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2015年11月10日 (火)

見出しに見る「勘違い」(その133)

「韓国からもノーベル生理学・医学賞は出るか?…基礎医学分野“不振”」
「【社説】中国までノーベル賞の隊列に…落ち着かない韓国は」
「科学分野ノーベル賞,日本 『疾走』,中国 『崛起』…流行する研究だけにR&D予算出す韓国」
「日本が韓国よりノーベル賞受賞者がずば抜けて多い理由」
「【社説】ノーベル賞受賞するなら科学技術の研究・教育から革新せよ=韓国」
「韓国,短期成果中心や容易な研究ではノーベル賞は出ない…長期的な研究できる環境つくるべき」
「ノーベル生理学・医学賞受賞が容易ではない韓国…なぜ?」

「大学に自由許さない限り,韓国からノーベル賞受賞者出ない」
「【コラム】日本のノーベル科学賞の秘訣は失敗・変わり者を認めたおかげ」

「【社説】科学分野ノーベル賞日本21人・中国1人、韓国人受賞はいつ?」
「ノーベル賞:なぜ韓国の科学界は日本に大差を付けられているのか」
「朴大統領 『ノーベル賞に挑戦する世界トップクラスの研究者を養成しなければ』」 
「【寄稿】ノーベル賞受賞,韓国に必要なものは… 」
「 ノーベル賞:韓国人研究者たちが毎年10月に味わう屈辱」

「【コラム】ノーベル賞受賞,中国にできて韓国にできない理由」
「【寄稿】韓国に科学分野のノーベル賞は絶対に必要なのか」   
    10月のノーベル賞に関する 「朝鮮日報・日本語版」と「中央日報・日本語版」の記事の見出しです。最後の見出しなど,「もういい,いらない」と自暴自棄になっているようにさえみえます。
   しかし,多くは,どうしてもノーベル賞受賞者を出したい,日本と並びたい,中国に負けたくない,と泣かせる見出しが並びます。
   しかし,日本と比較しようとすること自体,如何なものでしょうか。
   特に 「・・・韓国より ずば抜けて多い・・・ 」や 「日本に大差をつけられて・・・」 とは何でしょう。「多い/少ない」の問題ではなく,比較すべき段階にありません。
   “0”(自然科学分野)を何と比較しても詮無きこと,先ずは 1人 受賞してから比較しましょう。
   最後の寄稿 「ノーベル賞は絶対に必要なのか」はソウル大学教授によるもので,‘・・・ノーベル賞を受賞することよりも,まずはノーベル賞受賞者を輩出できるような国になることがもっと重要だということだ。・・・ みそやしょうゆがじっくりと熟成するのを気長に待つのと同じ感覚で、長い目で見守ってほしい。’,ノーベル賞に「みそ,しょうゆ」を持ち出すのは如何とは思いますが,内容は正論です。

