花見を兼ねて 本庄水源地ダム見物
呉市上下水道局が管理していている本庄水源地は花見の名所であり,この季節時限(3/19~4/10)で一般開放されます。4月5日,桜はほぼ満開だろうと行ってみました。
呉市の北西部(焼山北 or 押込町)にあります。(築造時は 本庄村および焼山村)
この水源地は1918年(大正7年),大日本帝国海軍呉鎮守府の軍用水道「呉鎮守府水道」の水源地(貯水池)として築造されたもので,本流である二河川の他,平谷川・小田川・鬼切川の4つの川を,頂部長さ97m,頂部幅3.64m,高さ25mの アールを描く堰堤(重力式コンクリートダム)で堰き止めています。(貯水量:約200万ton)
1999年(平成11年)5月13日に,「本庄水源地堰堤水道施設」として 「ダム」,「丸井戸」,「量水井」,「天端に続く階段」が国の重要文化財に指定されています。
就職後,呉市に配属され,40歳半ばで関東に転勤するまで22年間住み,60歳で呉市に希望(?)転勤で戻って,65歳の退職後も住み続け,合計30年近く呉市に住みながら 行ったことがありませんでした。
堰堤は一見 自然石でできているようですが,コンクリート製で,表面を工事中に現場採掘された花崗岩が切石積で貼られる意匠が施されています。
ビル壁なら考えられますが(「コンクリート打放し」がクールとの考えもある),100年前,土木技術者,もしくは帝国海軍がダムの美観,重厚さに気を配っていたことが分ります。(基本設計は海軍経理部建築科)
又,補強の目的で 等間隔に設けられた 「控え壁」がデザイン上のアクセントになっています。
中央の 「銘板」下部のアーチに配置された 要石(キーストーン)と輪石も遠くからは,貼り付けられた意匠と思えません。
100段弱の階段で頂部レベルに登ることができます。
渓谷間に作ったダムではなく,東側は山を利用していますが,西側はダム頂部レベルまで盛土をして広場になっており,何本かの桜がありました。
頂部への立ち入りはできません。
北に向かうと水道局の建物があり,その区域は立ち入り禁止で,水源地沿いに歩くことはできません。
一旦 正門から出て 県道まで歩き,県道を北に向かいました。
水源地に取り込まれない水が二河川として水源地の横の階段状の水路を流れ落ちています。
県道から見える盛り土の傾斜部に 「水を大切に」と植木で書かれています。
500mほど歩くと 「レイクパーク本庄」への橋があり,ここから水源地方向に入りました。
公園なので,ここは期間限定の開放ではありません。
色合いの違う白い花がありました。
これは 桃です。
「レイクパーク本庄」の北端に,レベル調整のため貯水池の水を二河川に逃がす水路(洪水吐)があり,これにかかる橋を渡ると,再び水道局の敷地(八丁土手?)に入ります。
橋にはゲートがあって 普段は閉じられているのでしょう。
桜の季節のみしか入れないのは もったない5~600mの長さの立派な土手でした。
水源地の北の端に着きました。
おそらく二河川からと思われる取水口がありました。
この部分は石組み構造で,コンクリート構造に自然石を貼りつけたものではないようです。
100年前に 立派な施設を作ったものだと感心した花見でした。
全国的と言われていますが,桜の木の老齢化が気になりました。
少しずつ植え替える必要がありそうです。
先輩たちの遺産に頼りすぎてはいけません。
緑色の部分が 「レイクパーク本庄」です。
朝食抜きで行ったので,貯水池そばで,途中で買った弁当を ブランチとして食べました。
シートは 何故か VAN Jacket のノベルティでした。
1978年の倒産前に行なわれたキャンペーンのロゴが印刷されています。
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