« 新・ドリトル先生に,ちょっと一言。 | トップページ | 見出しに見る勘違い(その707) »

2021年5月11日 (火)

“TAKE IVY”,アイビー・リーグ・ルックの最後のあえぎ。

1965年に,米国 東部の大学で学生たちを撮った写真集 “TAKE IVY” が日本で出版され,それから40年経って 米国で,その写真集をスキャンしたサイトが話題になり,写真集そのものは数千ドルで取引されたと言われ,その状況は ‘The New York Times’ で紹介されました。そして 2010年,米国で 英語版の “TAKE IVY” が復刻・出版されました。
米国人にとって “TAKE IVY” はどのようなものなのか- ‘IVY STYLE / NewsNostalgia Since 2008SEPTEMBER 28, 2019 付けの記事に書かれています。
下記,拙訳・転載します。

*************************
Take Ivy: Last Gasp Of The Ivy League Look
Take Ivy:アイビー・リーグ・ルック 最後の喘ぎ」

001_20210509162201 本日,20107月に “Take Ivy” の発行に際して最初に掲載されたこの投稿を再訪する。

powerHouse Books’ が831日に “Take Ivy” の最初の英語版をリリースすると,熱心な読者はついに,写真集のハードバウンド・カバーの中で,その魅惑的な雰囲気の(enchantingly atmospheric)写真を見る機会を得るだろう。インターネット上で広く普及しているものの,コンピューターの画面でスキャンした写真は,紙に印刷して手に持ったものと同じように,時間の感覚を呼び起こし,配置することはできない。

スタイリッシュな若い男性のグループが静かな(tranquil)孤立(isolation)の中で人生の最高の年を過ごし,彼らを待っている仕事や家族のプレッシャーから切り離された,大学構内の中庭(campus quads)のこれらの牧歌的な(idyllic)シーンを見つめると,現代の大学生活から遠く離れたある種の穏やかな(halcyon)黄金時代に引き込まれているのを感じるのは容易である。

そして,それが写真家・林田照慶と3人の作家による “Take Ivy” を特別な本にしている。実際,それが描いているのは黄金時代ではなく,衰退する銀の時代の最後の黄昏の光線である。

林田と彼のチームはそれを知ることができなかったが,彼らは死(demise)が差し迫っている(imminent)瀕死の(moribund)有名人のために追悼記事(obituary)を準備していた。
Take Ivy,アイビー・リーグ・ルックの結末の予兆の年代記,オックスフォード・シャツとペニー・ローファーがユニフォームであった大学合格者の最後のグループ,ゆっくり,発芽し(germinated),体系化されて(codified),40年の間に人気を得るようになった衣服の(sartorial)伝統のあえぎ。

002_20210509162201Take Ivyの中ほどに,卒業予定年である1968年の文字を入れた(emblazoned)セーターを着た新入生の写真がある。彼は前例のない変化のこの時に彼の世代の一人の代表として役立つことができた。クリーン・カットと「大学(collegiate)」(その言葉はどれほど古風に(archaic)聞こえるか!),彼が卒業証書を受け取るとき,彼はおそらく非常に異なって見えるだろう。
そして10年後,彼のワードローブの定番であるナチュラル・ショルダーのサック・ジャケット,オックスフォード・クロスのボタンダウン,ローファー(Weejuns),控えめな(discreet)レップ・タイは,自由な発想の平等主義(egalitarianism)の新時代における古臭さ(stodginess)とエリート主義の象徴となるだろう。

1965年9月にリリースされ,同じ年の春に撮影されたと思われる “Take Ivyは,アイビー・リーグ・ルック全盛期(heyday)の最後から2年目の(penultimate)記録である。このスタイルがまだ大多数の学生によって格好いい(smart)と考えられたであろう1年だけが残った。1967年の秋学期(fall semester)が始まると,猛烈なサマー・オブ・ラブ(Summer of Love,管理者注:ヒッピー・ムーブメントの頂点)に続いて,米国は頭が混乱する(head-spinning)速さで変化し始め,アイビー・リーグ・ルックはナッソー・ホールの頂上から投げ出された(hurled)アホウドリのように突然の自由落下で転落した(tumble)。

プリンストン大学の卒業生(alum)であるジェフリー・ウルフ(Geoffrey Wolff)は小説 “The Final Club”で,アイビー・リーグ・ルックの急速な衰退を簡潔に(tersely)要約している。プリンストンで最も高級な食事クラブであるアイビー・クラブについて,彼は次のように書いている。
___________________

2階のホールの内張りには アイビーのメンバーのグループの肖像画があり,ナサニエル(Nathaniel)は彼らを確かめるため,一旦止まった。1967年まで,クラブのグループ写真は屋内のビリヤード・ルームで撮影されていた;服装は均一だった -暗いスーツ,白いシャツ,アイビーのタイ。

1967年に白いスーツがここに追加された,そこにはオープン・カラーがあった。

1968年に,無作法な(insolent),気取った笑い(smirking)のグループは外に移動し,ジッパー付きの準軍組織キット,準軍組織のブーツ,絞り染めの(tie-dye)シャツ,肩までの長さの巻き毛(locks)で飾り立てた(tricked out)。
______________________

Take Ivyの写真は,変化の風に震えるカードの家としてのアイビー・リーグ・ルックを示している。
写真の学生達は今日よりもスタイリッシュだが,それ以前の学生よりもフォーマルではない。“Take Ivyは,タイよりもTシャツが多く,シェトランド・スェーター(Shetlands)よりもスウェット・シャツが多いことを示している。
衣料品自体は純血種の(purebred)アイビーだが,テキストで説明されている(elucidated)学生の形式的であること(formality)の欠如は,大学のワードローブの段階的なカジュアル化の最初のステップであり,今日のキャンパスでのゴム草履(flip-flops)とパジャマの下における論理的な結論に達するプロセスである。

Take Ivyがアイビー・リーグ・ルックのグラスだったとしたら,半分は空で半分はいっぱいである。多くはなくなっているが,多くが残っている(ただし,残っているものも長くはない)。一見楽そうに見える無関心(nonchalance)で,学生達はフェンスの端でぐらつき,一方に過去,もう一方に未来を持ち,同時に伝統を守り,そしてそれを解体する。そして,Take Ivyが目に甘さと苦さがある(bittersweet)のはこの理由である。

数年後、ジーンズともみあげ(sideburns)で,ベトナム戦争への抗議,公人(public-figure)の暗殺,そしてすべての価値観の完全な再評価を要求する時代精神(zeitgeist)の後,これらの学生達は,私たちが Take Ivy見るように,ほぼ半世紀経って,大学時代を振り返っただろう:より単純な時代が永遠に過ぎ去ったように。 — CHRISTIAN CHENSVOLD
(転載了)
*****************
TAKE IVY” の名前は “Take Five” のもじりで付けられたようですが,このタイトルを選ぶ会議で,英語が一番達者な人は 「意味がわからない」と異議を唱えたと言われています。結局,英語にあまり通じてない人達に押し切られたらしいのですが,米国人は 何の違和感もなく “TAKE IVY” と言い,書いており,ネーミングに対するコメントはないようです。

|

« 新・ドリトル先生に,ちょっと一言。 | トップページ | 見出しに見る勘違い(その707) »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 新・ドリトル先生に,ちょっと一言。 | トップページ | 見出しに見る勘違い(その707) »