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2018年2月 4日 (日)

寒い国に行くときは ・・・。

東京では日陰の雪が凍って残り,歩くのに苦労していると連日 報道されています。

20年ほど前,真冬のロシア・サンクトペテルブルクに出張したときのことを思い出しました。

数週間のテクニカル・アドバイザーとしての出張で,出張先のコンソーシアムからの連絡では,同時期に アムール川沿岸にある造船所への出張者には 「U.S.Mil規格の防寒服を準備するので 添付リストの必要なものにチェックし,サイズを示して連絡をー」 とありましたが,私には 「着衣は ‘normal business style’」とありました。

しかし,調べると サンクトペテルブルクの最低気温は 「ー20℃以下」とあり,私の冬の ‘normal business style’の,ライナー付きとは言え,綿の ステンカラー・コート(正確には 「バルマカーンコート」‘Balmacaan Coat’)では とても耐えられないと思い,フード付き ウールのコートを準備しました。

下着は メリヤスが二重になった,「長袖シャツ」と 「ズボン下」を準備しました。
が,事務所内では暖房で暑すぎるので あまり着ることはなく,休日の外出時に主に着用しました。

Img_1624_3更に,滑りにくく,底の厚い靴を探しましたが 北国ではないので 適当なものが見つからず,手持ちのゴム底の靴とし,渋谷・東急ハンズで 靴底に付ける滑り止めを買いました。

マジック・テープとゴム紐で 踵にセットするもので,小さな金属の円柱スパイクが埋め込まれています。
これは かなり有効でした。

Img_1670ついでに 常に気温をチェックしようと思い,原宿の‘THE NORTH FACE’で,-40℃ まで測れる,小型で 首にぶら下げられる寒暖計を準備しました。
WIND CHILL CHART’が付いており,風速による素肌の体感気温が求められます。
例えば ー20℃ のとき,5m/sの風があれば -35℃ に感じる,と分ります。

これで測った最低気温は,12月下旬から3月上旬の間に 3往復,計 5週間の滞在で -32℃(風速考慮なし),「今日は 少し暖かい。」と思った最高気温が +2℃ でした。
因みに,この -32℃ が 私が経験した最低気温で,最高気温は ドバイでの 42℃

着いてすぐ,空港からホテルへの車の中で,夜 レストランから出たら 5分以内にタクシーをつかまえてホテルに帰るようにと,出迎えのテキサスから来たビジネス・マネジャーから注意がありました。治安ではなく寒さの理由から・・・ 。

実際は,大抵 夜,食事に行くときは グループで,事務所で雇っているロシア人が運転するボックス車でレストランに行き,車を待たせておいて,又 この車でホテルに帰りました。この時,ビジネス・マネージャーの話だと,運転手の待機に対する超過勤務手当は ‘US$1/Hr’とのことで,レストランのクロークに預けたコートを受け取るとき渡していたティップより安いチャージに驚きました。

この国(この町)での暖房は,工場で作られて町中に配られる 「蒸気」であり,ビル内で循環した蒸気は ビルの外に排出されます。
この蒸気は 寒さで一瞬にして水になり,そして氷になって歩道を覆っていき,現地のロシア人にとっても危険です。
身長より長く,重そうな 「鉄のバール」を持った作業員が この氷を割って,車道に放り出している様子をよく見ました。
プラスティックのスコップでは 氷には歯が立ちません。

出張中,ロシア帝国海軍の組織設計者にして数学者であった 「アレクセイ・クルィロフ」の名を冠した 「クルィロフ国立研究所(Krylov State Research Center; KSRC)」(私が行ったコンソーシアムからの委託研究を実施中。昔は‘クリロフ’と書いた。)を訪問し,氷海水槽を見学した時,外気よりむしろ暖かい室温に驚きました。

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