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2016年10月24日 (月)

見出しに見る「勘違い」(その219)

「合意履行努力に冷や水 安倍首相の手紙拒否に困惑=韓国」  2016/10/4 聯合ニュース・日本語版
   ‘安倍晋三首相が10月3日の衆院予算委員会で,旧日本軍の慰安婦問題をめぐる昨年末の韓国との合意の追加措置として,慰安婦被害者への謝罪の手紙を求める声があることについて,「毛頭考えていない」と断固として拒否したことを受け,韓国政府は戸惑いを隠せずにいる。
    ・・・
  安倍首相の発言は謝罪の手紙は合意に含まれておらず,慰安婦被害者支援財団「和解・癒やし財団」に10億円を拠出したことで日本の合意履行は果たされ,慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決」したとの認識に基づくものとみられる。
 ・・・
  韓国政府は慰安婦被害者の一部と多数の国民が合意に強く反対しており,被害者の名誉と尊厳を回復し心の傷を癒やすための事業実施に難航が予想され,日本政府の追加的な措置を望んだ。
 ・・・
  韓国外交部の趙俊赫報道官は9月29日の定例会見で,「慰安婦被害者の心の傷を癒やす追加的な,感性に訴える措置に期待している」と表明していた。
  だが,安倍首相がこうした要求を断固として拒否し,韓国政府は難しい立場に立たされた。安倍首相の発言を受け,合意に対する韓国内での世論がさらに悪化するとみられ,合意を受け止めるよう被害者を説得する作業もより難しくなった。
  また,韓国政府は北朝鮮の核実験に対応し,韓国と米国,日本3カ国の安全保障協力の強化に向け,日本との関係を改善する方向に方針を決めており,合意に含まれていないことを日本側に強く求めることも容易ではない状況だ。’
との報道です。
   「困惑」の使い方を誤っています。韓国の国内問題として韓国で解決してもらいましょう。
   「最終的かつ不可逆的に解決」した2国間の合意事項以上を相手国に期待や 要求してはいけません。ゴールを勝手に動かしてはいけません。
   甘い顔を見せると限度がなくなる国だと心ある日本人は思っていたようですが,日本国政府もやっと気づいたようです。

「【コラム】韓国唯一のノーベル賞が平和賞なのは偶然ではない」  2016/10/6 朝鮮日報・日本語版
   ‘われわれはなぜか日本人がノーベル賞を受賞すると「韓国は何をやっているのか」と興奮する。米国人,英国人,ドイツ人が受賞しても何とも思わないのだが,日本人が受賞するや,韓国の科学水準を嘆く。先ごろ日本のあるメディアはそんな韓国人をおかしな人々だという趣旨で報じた。・・・
 今年も日本の科学者が22回目となるノーベル賞を受賞すると,「日本にはできるのに韓国はなぜできない」といった論議が盛んだ。話を聞くに,日本がやることは韓国も当然やることができ,成さなければならないと言わんばかりだ。日本人にしてみればあきれることだろう。
   日本が近代科学研究を本格的に始めたのは100年以上前のことだ。科学,数学,物理学,化学,医学といった言葉自体,日本人がつくったものだ。・・・東北大の小川正孝教授が43番元素を発見し,「ニッポニウム」と名付けたのは1908年だ。それは20年後に否定されるが,後に新元素の発見自体は事実だったと確認された。それから100年余りたって,2012年に九州大の森田浩介教授の研究チームが113番元素を発見した。それは今年,100年前の「ニッポニウム」に似た「ニホニウム」と正式に命名された。森田教授らはニホニウムを発見するため,7年間で400兆回の実験を行ったという。物質の根本をめぐる100年の時間を通じた日本人の執念を知れば,「日本はノーベル賞を受賞できるのに韓国は何をしているのか」とは質問できないはずだ。
    100年余り前,西洋の宣教師が撮影した韓国の姿は乳をあらわにした女性たち,数カ月は水浴びしていないであろう子どもたち,ふん尿だらけの光化門通りだった。それに比べれば現在の韓日の差は縮まった。それでも格差は存在する。韓国が気付かないだけだ。韓国人は 「世界で唯一日本を見下す韓国人」という言葉を聞くと悪い気はしない。そんな声に酔う人もいる。実はそこに「おかしな韓国人」という言葉の意味がひそんでいる。実際には日本を見下す国など世界に存在しないからだ。日本を見下すためには日本に対し無知でなければならない。ろくに知らずに大言壮語して虚勢を張る人だけが日本を見下すことができる。
   ・・・
    韓国社会と韓国人の意識の根底には今も科学と理性ではなく,迷信と感情が存在するのだと思う。非科学,非理性が支配する国がノーベル賞を切望していることになる。
   韓国の科学者は韓国のノーベル賞受賞も遠くないと言う。有力な候補がいるのだという。そう望みたいものだ。しかし,韓国の社会風土が科学と懸け離れているという問題はノーベル賞を数回受賞したとしても変わりない。・・・
   韓国が過去に唯一受賞したノーベル賞が政治賞(平和賞)であることは決して偶然ではない。善かれあしかれそれは受賞に値すると思う。これからも受賞者が出るかもしれない。ノーベル文学賞も受賞できるだろう。しかし,科学分野のノーベル賞はそうはいかないだろう。韓国人への科学分野のノーベル賞もいつかは生まれるだろうが,傑出した個人の成果であるはずだ。社会風土が米国,英国,日本などとは異なるためだ。ノーベル賞よりも科学と理性が支配する社会風土の方が重要だ。変人かのような科学への執念もそうした風土から生まれ花咲くものだ。楊相勲 論説主幹 ’
とのことです。
    見出しに 少し驚きましたが,真意は 「韓国人が 科学分野のノーベル賞をとれないのはその歴史,民族性からして当然だ。」のようです。
    かなり 合理的な内容で,言いたいことは理解できます。
    ただ,述べられた現在の韓国の社会風土とも言える状況を脱するのに何世代かかるか,心ある韓国人は頭の重いことでしょう。

嗚呼,哀れ ・・・。

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