TVを見て 思い出した車
5月16日,NHKプレミアムで 「高倉健が残したもの ~“人を想う”心の旅」というドキュメンタリー番組を放映していました。
この中で,「しあわせの黄色いハンカチ」(1978)のロケに使われて残されている夕張の炭住を訪ねるシーンがあり,撮影に使われて 保管されている 「マツダ・ファミリア」が映されました。
この車を見て,初めての海外出張を思い出しました。
1978年の広島勤務時代,羽田空港(成田空港開港直前)からロンドンに発つ前夜,東京の出張者用の寮に泊まり,当日 本社で打ち合わせした後,寮においてある荷物を持って羽田に向かうことにしていました。
その日,偶々,本社に長期出張中で同じ寮に泊まっている広島勤務の後輩に遇って,車を広島から持ってきていたので 寮から羽田まで送ってくれるという話になりました。
その彼の車が,色まで同じ このファミリアでした。
ファミリアは 1963年(昭和38年)からありましたが,1977年(昭和52年)に ハッチバックのFA4型(4代目 ファミリア)が発売されました。それまでの 日本車と違った斬新なデザインで 1978年には既に広島ではよく見かけましたが,まだ東京では あまり走っておらず,ヨーロッパの車と思われているようだと後輩は言っていました。
当時の雑誌で読んだ記憶では,トヨタの営業マンが 「トヨタにこの車があったら 2倍(?)は売ってやるのに・・・」と言ったとかー。
ファミリアに荷物を積んで,寮から羽田に向かい,空港に近い信号で停まって,なかなか青信号に変わらず,どうなっているのだろうかと思い始めた時,いつの間にか来ていた後続車にクラクションを鳴らされました。
「何?」と思って振り返ると,「もっと前に行け」と合図しています。
センサー式の信号で,停車位置が 感知する範囲に入っておらず 青信号に変わらなかったようでした。
「広島ナンバーの見かけぬ車に乗った田舎者だから 仕方ないと思われているよ。」と言いながら羽田空港に着きました。
37年前のことでした。
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