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2013年3月26日 (火)

かつて 「米穀通帳」があった。

TPPに対して 全国のJAが反対を表明しています。
農産物の関税が完全に撤廃された場合の 影響が紹介されています。

現在に比べ 「米」が重要,かつ生産量に限りがあった時代,米は配給制でした。
そして 「米穀通帳」(正しくは「米穀配給通帳」)と呼ばれるものがありました。

これは,食料管理制度の下で,米の配給を受けるための「通帳」であり,1942年から 1981年の食料管理法の改正まで 法律上 存在したことになっています。
しかし,団塊世代の私でも 実質 「米穀通帳」が機能していた現場の記憶はありません。

【いつごろまで必要だったか】
1960年代には米の配給制度そのものは無くなったものの,食管制度上の規定では米屋から米を購入するときには必要だった。

【消えゆく必要性】
1969年から自主流通米制度が発足し,それに伴い 配給も登録業者以外からも受けられるようになり,1972年3月28日には米穀が物価統制令の除外項目となり,スーパーマーケット等新しい流通形態の登場や,米余りの状況のため,なし崩し的に米穀通帳なしでも米の購入ができるようになった。
1972年(昭和47年)に就職し,戸籍上 世帯主になって,独身寮に住み始めた私は 「米穀通帳」を求められることもなく,従って 発行申請をせず,保有したことはない。

【法律の改正まで】
米穀通帳の必要性はほとんどなくなったにもかかわらず,発行自体は食糧管理法改正が行われた1981年まで続けられた。

【配給米の量】
米穀配給制度の合理化大綱 ( 昭和31年9月21日 閣議決定)によると 「年令別配給基準量の整理」という項があり,「年令別区分を廃止し一般消費者及び一部保有農家に対する米の配給基準量を1人1日当り精米365グラムとする。」とあったので,月に約10kg程度となり,5人家族だと 50kgとなる。
米 1合は 約150gなので 1人1日の365g は約2.4合となり 充分な量と言える。
昭和40年代に「米穀通帳」の発行を受けた方の報告では 1人 15kgだった。
現在の生活からすると,とんでもなく大量である。文字通り「主食」だった。

【旅館に泊まるとき】
厳密に配給制度が機能していた時代は,旅館に泊まるときには 「米(現物)」か「米穀通帳」が必要だった。
確かに 小学校の修学旅行(昭和35年,1960年)では,米を持って行き 旅館に渡した記憶がある。中には 古い靴下に米を入れて持ってきた者もいて 皆の非難を浴びていた。
しかし,中学校の修学旅行(昭和38年,1963年)に米を持って行った記憶はない。

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