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2013年7月17日 (水)

約40年前の議論,魚雷が破壊力を発揮するためにはー。

‘MOL COMFORT’前半部船体の曳航中の火災,そして 沈没の報道を見て,ふと 約40年前の 東京湾 LPGタンカーの衝突・炎上事故を思い出しました。

記憶に残っていることは
・1週間どころではなく長期間 燃え続けたこと。
・沈めるために 呉から潜水艦が出動したこと。
・その潜水艦が発射した魚雷のうち 何発か外れたこと。
・船体に当たった魚雷も単に船腹に穴をあけただけで,爆発・撃沈することはできなかったこと。
ーなどでした。

Wikipedia にあった「第十雄洋丸事件」の記述をまとめるとー
1974年(昭和49年)11月9日13時37分頃,東京湾・中ノ瀬航路を航行中の,合計 57,000tonの 「プロパン」,「ブタン」,「ナフサ」を積載した LPG・石油混載タンカー「第十雄洋丸」に,1,500tonの鋼材を積んだ「パシフィック・アレス」が 衝突した。
(衝突原因は省略,後に海難審判が開かれた。)
・「第十雄洋丸」には穴が開き,衝突時の火花で 積荷の「ナフサ」に引火,爆発し,周辺海域は火の海となった。
・生存者は 「第十雄洋丸」に食い込んだまま火災を起こした「パシフィック・アレス」は 乗員29名中 わずかに1名,「第十雄洋丸」は 乗員38名中33名だった。
・東京都,横浜市,川崎市から消防艇が出動するも消火に至らず,さらに大爆発を起こした。
・「第十雄洋丸」は炎上しながら 川崎市街地方向に漂流を続けたため,海上保安庁は 「深田サルベージ」に曳航を依頼,消防艇放水支援の下,タグボートが船尾に接近し,パイロットラダーで乗船して曳航索を取って 富津沖の浅瀬に座礁させた。
・その後(日付なし),漁業関係者からの抗議により 海上保安庁は 「第十雄洋丸」を東京湾外に移動させることを決定して曳航を始めたが,予定の 黒潮から外れた海域に達する前に 「ナフサ」が爆発炎上したため,曳航索を切り離し,「第十雄洋丸」は黒潮に乗って炎上しながら漂流を始めた。
・海上保安庁は 「第十雄洋丸」の処分を防衛庁に依頼,11月22日,宇野防衛庁長官の打診を受けて 中村海上自衛隊司令官は撃沈処分を了承した。
・計画は 「ナフサ・タンクの破壊」,「魚雷で処分」。
・4隻の護衛艦が出動し,11月27日,5インチ砲を計 72発発射 積荷を炎上させた。
・翌11月28日,P-2J 対潜哨戒機が 127mmロケット弾 12発と対潜爆弾 16発投下。
・同日,呉から出動した潜水艦「なるしお」が 魚雷4本を発射,1発は故障で届かず,1発は船底を通過して行方不明,2発が命中したが沈没に至らず。
・予備の潜水艦を向かわせることにしたが,その前に 護衛艦隊からの艦砲射撃(発射弾数不明)実施,18時47分,20日間燃え続けた 「第十雄洋丸」は沈没した。

当時,この事故に関して,会社の同年齢の若い者たちで話した記憶があります。
護衛艦からの砲撃については 話した記憶がありませんが,潜水艦からの魚雷攻撃に関して 色々な意見がありました。

・動いてない(漂流はしているが) 巨大な貨物船に命中,撃沈させられないのは信じられない。(全員一致)
  実戦で役に立つのか。訓練不足か。
・命中した魚雷が船体に穴を開けただけとは どういうわけだ。
(Wikipedia には 命中した2本は 「手続き省略発射」と記しているが,その意味不明。)
・(中に 尤もらしい意見を言う者がいて) そもそも,魚雷による爆破威力は その燃焼時間を命中させる区画の大きさに合わせて調節し,区画の気柱の固有振動数と共鳴させなければいけない。普通,攻撃対象となる軍艦の区画は小さいから それに合わせた燃焼時間でセットした魚雷が当たっても 貨物船のタンク区画にとっては何の爆破威力も出ず,穴が開くだけ。潜水艦乗りは分っているんだろうか。
ーなるほど,とは思いましたが,兵器の素人に真偽はわかりませんでした。

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