« T- シャツは もういらない。 | トップページ | 昔,「帝人 街のチャンピオン」という番組があった。 »

2020年8月26日 (水)

道徳的であるために 神を信じることが必要か?

    ‘Pew Research Center’ の ‘FACTTANK’(July 20, 2020 付け)の “The Global God Divide” の見出しの報告がありました。日本語訳としては 「世界の神の分断」(?)でいいでしょうか。

興味深い調査結果なので読んでみました。

以下,拙訳・転載します。

**********************

神を信じることが 道徳的であることに必要があるかどうかに関する人々の考えは,経済発展程度,教育程度,年齢によって異なる神への信仰と道徳との関係は何か? そして,人々の生活において 神と祈りはどれほど重要か? Pew Research Centerは,2019年に34ヶ国の38,426人にこれらの質問を投げかけた。 

001a_20200721184901

 6つの大陸にまたがる34ヶ国全体で,中央値の45%は,道徳的であり,良い価値感を持つためには神を信じる必要があると述べている。 しかし,この質問への回答には地域ごとの大きなばらつきがある。この調査に含まれる新興経済圏の人々は,宗教がより重要であり,宗教が生活の中で重要であると考える傾向があり,この調査の先進経済圏に住んでいる人々よりも,神への信仰が 道徳的であることに必要があると言う。違いは国の中にもある。
一般に,比較的非宗教的な人々は,同じ国の非常に宗教的な人々よりも,道徳的な人であるために神を信じる必要はないと言う傾向がある。

002a_20200721184901

宗教的遵守(religious observance)にはばらつきがあるものの,調査対象国全体の中央値62は宗教が生活に重要な役割を果たすと答え,61は神が生活に重要な役割を果たし,53が祈りについても同じと言っている。1991年以降,ロシアとウクライナでは神が自分にとって重要であると言う人の割合が増加しているが,西ヨーロッパでは同じ期間に反対の傾向が起こっている。調査した西ヨーロッパの8ヶ国では,中央値でわずか22が 神を信じることは道徳的であることに必要があると答えており,調査した東ヨーロッパの6つの国では,中央値33が同じ見解を共有している。以前の研究では,ヨーロッパ大陸は全体的にますます非宗教的(secular)になっていると確立されているが,ヨーロッパ人の間では,宗教と宗教的少数派に対する態度に東洋と西洋の国の間で顕著な違いがある。 

Opinions on whether belief in God is necessary to have good values vary by region
神を信じることが良い価値感を持つために必要かどうかについての意見は地域によって異なる

003b_20200721184301 欧州連合で調査された13ヶ国すべての中でギリシャは,神への信仰を道徳に結びつける国民の最大のシェアを持ち(53),ブルガリア(50)とスロバキア(45)がそれに続いている。それでも,ヨーロッパ大陸の多くの国では,神を信じることが道徳的であることに必要があると言う人は比較的少なく,スウェーデンではわずか9,チェコ共和国では14,フランスでは15である。

カナダと米国の両方で,神を信じることは道徳的であるために必要であるとするのは半分未満である(それぞれ2644)。

対照的に,インドネシアとフィリピンで調査されたほとんどすべての人(それぞれ96)には,神への信仰と良い価値感を持っていることとの間につながりがある。そして,インドでは10人中8人近く(79)が同じことを言っている。しかし,東アジアでは,韓国人はこの質問についていくらか意見が分かれている(53が必要であると答え,46は必要でないと答えている)一方で,道徳的な人であるためには神を信じることが必要と信じているのは日本(39)とオーストラリア(19)の少ない割合である。

調査した中東および北アフリカ諸国の中で,レバノンでは少なくとも10人中7人(72),トルコ(75),およびチュニジア(84)は,神への信念が良い価値感を持つために必要があると考えている。イスラエル人はこの質問に分かれており,人口の48がどちらかの側にいる。

