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2015年4月 7日 (火)

終戦後70年と「拳銃」の関係。

4月2日,NHKで放送された 「所さん!大変ですよ」の「なぜ自宅から? 相次ぐ謎の “拳銃” 押収事件」を興味深く観ました。

番組案内にはー
「去年,東北の一般家庭から,“拳銃”が警察に押収される事件が起きた。調べてみると,同様の事件が全国で相次いでいることが判明。ほとんどが,亡くなった祖父母の遺品を整理しているときに家族が発見したケースだった。なぜ,生前優しかった祖父母は拳銃を隠し持っていたのか?残された拳銃の秘密を探ると,太平洋戦争に関係する意外な事実が浮かび上がる。」 とあります。

近年,暴力団関係から押収される拳銃を上回る数の拳銃が実弾と共に一般家庭で見つかり,警察に届けられているそうです。

多くは,かつての帝国陸軍の将校が,持っていた拳銃を 終戦後 進駐軍に供出せず,そのまま保有していて(家族にも秘密で),その方々が90歳を超えて亡くなり,子供や孫が遺品を整理する時に見つけられるものだとのことでした。戦後,70年経った今だから,という現象のようです。

番組として,上記の「今,何故 拳銃が見つかるのか?」の他に いくつかの疑問を解いていきます。

Nambu_type_14 何故 外国製の拳銃があるか?
    見つかった拳銃には 帝国陸軍制式の「十四年式拳銃」の他に,多くの外国製の拳銃があります。
→  開戦 1941年以前は拳銃が輸入されており,「十四年式拳銃」は大型で使い難かったので 将校の中には 自費で外国製拳銃を買って保有する者がいた。
      好まれたのは 「コルト」(下左図)と「ブローニング」(下右図)だったようです。これら両モデルは いずれも設計がジョン・ブローニングなので似ています。

Colt_1903_32Photo






      

    発見された 「コルト 32オート(M1903)」に刻印されたシリアルNo.を 米コルト社に照会したところ,日本が輸入しなくなった(できなくなった)後の1942年製造されたもので,何故 日本軍将校が持っていたのかが謎です。
   更に調べた結果,この拳銃は東南アジアにおいて降伏したオランダ軍から没収したものであり,それを日本軍将校が持っていたのだろうとのことでした。
   個人的疑問として 1941年以前,輸入拳銃を購入するのはどこで?どのような手続きで?がありましたが不明でした。
   何れにせよ,太平洋戦争の映画で帝国陸軍将校が 「コルト」や 「ブローニング」 を持っていても時代考証的な誤りがないことを知りました。

② 何故,戦後も持ち続けたか?
   
遺品の中から見つかるので,持ち主に理由を訊くことはできません。
→ 昭和28年の日付けの新聞に包まれた拳銃があり,この拳銃の持ち主の後輩を探すことができて話を聞いています。
    「自分と家族を守るため」と持ち主が言っていたそうです。
    何から守る?
    放送内では 「進駐軍から」と説明しました。
    確かに,しっかりした警察組織・体制が整うに時間がかかったと思われ,更に,戦勝国の進駐軍による敗戦国民への暴力などを 終戦直後は怖れたものと考えられます。
    きっかけはそうだったかも知れませんが,実際は,上記よりも 在日朝鮮人への警戒の思いが強かったと想像しますが,そこは放送では触れていません。この説明が欠けたため,所持理由が弱く感じられました。
    戦後,在日朝鮮人が自らを「戦勝国民」として,武装して街を闊歩し 暴れ放題,狼藉し放題,それに対して,当時 丸腰だった警官は取り締まることができなかったという言われています。元将校としては 彼らと対峙するときのために拳銃の所持が必要だと考えていたのでしょう。警官の拳銃携行がGHQから許可されたのは 昭和23年でしたが,しばらくは拳銃は不足気味だったようです。 進駐軍には一応MPがいましたが,彼ら朝鮮人を抑える勢力は・・・。この話を進めると 「仁義なき戦い」の世界に入って行きそうで,どこまでが史実か分らなくなるので ここまでとします。
   拳銃を包んでいた新聞の日付け 昭和28年頃には ひとまず治安が安定し,心配がなくなったので,元将校達は 用済みとして密かに仕舞い込んだと,放送では伝えることができなかったことを想像しました。果たして 真相は?

戦後70年の今,終戦直後の日本の世相を想起させてくれた,いい番組でした。

2125ところで 年間どのくらいの数の拳銃が押収されているか警察庁発表の資料を探してみました。

右図は平成21年~25年の押収拳銃丁数の推移で 暴力団を除く「その他・不明」は,この5年間では 平成25年が397丁でもっとも多いようです。

1322ところが,平成13年~22年の10年間の推移を見ると,10年前 平成15年は 451丁で,特に この数年に押収数が増えているとは言えません。
戦後70年ではなく 戦後60年から この現象があったとみるべきかも知れません。

残念ながら 平成12年以前のデータを見つけられませんでした。
それでも 全押収拳銃に占める「その他・不明」の割合が増えていることは分ります。

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