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2018年11月17日 (土)

大谷翔平選手・新人王獲得,米紙の伝え方

大谷翔平選手が アメリカン・リーグの新人賞を獲得し,米紙で報じられています。

Forbes’紙, Nov.12.'18付けの見出し  “Japanese Star Shohei Ohtani Wins AL Rookie OF The Year Award”(日本人スター,大谷翔平 ア・リーグの新人王獲得)の記事を紹介します。

(以下 翻訳転載)
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大谷翔平は春のオープン戦では何も見るべきものはなかった。そして,彼はレギュラーシーズンになって,ロサンゼルス・エンゼルスで軌道に乗り,二刀流が大評判となったが,右肘の尺骨側靭帯のグレード3の断裂(Grade 3 tear)を被った。

それにもかかわらず,大谷は 1シーズンで,50インニング以上投げ,15本以上のホームランを打った,1919年のベイブ・ルース以来初めての選手となった。

それだけで,大谷は今や伝説のジャッキー・ロビンソンにちなんで命名されたアメリカンリーグで,今年のルーキー・オブ・ザイヤー賞を当然のように受賞した。
大谷は,アメリカン・リーグの各都市の野球記者協会員2人ずつの投票で,ニューヨーク・ヤンキースで輝かしい1年を過ごした2人の内野手 グレーバー・トーレスと ミゲル・アンドゥハーを抑えた。

大谷は,2001年の シアトル・マリナーズのイチロー以来,ルーキー・オブ・ザ・イヤー賞を受賞した日本人選手の中で4番目の選手となった。

大谷は,2月から彼の側にいる通訳の水原一平氏を通じて,「この特別なことは私の初年度の成果に大きな意味をもたらした。」と語った。 「これこそ,私をこの間サポートしてくれた人々にとっても特に意味があり,本当に感謝している。」
大谷は1位票の30票のうち25票を獲得し,137ポイントを得て,1位票の5票と89ポイントを獲得したアンドゥハーをはるかに上回った。 トーレスは 25ポイントだった。

アトランタ・ブレーブスのロナルド・アクーニャが,ナショナル・リーグでルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

大谷は,右肘の損傷に対する 先月のトミー・ジョン靱帯交換手術後のリハビリの初期段階にある。

この時点で,大谷が ビッグ・リーグの試合で再び,投球や打撃をおこなうことができるかどうかを知る方法はないと,エンゼルス・ゼネラルマネージャーのビル・エプラーは先週,カリフォルニア州カールスバッドでの メジャーリーグ・ジェネラル・マネージャー会議で語った。

手術は,投手にとって12-18ヶ月の回復期間が必要だが,それ以前に打者としての大谷の復帰にはほとんど触れておらず,今,タイムテーブルはない。

大谷は手術後のリハビリをしているエンジェルスタジアムにいた。

大谷は,術後の経過について 「これまでと変わるところがなく,本当にうまくいっている。 スケジュールどおりだと思う。私は頑張って戻って来る,次のシーズンはより強くなって戻って来れるように努力している。」と語った。 

この分野における最高の整形外科医の1人であるニール・エラトラッシュ博士は,大谷の新人リーグのシーズンが終わった翌日,10月1日に手術を行った。 彼はロサンジェルス・ドジャースのチーム医師であり,有名なロサンゼルスの ‘Cedars-Sinai Kerlan Jobe Institute’ に拠点を置いている。

上部管理限界線(UCL)の グレード 2の断裂(Grade 2 tear)と診断されたため,大谷は6月6日以降,マウンドに一度上がっただけだった。

大谷がシーズン初めに全力で投げたとき,強力な時速98マイルの速球に他の4つの球種をミックスする驚異的なものだった。
‘He was 4-1 with a 3.35 ERA in seven starts through a two-run, six-hit, nine strikeout, 7 2/3 innings, season-high 110-pitch win over Tampa Bay at home on May 20.’(この部分,正確に訳す自信がないので 原文のまま。)

その時点で,肘の損傷の症状が出始め(taking its toll),それまでと同じようには投げられず,5月30日から9月2日までに3回先発し,11 2/3イニング投げた。

9月5日に,エンジェルスによって手術が必要だというニュースが流れた後,大谷は指名打者(designated hitter)として残った。 9月4日から残りのシーズンで,大谷は “.310 / .371 / .632 ” のスラッシュ・ライン (打率/出塁率/塁打率)を記録し,22本のホームランのうちの7本と,62打点(RBIs:Run Batting In)のうちの18打点を残した。 その月の彼のOPSOn Plus Slugging:【出塁率】+【長打率】)は 1.003 であり,全シーズンでは .925だった。

大谷は,初めての(inauguralMLBシーズンで,ピッチングよりもむしろヒッターとしての仕事を好んだと言っている。右投げ,左打ちの24歳は,日本のパ・リーグの日本ハム・ファイターズで最初の 5シーズンを経験し,42勝 と 48ホームランを記録していた。

「私は打者としての方がうまくいったと思っているが,シーズン中,チームがピンチの時期(crunch time)に投手として助けることができなかったのは本当に残念だった。」と彼は語った。

大谷は昨年の冬,エンジェルスとリーグ最少の54万5千ドル と 230万ドルのボーナスで,サインした。 エンジェルズはファイターズに2千万ドルのポスティング料を払った。

当時診ていた医療機関を通じて,エプラーは 大谷がすでに上部管理限界線(UCL)の ‘グレード 1’の断裂を持っていたことを知っていた。障害はシーズンが進むにつれてさらに悪化し続けた。

日本から来て,初期の調整は厳しかった。 オープン戦で,彼は 防御率(ERA) 27.00 で 打率0.152,控えとなることを覚悟していた。 しかし,それはレギュラーシーズンが始まり,変わった。

「まずボールが違い,マウンドが違う。」と大谷は語った。 「これらが,私が最初に苦労したことだ。 さらに,試合のレベルがここでは高く,バッターのタイプが違っていた。 私には 急いでしなければならない小さな調整がたくさんあった。」
それらのうちの一つは,スウィングの前の足のキックを止めることだった。 彼は前側(右)脚を上げないようにして,うまくいくようになった。
「オープン戦で,バットで結果を得られなかった。」と彼は語った。 「何かを変える必要があるような気がした。私はいくつかの変更を加える必要があると感じていた。 キックを取り除くことが本当に私を助けてくれたようだ」

それは,確かに,アメリカン・リーグの新人賞トップに至る助けになった。

(転載了)
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来季のバッターとしての,さらなる活躍を望みます。
外野やファーストの守備はできそうだけど,来季も指名打者?

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