さらに,調査されたサハラ以南のアフリカ諸国のそれぞれの多数派は,神を信じることは道徳的であるために必要と述べている。ケニアとナイジェリアでは10人中9人以上(それぞれ9593)が神への信仰と道徳を結び付けており,南アフリカ人の84は同じ意見である。

調査した中南米3ヶ国すべての過半数は,神を信じることは道徳的であるために必要であり,この割合はブラジルで最も高い(84)。カトリック教は依然としてラテンアメリカで最大の宗教であり,調査された3ヶ国すべてのカトリック教徒の大多数は神を信じることが道徳的であるために必要があると考えている。 

004b 驚くべきことに,ロシアとウクライナの両方がこの質問についての意見の進化があったが,反対の方向にある。ロシアは2002年以降,神を信じることは価値感を高めるために必要であるとの見方から,2002年以降11のポイントの増加が見られた。ロシアを除いて,ブルガリアと日本の2つの国だけが,この意見を持っている国民のシェアが大幅に増加しました(それぞれ17ポイントと10ポイント)。 ウクライナに加えて,他の4ヶ国(メキシコ,トルコ,韓国,米国)では,神を信じることは道徳的であるために必要があると言う国民の割合が大幅に減少している。

 Differences in views on belief in God and morality by GDP per capita
一人当たりのGDPによる神への信仰と道徳に対する見解の違い

全体として,国内総生産が低い国の回答者は,神を信じることは道徳的であるため,良い価値感を持つために必要があると言う傾向がある。言い換えれば,一人当たりのGDPと,神への信仰と道徳との間にこの関係を引き出す国民の割合との間には,逆の関係がある。統計分析では,係数が -0.86と強い逆相関係が示されている。 

005a_20200721185001
 たとえば,この分析に含まれる34ヶ国すべてで 1人あたりのGDPが最も低いケニア(2019年は4,509ドル)で,回答者の95が,神を信じることは道徳的であることと一体であるという見解を表明している。 

006b 対照的に,調査対象国の1人あたりのGDPが最も高い国の1つ(2019年は55,815ドル)であるスウェーデンでは 神を信じることは道徳的であるために必要があるとする回答者は9だけである。
このパターンは,ヨーロッパ人は世界の他の多くの地域の人々よりも信仰心が弱い傾向があることが発見された以前の研究と一致している。個人的には,ほとんどの国で収入の中央値以上の収入を得ている人々は,神を信じることは道徳的であることに必要であると言う可能性が大幅に低くなる。所得水準の違いによる最大の違いは米国にあり,所得の中央値を下回る所得とそれ以上の所得との差は24である。

調査したほとんどの国では,道徳的になり,価値感を高めるために神への信仰が必要かどうかという問題について,世代間のギャップを示している。若い成人は一般にいくつかの方法で信仰心が弱いことが判明した過去の分析に合わせて,18歳から29歳の人は,神を信じることが道徳的であることに必要と言う可能性が最も低い。
調査した34ヶ国の大部分で,50歳以上は18歳から29歳よりも道徳的であるためには神の信仰が必要であると考える可能性がかなり高い。

007b これは韓国で特に当てはまり,高齢者の64が神を信じることは道徳的であること関連しているという立場をとっているが,若い韓国人で同じ考えなのは 5分の1だけである。
50歳以上の成人と18歳から29歳の成人の差は,韓国,ギリシャ,アルゼンチン,米国,メキシコ,ポーランド,日本,ハンガリー,ブルガリア,スロバキアでは20パーセントポイント以上である。
この質問の年齢格差は,世界のほぼすべての地域で見られる。ナイジェリア,チュニジア,トルコ,ブラジルでは,あらゆる年齢層の少なくとも10人に1人が,道徳的であるには神を信じることが必要であることに同意している。
しかし,チェコ共和国とスウェーデンでは,すべての年齢層の10人中2人がその地位に就いている。

More education connected with belief that God is not necessary to have good values
良い価値感を持つためには神は必要ない信念には より多くの教育が関連する

