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2019年9月11日 (水)

「ディアトロフ峠事件」とは?

今年(2019年)2月1日,ロシア検事総長事務所が,「ディアトロフ峠事件」の真相を明らかにすべく,本格的に再捜査すると発表しました。
1959年に発生した,この謎に包まれた事件を,60年経った今 取り上げるのは何故?

「ディアトロフ峠事件」(the Dyatlov Pass Incidentとは,ソ連時代の1959年2月 ウラル山脈北部で雪山トレッキングをしていた若者9人が全員が謎の死を遂げた事件で,「ティアトロフ峠」(the Dyatlov Pass)は 事件後,グループのリーダー,イーゴリ・ディアトロフの名前をとって付けられたものです。
事件の真相の解明はできておらず,現在までに 事件を説明する 75の説があると言われています。

この事件の全貌を日本で 容易に知ることができた(できる)ソースは,Wikipedia を除いて 例えば次の3つがあります。

〇フジTV 「奇跡体験!アンビリバボー:ディアトロフ峠事件60年目の真実」 2018年12月6日 放送
NHK BSプレミアム 『ダークサイドミステリー 「緊急報告!"死の山"ディアトロフ峠事件」』 2019年8月29日放送
〇ノン・フィクション 『死に山:世界一不気味な遭難事故«ディアトロフ峠事件»の真相 ドニー・アイカー(著) 安原和見(訳) 河出書房新社 2018年8月
                      "Dead Mountain: The Untold True Story of the Dyatlof Pass Inccident"  Donnie Eichar,2014年10月

この事件に関して分っている事実を 主にNHKの放送から,次に列記します。情報には 事件後 発見された被害者のカメラのフィルムの映像によるものを含みます。

・1959年1月中旬,ウラル山脈北東部に 地元ウラル工科大学学生 およびOBからなる9人(当初10人,途中で1人抜けた)が22日間の冬山トレッキングに出発。
・メンバーは 男 7人,女 2人,何れも 登山/長距離スキーの熟練者。
・2月1日,目的地のオトルデン山まで 10kmの地点で日没となりキャンプ。
・キャンプ地点 傾斜15度の雪面を掘って平にする,気温 -25~-30℃,風速 15~20m/sec。
・2月16日,下山予定日を3日すぎて連絡なし。
・2月20日,地元捜査本部を立てて捜索開始。
・2月26日,テント発見。
               テントは雪で潰されていたが,支柱は立っていた。
               テントの中に靴,荷物はそのままあった。
               テントは内側から 数か所切り裂かれていた。
・2月27日,テントから 1.5km 下った場所で 散らばって 雪に覆われた5人の遺体が発見された。
               テントから下方に向かういくつかの足跡があった。
               遺体は 防寒服,靴の着用なし。裸足の者もいた。
               外傷なく,凍死と判断された。
       ・・・ 残り 4人は 直ぐには発見されなかった。
・5月4日,雪解けが進み, 5人が発見された場所から 75m下で 4人の遺体が発見された。
             4人の遺体はー
                 頭部陥没損傷,肋骨5本骨折し,内蔵に刺さっていた
                 肋骨10本骨折し,心臓に刺さっており,顔に損傷ー眼球と舌 喪失。(女性)
                   (上記2人は暴力的外傷)
                 残り 2人は 車に轢かれたような強い外力による圧迫痕があった。
             2人の服に異常な量の放射線検出。
             雪解けの水の中で 腐敗と分解が進んでいた。
・事件当時,ウラル山脈上空に光球がいくつも目撃された。
・上記 調査の結果,検事局が 数百ページの報告書発行。
      解剖結果:食事後 6~8時間後,死亡。
      結論 : 自然災害 - 抗しがたい力による(未知の不可抗力による死亡)

報告書は 機密文書となって 1990年代まで公開されなかった。

2019年6月,ロシア検事総長事務所が再調査を表明した(2月)後,遺族など関係者から成る「ディアトロフ財団」が会見し,次の疑問を呈した。
  ・当時の報告書No.が空欄であり,これは報告書としてはありえない。
  ・捜索開始が 2月20日,テント発見は 2月26日 となっているが
    報告書では 2月6日が捜査開始の日付けになっており,公式に発見者とされる人間は 2月26日,ヘリコプターでテントの場所に直行したという。
  ・遺品の中に,アルコール入りの軍隊用水筒があった。

2014年に発行された “Dead Mountain” (邦訳 「死に山」 2018年)には 推定原因が示されているはずですが。公にされている多くの事実の全てに矛盾しない原因を見つけるは大変です。

Dsc_2295
「死に山」は 図書館から借りたばかりで まだ読んでいません。
これに書かれた推定原因は?

因みに,呉市には市立図書館が6館あります。(中央,安浦,川尻,広,倉橋,昭和)
中央図書館で「死に山」を検索すると(自宅からも on-line で検索可能) 「中央」,「広」,「倉橋」の3館が一冊ずつ所蔵し,「中央」と「広」は貸し出し中でした。
そこで 受け取り場所を 「中央」に指定して借り出し依頼すると 翌日 「届いた」との電話があって 「倉橋図書館」にあった「死に山」を受け取ることができました。

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