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2020年11月29日 (日)

この冬 着る Vネックセーターは 先ず赤。

この冬,初めの Vネックセーターはラムズウールの赤を出しました。
一冬中に多くの種類を着るとクリーニングに出すのが勿体ないので 最近は着る種類を限って一シーズンを過ごします。

そして この冬は まず赤です。

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10年以上前の関東在住時,細いゲージのVネックセーターが多い中,何年か探して 希望通りの色,ゲージ,材質ののVネックセーターを見つけたのは 渋谷の ‘BEAMS+’ でした。
BEAMS+’ と スコットランドの ‘William Lockie’ のコラボ製品です。
若いころ,少なくとも学生時代は Vネックは好きではなく,ほぼクルーネックのセーターを着ていましたが,ある年齢になってからは 多くがVネックです。
思えば 子供の頃は 母親が手編みしたVネックセーターを着ていました。
そのセーターには 英語を習っていないという母親が,名前のイニシャルを筆記体で編み込んでいました。

ここで 母親が英語を習っていないというのが 年齢的に正しいのか,私の記憶違いか考えました。
まず,女学校に行ったのかどうかは,名前の上に「旧士族」と書かれた女学校の卒業証書を見た記憶があるので間違いありません。
(戦前まで 先祖が士族,華族,平民であったかの出自を,何の目的か学校が掴んでいたようです。そして 私の中学生時代ー昭和30年代後半,その頃は親の学歴を学校に提出していたようで,ある日の社会科の授業中,何のきっかけだったか,あまり知性を感じさせない若い教師が その資料を見ていたようで「みんな嘘を書いている。お前たち(団塊の世代に該当)の母親たちのそんなに多くが女学校に行っていたはずはない。」と発言し,単なる統計と比較しただけの見解を不愉快に感じたことを思い出しました。 )
ーで,大正10年生まれの母親が女学校に行ったのは昭和10年前後と思われます。
それでは 英語を敵性語として学校で教えなくなったのは? 
昭和16年の真珠湾攻撃後なら分かりますが,それ以前なら,米英との関係がうまくいかなくなったと思われる日中戦争開始が昭和12年,いつからかーと調べても明確な時期は不明です。昭和10年は少し早すぎるのでは?とすると 英語を習っていた?母親はアルファベットくらいは習っていたのかも知れません。
因みに ある資料によると,昭和10年(1935)の高等女学校進学率は 16.5%,約6人に1人で 現在の大学進学率よりかなり低く 地域によってはエリートであって,上述の教師の見解もあながち・・・。

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コメント

小生がローマ字を習い始めたころ、お袋さんも一緒に勉強していたように思います。火鉢の灰の上で・・・映画みたいだが・・夢か幻か?

投稿: hirosuke | 2020年11月29日 (日) 17時12分

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