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2018年5月 4日 (金)

現役時代の海外航空券の買い方などー

このゴールデン・ウィークには 58万5千人が海外旅行に出かけるそうです。

現役サラリーマン時代,40年ほど前に初めて海外出張に行き,以来 何度か 海外に行く機会がありましたが,航空券の手配方法に3種類ありました。

① 帰りの便も予約して出発する場合:
    多くの出張は 予定通りに行かないので,復便を決めず オープン(支払い済み)切符を手配して発つことが多かったのですが,例えば シンポジウムなどのようにスケジュールが変わりようがない場合,復便を固定して発ちました。
    この場合,気になるのが ‘Reconfirmation’で, 到着して 復便まで 72時間(3日間)以上の場合,航空会社の営業所に 「リコンファーム」する必要があって,しなかった場合,航空会社にキャンセルされる場合があって 文句は言えないと,海外旅行ガイドブックに書いてありました。
    直接 営業所に行って口頭で伝えるのは容易ですが,電話の場合,言うことは簡単ですが,相手が こちらが予想してないことを話し始めた場合,聴き取れるかどうかの不安がありました。
   そこで 多くの場合,ホテルの従業員 もしくは 仕事相手の会社の人に頼んでいました。
   最近は 「リコンファーム」の義務がある航空会社は少なくなっているようです。

② 復便をオープンで発つ場合:
    多くの場合,これでした。
    帰りの日が決まれば,これも 仕事相手の会社の誰かに頼むか,泊まっているホテルの近くに営業所があれば出向いて予約しました。

③ 片道切符の場合:
    これは 1970年代の半ばから後半の時期,会社指示で,海外出張は片道切符のみ手配して出発しました。
    当時 ヨーロッパまでの片道運賃(ビジネスクラスは未だなく,エコノミークラス)はUS$1,000 で,かつ,既に変動為替になっていたにもかかわらず,航空運賃におけるレートは   \300/US$ に固定されており,日本で買えば 往復 60万円になりました。
    ところが 現地で買えば 変動為替による実質レートで,例えば \200/US$ なら 20万円となり,日本で往復を買うのに比べ 10万円安くなったのです。
    この航空運賃における レート 300円/ドルが,いつからいつまでだったのか(調べても)分りませんでした。

A
   上図は円ドル為替の推移で,1971年までは \360/US$,1973年まで \308/US$ で固定されていましたが,1973年から変動為替となって 1970年代後半は \200/US$ を超えるまで 円高に向かいました。
   ちょうど その頃にヨーロッパに行くときは,片道切符で発たざるを得ませんでした。
   おそらく 航空会社の営業所で復便の切符を買ったと思いますが,当時(ヨーロッパでは普通でも) 私は クレジット・カードを持っておらず(持ったのは その10年後),トラベラーズ・チェック(もしくは現金)で $1,000 の支払いをして スタッフが驚いていた(恐らく 個人が$1,000の現金を支払うケースは少ないので)ことを覚えています。

いつまでだったか分りませんが,私が初めてパスポートを持った時代(1970年代初め)は,ポスポート申請には 「預金通帳」あるいは 「会社の出張命令書」が必要でした。
それだけ 現在に比べると,平均収入に対して 海外旅行(航空運賃)が高価で,経済的裏付けがなければパスポートを取ることができなかったということのようです。

平成もあとわずか,昭和が更に遠くなります。   

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