関係なし,日清双方が確認済み

  この偽書以外にも,中国は釣魚島を「台湾と付属する島嶼(とうしょ)」の一部とみなして,馬関条約<訳注:日清戦争の講和条約。日本では下関条約と呼ぶ>にもとづき日本に割譲されたもので,清朝の領土であったのだから「カイロ宣言」及び「ポツダム宣言」の関連規定にもとづき,中国に返還されるべきと主張しています。

  問題は,日本は馬関条約の3カ月前に釣魚島を沖縄の所管に組み込んでいたことです。馬関条約締結時,清朝政府は日本が“魔手”を伸ばし,福建省沿岸の島嶼も「台湾に付属する島嶼」として自分のものとしようとすることを恐れました。そこで清朝側の要求により,双方は地図の形で(日清戦争の講和条件として)日本に割譲する島嶼を確認したのです。日本側が示した地図に釣魚島は入っていませんでした。

  そして,双方は「台湾接収文書」に署名しました。すべてが「双方いずれにとっても明確」なのです。<訳注:筆者は,日本は下関条約以前に尖閣諸島を領土に組み込んでおり,日清戦争の講和条約の結果として中国領である尖閣諸島が日本に引き渡されたのではないと指摘>

論じていて気分が悪いが,事実は事実

  ここまで論じてきて,実に気分が悪いのです。しかし,話はまだ続きます。日本側には,もうひとつの主張があります。つまり,魚釣島は琉球諸島の一部分であり,理屈から行っても日本に属するということです。

  中国側は何としても,この日本側の主張は絶対に違うと証明せねばなりません。中日双方の古文書の記載からして,古琉球時代に釣魚島が琉球に属していなかったことは確実です。しかし日本が1895年に釣魚島を琉球に編入してから,日本と米国だけでなく,さらに致命的なことに,中国もが釣魚島は琉球に属すると言いはじめたのです。

人民日報も「尖閣は琉球に属する」と明記

  1920年に,中華民国の駐長崎領事は日本政府にあてた感謝状で「日本帝国沖縄県八重山郡尖閣列島」と書いているのです。さらに“殺傷力”が大きいのは,1953年に「人民日報」が発表した文章です。

  最初の部分には「尖閣諸島を含む琉球群島」と書いてあり,最後の部分では「琉球は日本人民が独立,民主,平和を勝ち取る闘争と,切り分けることができない」と書いてているのです。

  実際には,現在も一部の「保釣派」の理論は「釣魚島は琉球に属する。琉球は中国に属する。したがって釣魚島は中国に属する」です。これに対しては彼らに,痴(し)れ者の妄想はおやめなさいというのみです。

日本にMAOのような人物が出れば,戻ってくるかも

  琉球が現在,日本に属するということは変えようがない事実です。日本人に琉球を吐き出させようとすれば,彼らの国家に,たとえばMAOのような領土を糞まみれの土地のように扱う神のような偉人が出現することを期待するしかありません。<訳注:MAOは毛沢東を指すと考えてよい>

  これまでの記述を総合し,台湾の保釣運動の熱血青年に馬英九総統が比較的遠まわしな言い方で「釣魚台(尖閣諸島の台湾側通称)を争う場合,国際法は台湾にとって不利」と言っていることもあわせてみれば,私は国際法廷に訴えた場合,(釣魚島を取り戻せるという)中国側の勝算はほとんどゼロと考えます。これが残酷な現実です。

武力による奪取は、どう考えても不可能

  最後に,武力による解決を考えてみましょう。

  現在,インターネット上には中日海空軍力比較が大量に存在します(陸軍は尖閣問題で使えないからです)。日本側がやや有利という説もあれば,中国側が勝つとの主張もあります。この種の比較は実際には,まったく無意味です。「日米安保条約」が存在するからです。

  法律上の義務,同盟国としての道義,あるいは自国のための戦略的利益からみても,米国は必ず日本を支持します。ヒラリー・クリントン米国務省長官も「私は明確に申し上げたい。尖閣諸島は安保条約第5条の範囲内であり,われわれは日本国民の義務を保護することを重視します」と表明しました。

  これまでの釣魚島を巡る紛争のとき,軍の側の原因があったわけではありません。しかし,頭がおかしいのでなければ,中国と米国の軍事力の差は,1段階や2段階の問題ではないと,だれでも分かるはずです。

  あるいは「戦争の勝敗を決定する鍵は,双方の武器装備の優劣ではない。精神と意志の力の違いだ」と言う人がいるかもしれません。

尖閣海域に派遣される中国の監視船は哀れだ

  確かに,「冷たい兵器の時代」でも「熱い兵器の近距離作戦の時代」でも<訳注:「冷たい兵器」とは,火薬類を使わない古代の兵器を指す。「熱い兵器の近距離作戦」とは,通信網やミサイルなどを使わない火砲による攻防を指す>,精神力や意志の力は戦争の勝敗を決める重要な要素です。

  ただし,現在の情報化・非接触式作戦の時代に,精神の力を強調するということは,すなわち精神力を淫するということです。もちろん,“愛国賊”らの圧力に対応するために,共産党も国も「強硬」な表現をします。

  そして党・政府は監視船数隻を派遣します。われわれの監視船が日本の軍艦と対峙することには、心がぞっとして同情の気持ちが出てきます。(日本側に阻止された時点で)釣魚島まではまだ数十海里もあり,そしてまた,傷ついた心で戻らねばならないのです。こんなつら汚しの小細工で,釣魚島を奪還できるとでも言うのでしょうか。

尖閣はすでに日本のもの、将来も日本のもの

結論:
  釣魚島は日本人が出兵して占領したものではありません。われわれがぼろ布のように捨てたものです。日本人は宝物のようにそれを拾いました。われわれは異議を唱えませんでした。1968年に釣魚島海域で石油が発見されたから,釣魚島は一晩にして突然,「神聖にして不可分」な領土になったとでも言うのでしょうか。

  そして,泰山のように崇拝されている周恩来も,日本人に対してあいまいに「われわれはここで,あの(釣魚島)のために,論争をすべきでありません。いずれにせよ,地図の上で探しにくいほどの小さな点にすぎません。なんで問題になるかと言えば、石油が見つかったからにすぎません」と発言しています。これが,一国の指導者の領土問題に対する姿勢でしょうか。

  したがって,法律面,国際政治,実力を比較検討しても,釣魚島はすでに,そして将来にわたって日本のものでありつづけるのです。あなたは怒るかもしれない,あせるかもしれない,悲しむかもしれない。しかしこれが事実であり,真相なのです。

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(転載了)

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