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2019年7月25日 (木)

見出しに見る「勘違い」(その494)

「文大統領 『今まで日本の優位分野を一つずつ追い越してきた…我々はできる』」  2019/7/22 中央日報・日本語版
   ‘韓国の文在寅大統領は7月22日,「今まで我々は家電・電子・半導体・造船など多くの産業分野で日本の絶対優位を一つずつ克服して追い越してきた」とし 「我々はできる」と話した。
   文大統領はこの日午後,青瓦台(大統領府)で主催した首席補佐官会議で,日本の輸出規制措置に対して輸入先の多角化や国産化などに言及して克服意志を明らかにした。
   ・・・ ’ との報道です。
   そもそも見出しと書き出しが誤っており,記事全文を読むに値しません。
   「自力で追い越してきた」と本気で思っているはずがなく,全て 日本からの技術盗用,日本からの技術援助・協力があってのことで,「我々はできる」ではなく,「我々だけではできない」と言うべきところ。日本への感謝の念を示さず,あるいは示せず,謙虚さのない彼(等)の精神構造は どこまでいっても日本人とは交わりようがなさそうです。
   これほどひどい国(国民性・民族性)とは思わず,甘い顔と隙を見せ,気前よく与え,教え,盗まれた日本の企業に責任があるとは言え・・・ 。

「【中央時評】理の韓国,法の日本」  2019/7/24 中央日報・日本語版
   ‘・・・
  破綻状態の韓日関係は非常に対照的だ。原因についてはさまざまな見解が示されたが,その根本にはお互いの文化に対する無理解があると考えられる。文化の違いを考慮しないまま自らの観点だけで相手を判断すると,理解どころか怒りばかりが生じる。さらに国民感情を政治的に利用する権力者の狡猾さは油に火をつける役割をした。
   韓日の文化の違いは考えている以上に大きい。何よりも韓国は理の国であり日本は法の国だ。朝鮮は性理学を受け入れながら,三綱五倫と宗廟辞職という理致を基本に精神世界を構築した。朝鮮人に理致は法の上にあり,さらには王権よりも高かった。李朝時代の党派争いが激しかったのも,すべてを「理」という本質に照らそうとするプラトン的習性に起因するものだ。実用よりも理念を重視し,あらゆることを問いただすのが好きな韓国人の特質も,これに由来していると見るべきだろう。
   日本は武力を基礎に社会の秩序を築いた。武力の前で民は問いただすよりも,与えられた秩序に順応するのが長く生きる秘訣だ。日本の幕府の基本法である武家諸法度によると,「法で理致を破ることはできるが,理致で法を破ることはできない」として権力者が作った法が理致よりも優位にあることを明示している。すなわち日本は法に定められれば,好むかどうかはともかくそれが終わりにならなければいけない社会だ。韓国と日本の文化の違いは「士農工商」という身分体系で「士」の意味が異なる点にも見える。朝鮮で「士」はソンビ(学識がある高潔な人)を表す半面,日本は武士を意味する。朝鮮は理致を最も重視したが,日本では法令守護が最も重要だった。
   ・・・
   文化を理解することが足元の火を消すのにどれほど役に立つのかという声も出るかもしれない。しかし明るい未来のためにはこれ以上は火を足元に落とすべきでない。振り返ってみよう。2012年の李明博大統領の天皇非難は天皇の象徴性を無視した「文化盲」のような発言だった。当時から韓日関係は悪化し始めた。経済大統領といわれていた李大統領は,日本での韓流ブームと韓国ビジネスを没落させ,多くの雇用を失わせた。
   文在寅政権も何が違うのか疑問だ。文化が衝突すれば対話と外交で解決しなければいけない。しかし昨年10月に強制動員被害者の個人請求権を認める確定判決が出た後,政府は日本の対話要請を拒否してきた。ところが日本が経済報復をすると突然,協議を提案した。この非一貫性を日本の市民は無視と無礼と見なすだろう。文化盲の政府は何も得られず韓国を傲慢で無礼な国にしてしまった。
   安倍政権は外交問題に経済報復を加えることで,正しい秩序という日本らしさを自ら放棄した。しかし国民的な団結でこれに全面対応しようという主張は、韓国の品格を捨てて日本の極右派のようになろうという破壊的な煽動だ。むしろ逆に,さらに激しい内部批判と省察がなければいけない。韓国も日本もこれを通じて「文化盲」のような政治と政策の再発を防がなければいけない。そうしてこそ,過去が未来を略奪し,死者が生者を捕食する今のような不幸が繰り返されなくなるだろう。 キム・ビョンヨン/ソウル大経済学部教授’ と書いています。
   見出しに驚きました。「理」の意味の理解が正しければ 「情の韓国,理と法の日本」であるべきでしょう。
   この状態を民族性でくどくど論じるのは勝手ですが,話はそれ以前の問題で簡単です。文化の理解以前の話です。「国と国が交わした約束を守れ,国際法を守れ」ということです。その時々の理致(道理)で国家間の約束を反故にしていいという理致とは何でしょう?情でしか動かない国は 傲慢で無礼でしかありません。

韓国の国民は,政府やメディアから 何を知らされて,何の理で生活しているのか疑問です。

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