008b調査されたほとんどのヨーロッパおよび北米の国では,より多くの教育を受けた個人は,神への信仰が道徳的であるために必要であると言う可能性が低くなる。このパターンは,教育レベルと収入の間に有意な相関関係があるため,収入レベルと人々のこの質問への答え方との関係を密接に追跡する。さらに,2019年の調査に含まれる他のいくつかの国では,教育レベルが異なる回答者の間でこの質問に違いがある。
調査対象の34ヶ国のうち24ヶ国では,高水準の教育を受けた回答者は,神を信じることが道徳的であることに必要があると言う可能性が大幅に低くなっている。
調査に含まれている他の10ヶ国の間で有意差はない。

調査対象となった15ヶ国で,イデオロギーの権利を持つ人々は,道徳的になり、良い価値感を持つために神を信じる必要があると言う可能性がかなり高くなる(イデオロギーは自己申告であり,国によって異なる)。
米国,ギリシャ,アルゼンチン,イスラエルの右派の多数派は,道徳には神への信仰が必要であると述べている。 それらの国々の左派で同じことを言っているのは半分未満である。左派・右派のギャップは,米国,ポーランド,ギリシャで30パーセントポイントを超えている。

009b_20200721184601 神を信じることは道徳的であるためには必要であると言っているのは,約10分の1の右寄りのスウェーデン人だけであるが,スウェーデンでも右と左のギャップは存続する。左側の2だけが同じことを言っている。右派の人々はまた,ハンガリー,スペイン,カナダ,アルゼンチン,ドイツ,イスラエル,ブラジル,オーストラリア,韓国,英国,オランダ,スウェーデンで道徳的であるためには神を信じる必要があると言う可能性がかなり高い。
スロバキアは,道徳的であるためには神を信じる必要があると左派の人々が言う可能性が高いと調査された唯一の国であり,右派の33%と比較して,スロバキアの左派の49が同意する。

The importance of religion varies around the globe
宗教の重要性は世界中で異なる

010a_20200721185001

 調査対象の国のほとんどで,国民の半数以上が,宗教は生活において「非常に重要」または「やや重要」であると述べている。しかし,ヨーロッパ人は一般に,他の地域の人々よりも,この措置に対する宗教的関与を示していない。彼らの生活における宗教の重要性について尋ねられたとき,34ヶ国中23ヶ国の多数派は,宗教が彼らにとって非常にまたはいくらか重要であると述べている。
これには,インドネシア,ナイジェリア,チュニジア,フィリピン,ケニア,インド,南アフリカ,ブラジル,レバノンの10人中9人以上が含まれる。これらの中のいくつかの国の多数派は,宗教が彼らの生活にとって非常に重要であると言って,特に高いレベルの宗教的関与を持っている。
そのような傾向は,インドネシア(98),フィリピン(92),チュニジア(91),ブラジル(84),インド(77),トルコ(71),レバノン(70)およびすべてのアフリカ :調査対象国ナイジェリアで93,ケニアで92,南アフリカで86 -で共通である。
  一方,調査対象のヨーロッパ諸国は,スウェーデンでは成人の22,チェコ共和国では23,フランスでは33,オランダとハンガリー両国では39など,宗教が生活において非常にまたはある程度重要であると言う割合ははるかに少ない傾向がある。
複数のヨーロッパ諸国では,宗教は生活において「まったく重要ではない」とされている。これは,チェコ共和国,フランス,オランダ,スウェーデン,イギリスの場合であり,成人は,他の回答オプションを選択するよりも,生活の中で宗教はまったく重要ではないと言う傾向がある。
  一方,ギリシャ,ポーランド,イタリアの10人中6人以上の回答者は,宗教は生活の中で非常に,またはある程度重要であると述べている。ギリシャでは,他のどのヨーロッパの国よりも宗教が少なくともいくらか重要である(80)と人々が言う。ドイツ,スロバキア,リトアニア(それぞれ55)とブルガリア(59)の少数派は,宗教は少なくともいくらか重要であると述べている。 