「【コラム】日本人ノーベル賞受賞は韓国人にありがたい知らせ」  2015/10/10 朝鮮日報・日本語版
    姜天錫 論説顧問による内容が想像できない見出しのコラムです。さて何と書いているのでしょう。
    ‘10月に日本から吹く風は,ありがたい風だ。歴史を捻じ曲げる日本の小・中・高校の教科書検定結果を伝える「3月の風」とは違い,独島(日本名:竹島)が日本の領土だと言い張る防衛白書の強引な主張を伝える「7月の風」とも違う。「10月の風」は,韓国の科学の現状と将来を考える機会を与えてくれる。今年も日本からの「10月の風」は吹いてきた。5日には大村智・北里大学特別栄誉教授にノーベル生理学・医学賞が,翌6日には梶田隆章・東京大学教授に同物理学賞が授与されることが発表された。・・・
   ・・・
    ・・・ 日本のノーベル賞受賞者に,米国や欧州の大学で博士課程に通った人はいない。ノーベル賞受賞が近づいたと評価された韓国の研究者の大部分が,米国や欧州の大学で学んだこととは全く対照的だ。
 ・・・
  韓国の国内総生産(GDP)に占める研究開発(R&D)への投資比率は世界1位だ。総額ベースではまだ日本の3分の1だが,経済規模や人口の差を考慮すれば,並大抵ではない。「ノーベル賞の風」が吹くたびに半自動的に跳ね上がった研究費をめぐる闘争がやや落ち着いてきたのもそのためではないだろうか。だが,お金を入れればコーヒーが出てくる自動販売機のように,研究費を大量につぎ込んだところで,ノーベル賞はそう簡単にもらえるものではない。
   ・・・
  根本的なことは,研究者の姿勢や倫理意識の変化だ。自然科学部門のノーベル賞を受賞した日本人21人のうち,大学の総長を夢見て,あちこちでのぞき見をしているといううわさが流れるような人は一人もいない。研究費の管理をめぐる不正で外部の干渉を招くこともない。あるときは競争,またある時は協力しながら,共に日本をノーベル賞への道に導いた湯川秀樹氏(1949年受賞)と朝永振一郎氏(65年受賞)は,研究実績だけでなく,研究者の品格と権威によって人々から尊敬された。今年もまた日本からの「10月の風」に当たりながら,いろいろな考えが脳裏をよぎった。’
とのことです。
   「韓国の科学の現状と将来を考える機会を与えてくれる。」のが韓国人にありがたいようです。日本は韓国に良いことをしているのです。
   ついに この理屈に達しました。風が通り過ぎればすぐに忘れてしまうところが残念なところでしょうか。

「【社説】『ハングルの日』振り返ってみる私たちの言葉と文」  2015/10/9 中央日報・日本語版
   ‘今日は世宗大王がハングルを作って569周年になる日だ。ハングルの優秀性を伝える意味深い記念日だ。固有の文を持つ国は20余りに過ぎない。ハングルは韓国・北朝鮮を含め8000万人が使う世界13位の大国語だ。インドネシアの少数民族であるチアチア族や南太平洋のソロモン諸島のような文字のない民族にもハングル表記法が普及した。遠からずハングルを使う人が1億人に達するものと予想される。国際会議でも10大実用言語と認定された。ハングルはどの民族の言語よりも科学的で創意的で,多義的だという評価を受けている。
    ・・・
   青少年はもちろん上の世代の誤った言語使用も問題だ。放送局の芸能番組などに出演する芸能人の卑俗語や大衆歌謡に入っている不必要な外来語や悪い言葉などは,私たちの正しい言語使用を妨害する張本人だ。
   ハングルの日に合わせて政府や各地方自治体が行政用語など公共言語の改善を図るのは良いことだ。多文化家庭や外国人の割合が次第に増えている状況で,日本式の行政用語の整備計画は肯定的に評価されなければならない。ハングル使用の環境を改善するための多様な措置に市民も協力すればいい。
   韓民族の精神は,言葉と文を通じて表現される。大切な世界文化遺産であるハングルを守るために正しく使う生活態度から備えなければならないだろう。’
と書いています。
   私の理解では ハングルは朝鮮語を表記する表音文字です。
   この社説では,冒頭でハングルを569年前に世宗大王が作った文字としながら ハングルを朝鮮語と同義とし,ハングルを言語として論じており 奇妙です。
   文字と言語の区別がつかず,混乱させる人が社説を書いているということでしょうか。
   「朝鮮語はどの民族の言語よりも科学的で創意的で,多義的だという評価を受けている。」 ことを初めて知りました。そうだとすれば,言語と,民族の科学性,創意性には関連性がないことを証明しているようなものです。
   また ハングルが 「世界文化遺産」 になったという話は聞きません。そもそも,文字そのものは 「世界文化遺産」や「世界記録遺産」の対象外であり,「ハングル作成の背景と原理を記録した『訓民正音解例本』」が世界記録遺産です。社説を書く人間がこんな基礎的なことを知らないはずはなく,社説に堂々と嘘を書いているのを解読することが韓国の新聞を読む醍醐味と言えます。


劣等感と優越感の狭間で心が乱れています。

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