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2013年1月29日 (火)

退職金か?児童/生徒か?

かつて,「でもしか先生」という言葉がありました。

Wikipediaによると,もともとは 「1950年代から1960年代にかけて,本来の職務である学校の授業を二の次にして勤務評定闘争や安保闘争などの組合活動に頻繁に参加していた教師を 『デモしかしない先生』 として皮肉った『デモしか先生』だった。そうです。
これについては 記憶がありません。

私が覚えている「でもしか先生」は 「『他にやりたい仕事がないから先生でもやろう』 とか 『特別な技能がないから先生にしかなれない』などといった消極的な動機から教師の職に就いた先生のことで,終戦後から高度経済成長の時期(おおむね1950年代前期から1970年代後期)に教師の採用枠が急増し,教師の志願者のほとんどが容易に就職できた時代に採用された無気力・不真面目な態度の教師に対する蔑称。 です。
実際の教師の質との強い因果関係故に この言葉が存在したことは否定できないと考えます。

現在,60歳の教師は 1970年代半ばに教職に就いた方々であって,「でもしか先生」の言葉が存在した(適用された?)終焉の時期にかかっています。

3月の卒業を待たずに 担任クラスを持ちながら,退職金減額を避けて 早期退職する教師は,何年後かに開催されるクラス会に招待されることがあるでしょうか?
最後の担任クラスではないクラスには影響がないと思っているのでしょうか?
「退職金の差額 150万円に比べれば そんなもの・・・」 と思っているのでしょうか?

このことが 児童,生徒に対して,教師の面影と共に もっとも記憶に残る,最後の「教え」となるかも知れないと認識しているのでしょうか?

Wikipedia によれば 「高度経済成長時代の終焉後(特に1990年代以降)は,日本国内の経済の低迷化や 少子化に伴って学校の教師の採用枠は激減し,教員採用試験は極めて競争率の高い狭き門となっているため,学校教育に対してよほど強い熱意を示すことのできる能力の高い者でなければ 合格することはほぼ不可能になり,現在では 『でもしか先生』という言葉が日常使われることはほとんどなくなっている。」とあります

死語に近くなっていた言葉が,今回の出来事で思い起こされました。

若い教師に期待しましょう。

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