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2012年9月13日 (木)

河野談話とは-

慰安婦問題(韓国が問題としているのであって 日本は問題としていませんがー)の話になると必ず出てくるのが 1993年の「河野談話」で,今や 韓国が 慰安婦に対して日本に謝罪や補償を求めるときの根拠として 「元慰安婦の証言」 に並んで挙げられます。

「河野談話」は,正確には 「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話,1993年8月4日」 で,その全文は 外務省のホームページに掲載されています。

全文転載します。

いわゆる従軍慰安婦問題については,政府は,一昨年12月より,調査を進めて来たが,今般その結果がまとまったので発表することとした。
 今次調査の結果,長期に,かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され,数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は,当時の軍当局の要請により設営されたものであり,慰安所の設置,管理及び慰安婦の移送については,旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については,軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが,その場合も,甘言,強圧による等,本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に,官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また,慰安所における生活は,強制的な状況の下での痛ましいものであった。
 なお,戦地に移送された慰安婦の出身地については,日本を別とすれば,朝鮮半島が大きな比重を占めていたが,当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり,その募集,移送,管理等も,甘言,強圧による等,総じて本人たちの意思に反して行われた。
 いずれにしても,本件は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は,この機会に,改めて,その出身地のいかんを問わず,いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また,そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては,有識者のご意見なども徴しつつ,今後とも真剣に検討すべきものと考える。
 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく,むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは,歴史研究,歴史教育を通じて,このような問題を永く記憶にとどめ,同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
 なお,本問題については,本邦において訴訟が提起されており,また,国際的にも関心が寄せられており,政府としても,今後とも,民間の研究を含め,十分に関心を払って参りたい。

外務省のホームページに掲載しているので 政府は依然この見解を維持しているようで,野田総理は これを踏襲すると 8月27日に表明しました。

しかし,例えば 「・・・(業者の)甘言,強圧による等,本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり,更に,官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。」の部分の表現は,事実か否かの疑問以前に 正確さを欠いており,ここから 国(軍)による「強制連行」(根拠は元慰安婦への聞き取り調査のみ) があったと解されるのは,「官憲等」と厳密な主語さえ不明瞭で,それを立証する資料・目撃証言等も日韓両国の調査結果で存在が確認されておらず,これが あたかも裁判の証拠のように扱われて 永遠に(と思えるほど執拗に)謝罪や補償を求められるのは 如何なものでしょう。
見直し・修正は必要でしょう。

まずは 冒頭の 「いわゆる従軍慰安婦問題については,・・・」の,‘いわゆる’付き「従軍慰安婦」という誤解を生じ易い,戦後 40年近く経って創られた(それまで無かった)言葉の妥当性から・・・。

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