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2021年8月11日 (水)

東京 2020 五輪で感じたスポーツの原点。

オリンピックが閉会しました。
日本の獲得メダル数が最多など話題になりました。

私は 今回から採用されたストリート系の種目で,メダルをとった十代の少女たちのインタビューの対応に「スポーツの原点」を感じました。
彼女たちも誰かの期待を背負っていたかも知れませんが,少なくとも「日本の代表」という意識をあまり感じませんでした。
すなわち 彼女たちは「個人的な遊び」として,スポーツの原点を楽しんだように思え,好ましく思いました。

軍隊関係から発生した近代五種のようなスポーツは別にして,多くの種目は 元々,「砲丸投げ」でさえ,個人的な遊びから始まったものと思います。これに 国家の名誉や,所属する団体の名誉を背負わせるのは如何なものかと 常々思っていました。

高校生の頃,全校朝礼で,対外戦に参加する運動部の,あまり賢くなさそうな主将が 「わが校の代表して,名誉を汚さぬよう頑張ってきます。」などと言うのを聞きながら,口には出しませんでしたが,「お前たちに代表してもらいたくない。」と心の中で呟いていました。スポーツはあくまで個人のものだと思っていました。

そういう私も 中学生の頃,市内の学校対抗陸上競技会の100m(学年11クラスで1番速かったので)に出場させられた(大会前 1週間だけ陸上部に所属した)ことがありました。しかし,あくまで個人的興味,子供の頃から 鬼ごっこで一度もつかまったこのとがない自分より速い者が市内にいるかどうかを知るためでした。

夏の高校野球が始まりましたが,高校生の頃の記憶があって 50年以上経っても,今もって何の興味もなく,観る気がしません。

 

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コメント

アスリートの栄誉は個人の血のにじむ努力で得られたものであることは同意。最近、皆さんのおかげとへりくだった挨拶が多いけど、自分の努力をもっと主張していいと小生も日ごろから思う。しかし、サポートしてくれる人々への感謝も忘れてはいけないと思うので、そこは大人の応対でさらっとね。
高校野球については、青春その一瞬にかけたひたむきさに私は感動するけどなあ。勉学不得手な選手もいるけれども。

投稿: hirosuke | 2021年8月12日 (木) 17時21分

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