More say God plays an important role in life than say the same about prayer
祈りについて同じことを言うより,神は人生において重要な役割を果たすと言う

011b 祈りと神が人生で果たす役割について別々の質問をすると,祈りが重要であると言うよりも神が重要であると回答する人の方が多くなっているが,調査対象国の半数の強力な多数派はどちらも重要であると述べている。34ヶ国全体で,61%の中央値は神が自分たちの生活の中で重要な役割を果たしていると言い,53は祈りが日常生活の中で重要であると答えている。裕福な国の回答者が 道徳的人間になるためには神を信じることが必要であることに反対する傾向があるように,裕福な国の人々は 一般的に神と祈りは彼らの生活の中で特に重要ではないと言う。新興国の人々は,先進国の人々の2倍以上の確率で祈りが日常生活の重要な部分であることに同意している。調査されたすべての新興経済国(ウクライナを除く)の10人中9人以上の回答者は,神は彼らの生活において重要な役割を果たすと述べている。対照的に,調査対象の経済先進国11ヶ国では,神が人生において重要であると考えている回答者は半数未だった。同様に,これらの先進国全体で中央値41は祈りが日常生活の重要な部分であると述べているが,新興国では96がそうであると述べている。 

012b  一部の国では,回答者は,祈りが日常生活の重要な部分であると言う可能性が,神が彼らの生活において重要であると言う可能性に比べて低い。たとえば,イスラエルの回答者の71は人生において神は重要であると答え,54は祈りについて同じことを言っている。イスラム教のイスラエル人がこの感情の多くを動かしている。イスラム教のイスラエル人の間では,96がユダヤ人のイスラエル人の66と比較して,神は彼らの人生において重要であると言う。 イスラム教のイスラエル人の81は、ユダヤ人のイスラエル人の50と比較して,祈りが重要であると言う。神が人生において重要な役割を果たすかどうかについての見解は,宗教的な所属にも基づいて大幅に異なる。
当然のことながら,ほとんどの国では,宗教的に無関係な人々(無神論者,不可知論者,または「特に何も」ではないと主張する人々)は,神が自分たちの生活において重要であることに同意している。それでも、アルゼンチンと米国の10人で3人ほどの宗教的に無関係な人々は神は彼らにとって重要であると言っており,メキシコの宗教的に無関係な人々の大多数は 神が彼らの生活において重要な役割を果たすと言っている。

The rising significance of God after the dissolution of the Soviet Union
ソビエト連邦崩壊後の神の重要性の高まり

013b 西ヨーロッパにおけるキリスト教の衰退をたどる十分に文書化された傾向に従って,神が人生において重要な役割を果たすと言うヨーロッパ人の割合は1991年以来減少している。スペイン,イタリア,ポーランドが最も劇的に減少し,それぞれ262114パーセント・ポイント減少した。この傾向は,リトアニアを含む他の多くのヨーロッパ諸国にも反映されている。 ソビエト連邦の崩壊以来,リトアニアでは,神が自分たちの生活の中で重要な役割を果たすと感じている国民の割合が12%低下しました。同時に,ソビエト時代に宗教が厳しく抑圧または事実上禁止された他の旧ソビエト共和国では,神が人生において重要な役割を果たすと言う人の割合が増加している。ウクライナとロシアの両方で,神が彼らにとって重要であることに同意する人々のシェアが2桁増加した。
ソ連のかつての衛星国家であったブルガリアでは,411991年に神は彼らの生活において重要であると述べた。 今日,ブルガリアの回答者の大多数(55)がその見解を表明している。
祈りは日常生活の重要な一部であると言う人たちにも,同様の傾向が当てはまる。

 (転載了)
*********************

神は信じていませんが ほぼ道徳的人間だと思っていますが,・・・。

|

« T- シャツは もういらない。 | トップページ | 昔,「帝人 街のチャンピオン」という番組があった。 »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« T- シャツは もういらない。 | トップページ | 昔,「帝人 街のチャンピオン」という番組があった。 »