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2017年11月27日 (月)

大阪市が,サンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消する。

中国系団体からの,慰安婦問題を象徴する少女像などの市への寄贈を受け入れる決議案をサンフランシスコ市議会が全会一致で可決した後,中国系2世のリー市長に拒否権を行使するよう要請していた大阪市は,11月22日 リー市長が寄贈の受け入れを承認した結果を受けて吉村洋文・大阪市長が サンフランシスコ市との姉妹都市関係を年末までに解消する方針を明らかにしました。
史実を捻じ曲げた,根拠のない内容を,歴史的真実であるかのように示し,日本を貶める碑文を公共物とすることに対して,吉村市長は リー市長と直接会って受け入れないよう求める意向でしたが,11月23日,リー市長からの 「本件に関しては 交渉,議論の余地はない。」 とのメールで,要請していた面会を断られ,サンフランシスコ市との信頼関係は消滅したとして,これが決断の最終理由となったことを明らかにしました。
当然の措置と思います。
サンフランシスコが中国系住民に乗っ取られたかのようです。

この出来事を ‘Reuter’は 11/24付けで ‘Japan's Osaka to snap sister city link with San Francisco over “comfort women” statue’(日本の大阪は,「慰安婦」像に関連してサンフランシスコとの姉妹都市の関係を断ち切る。)の見出しで伝えています。

この記事を翻訳転載します。
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日本の西の都市・大阪の市長は,サンフランシスコが市民団体からの「慰安婦」像の寄贈を受け入れることを理由に,サンフランシスコとの姉妹都市の関係を解消する計画である。

日本の戦時軍隊売春宿で強制的に働かされたこととして婉曲的に知られている「慰安婦」問題は,日本と 中国や韓国などの隣国との関係における長い間のしこりとなっている。

「非常に遺憾である。」と,大阪市長・吉村洋文は,市議会決定をサンフランシスコ市長エドウィン・リーが水曜日に承認したことに対してレポーターに述べた。「両市の信頼関係は完全に崩れた。」

吉村市長は,年末までに 関係を清算するための手続きを終える予定であると,木曜日の声明で述べた。

サンフランシスコ市長からは何のコメントもない。

「米国やその他の国に慰安婦像を建てることは,我が国のスタンスと対立することであり,極めて遺憾である。」と,内閣官房長官・菅義偉は金曜日に定例記者会見で述べた。「我々は,再びこのような事がないように,最大の努力を続けるつもりである。」 

今年1月,日本は,釜山の領事館近くに 「慰安婦」像が建てられたことに抗議して 大使を一時的に呼び戻した。 

2015年に,日本と韓国は,両国が犠牲者を助けるための日本の謝罪と資金を含むそれぞれの義務を果たすことにより,「慰安婦」問題が 「不可逆的に解決された」と合意した。

しかし,韓国大統領・文在寅は,多くの韓国人は,保守的な前大統領と日本の総理大臣・安倍晋三とによる協定を受け入れてないと述べている。

金曜日,菅官房長官は,8月14日を「慰安婦」記念日とする法案を韓国国会が承認したことが両国の関係によく働かないと韓国に抗議したと述べたと,共同通信社が伝えている。

(転載了)
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この大阪市長の動きに対する 朝日新聞の社説ー
「・・・
ちょっと待ってほしい。姉妹都市の関係のもとで育まれてきた交流は,双方の市民の歴史的財産である。市長の一存で断ち切ってよいものではない。
慰安婦の総数や詳しい被害の実態は,これまでの研究でも定まっていない。
『違う』と考えることを『違う』と伝えること自体は大切だろう。だが,意見を受け入れなければ友好関係を解消するというのは,冷静さを欠いている。
・・・ 」
とは,自らの「慰安婦」記事誤報などで 世界に誤った慰安婦問題が広がるきっかけを作った張本人でありながら,相変わらずの冷静な鉄面皮・朝日新聞の面目躍如です。
「ちょっと待ってほしい。」 とは朝日新聞に言われるべきで,サンフランシスコ市のこの議決を どのように捉えているのか,大阪市 あるいは 日本はどうすべきか,自らは何をするつもりなのか,何もしないつもりなのかを明確に示してもらいたいものです。
「慰安婦の総数や詳しい被害の実態は,これまでの研究でも定まっていない。」が正しい見解ならば,定まってないことを 「反日宣伝」のような公共物として展示することを,慰安婦問題によって日本人に汚名を着せたとも言える朝日新聞はどのように捉えているのでしょうか。

因みに 碑文の一部は 次の通りです。(英語,朝鮮語,中国語,日本語,およびタガログ語で示されている。)

「 ・・・ この記念碑は,婉曲的表現で「慰安婦」と呼ばれる,実際には1931年から1945年までアジア太平洋の13カ国において日本帝国陸軍の性奴隷であった数十万の女性や少女の苦しみを証言するものです。性奴隷にされた女性や少女たちのほとんどが捕らわれの身のまま亡くなりました。この陰惨な歴史は、1990年代に生存者が勇気を持って声を上げるまで数十年間も隠しとおされてきました。・・・ 」

・・・ This monument bears witness to the suffering of hundreds of thousands of women and girls, euphemistically called “Comfort Women,” who were sexually enslaved by the Japanese Imperial Armed Forces in thirteen Asian-Pacific countries from 1931 to 1945. Most of these women died during their wartime captivity. This dark history was hidden for decades until the 1990s, when the survivors courageously broke their silence. ・・・

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