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2017年9月11日 (月)

「セイロン」が 「スリランカ」になった理由。

9月7日の朝日新聞 天声人語  『ロヒンギャの迫害』は 「日本ではビルマ,英語ではバーマ。その表記がミャンマーに変わったのは,1989年だった。従来の国名は多数派の 『ビルマ族』」を指しており,変更すれば少数民族を含めた・・・ 」の書き出しで始まり,ミャンマーの民主化に疑問を呈して括っています。

これを読んで,民族や民主化の話とは関係なく 「国名の変更」で 「セイロン」が 「スリランカ」に変わったことを考えました。

スリランカは 正式には 「スリランカ民主社会主義共和国」で,首都は スリジャヤワルダナプラコッテ。1948年,イギリスから自治領(英連邦王国)のセイロンとして独立。1972年にはスリランカ共和国に改称し,英連邦内の共和国となり,1978年から現在の国名となっています。

すなわち 「セイロン」が 「スリランカ」に変わったのは1972年(45年前)のようです。

それまで 国名「セイロン」,首都 「コロンボ」と長い間 覚えていました。

何故,「セイロン」が 「スリランカ」に変わったのか,約30年前に 仕事で知り合ったスリランカ人に尋ねたことがありました。

記憶に残る彼の答えは 意外なものでした。

「元々は 『スリランカ』だった。しかし,イギリスの植民地時代 『スリランカ(Sri Lanka)』が イギリス人には発音し難かったので 『セイロン』とした。植民地から自治領となった後,24年経って かつての名前に戻した。」
ーと,英語によるやりとりでしたが,シンプルで 分り易い説明で 納得しました。
’の前の ‘s’は発音しにくく,‘s’が ‘sh’になりがち?

Sli_lanka
ところが ネットで調べても そのようなことを示しているサイトは見あたりません。

いずれにせよ 「セイロン」が「スリランカ」に変わったのではなく,1972年の独立を機に 「スリランカ」に 「戻した」 ということでした。

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コメント

18世紀,あるいは19世紀に インターネットは無理でした。

投稿: pink-sloth | 2020年8月20日 (木) 17時24分

その頃は、みんな知ってましたが他国のことですし、イギリスに遠慮して当たらずさわらずで過ごしてきました。
今のようにインターネットも無かったので、人々の記憶からこぼれ落ちてしまったんでしょうね。
早く、日本も西洋人から押し付けられた『ジャパン』を返上しましょう。

投稿: 化石の人 | 2020年8月20日 (木) 13時55分

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