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2021年8月29日 (日)

「パルス・オキシメータ」の発明者・青柳卓雄氏は去年(2020年) 亡くなっていた。

自宅待機コロナ患者者の必需品「パウス・オキシメータ」が品不足のようです。
8月28日,朝日新聞の天声人語で「パルス・オキシメータ」の原理を考えたのが 青柳卓雄さんで,去年4月に84歳で死去していたことを知りました。
日本で 大きく報道された記憶はありませんが,「米紙は長文の訃報を載せた。」とあったので 調べてみました。
The New York Times’ に掲載がありましたが 8月分の 無料購読本数に達していて読めず, ‘The Washington Post’,May 3, 2020付けから-

下記,拙訳・転載します。
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Takuo Aoyagi, whose pulse oximeter helps hospitals fight coronavirus, dies at 84
「病院がコロナウイルスと戦うのを助ける『パルス・オキシメータ』 の青柳卓雄が84歳で死去」

Photo_202108282134011970年代初頭の青柳卓雄の研究により,コロナウイルスとの戦いの重要なツールであるパルス・オキシメータが発明された。)

血中の酸素を測定し,世界中の病院の定番となっている独創的で(ingenious),不可欠な(indispensable)医療機器であり,新型コロナウイルスとの戦いの重要なツールとしてここ数ヶ月で登場した,パルス・オキシメータの発明者,青柳卓雄が,418日 亡くなった。84歳だった。

彼の死は,彼の長年の雇用主である日本の電子医療機器メーカーである日本光電工業によって発表されたが,詳細は明らかにされていない。ニューヨークタイムズ紙は,彼が姪の話として 東京の病院で亡くなったと報じた。

何年もの間,医療専門家は,4つの主要なバイタル・サイン:体温,脈拍,呼吸数,血圧 -を測定するように教えられてきた。少なくとも1980年代後半,青柳博士によって開発されたパルス・オキシメトリ(pulse oximetry)技術が広く受け入れられ始めて以来,酸素飽和度(oxygen saturation)は「第5のバイタル・サイン(fifth vital sign」として説明されてきた。これは,酸素が肺や心臓から体の残りの部分に供給されているかどうかの重要な指標である。

ダラスのテキサス大学サウスウエスタン・メディカル・センターの肺および救命救急医療の責任者であるランス・テラダ(Lance Terada)は,次のように述べている。「これは非常に有用な病気の指標であるため,急性期治療手順の安全性の向上と診断トレーニングの向上という点で,まったく革命的である。」
手術室での作業中または肺の処置を行っている間,彼は電話で「あなたは自分がしていることを見る片方の目を持っており,もう片方の目はパルス・オキシメータにある」と付け加えた。 多くの場合,痛みを伴わずに指や耳にクリップで留められる。

「パルス・オキシメータの最も価値のあることは,リアルタイムで監視できる数少ないデータの1つであるということだ。」とテラダ氏は述べ,医療従事者がコロナウイルス患者の悪化する状態に迅速に対応できるようになった。その症状は,ひどい寒気から肺炎(pneumonia)や呼吸不全(respiratory failure)に急速に変化する可能性がある。パルス・オキシメータは,呼吸困難がないが 状態が悪化している可能性のある患者のために「警告サイン」を提供できると彼は付け加えた。

慢性疾患の患者の多くは,パルス・オキシメータを使用して自宅からの酸素レベルを追跡している。これは,1970年代初頭の青柳博士の大発見(breakthrough)までの数十年間はほとんど考えられなかった便利さである。以前は,酸素飽和度は,患者の動脈からのサンプルを必要とする血液ガス・テストによって測定されていた。第二次世界大戦中に,軍のパイロットに酸素欠乏(oxygen deprivation)を警告するために,不正確な耳の酸素濃度計(oxygen deprivation)も開発された。

これらの装置が作成された当時,青柳博士は日本の本島の西海岸に住む少年だった。日本の降伏が戦争を終わらせ,彼の家の近くでの連合軍の爆撃の恐れが解消されたとき,彼は9歳だった。そして,基礎となる科学に魅了された電気技師として耳酸素濃度計(ear oximeters)の実験を続けた。

彼が学んだように、赤と赤外線のペアのライトが耳たぶまたは体の別の半透明の(translucent)部分を通して照らされ,ライトの吸収状態の違いにより,デバイスは血液中の酸素量を計算できる。

青柳博士は,パルス・オキシメータを使用して,患者に染料を注入する染料希釈(dye dilution)と呼ばれる方法で心拍出量(cardiac output)(心臓から送り出される血液の量)を非侵襲的に(noninvasive)測定する方法を開発したいと考えていた。彼は,ドッグファイトでの戦闘機のパイロットを支援するのではなく,彼の発明が入院患者の人工呼吸(artificial ventilation)の必要性を示すことを望んでいた。

麻酔(anesthesia)の権威であるジョン・セベリングハウス(John Severinghaus)による2007年のエッセイによると,青柳博士は「ノイズ」という形の障害(roadblock)に遭遇した :これは,体の迷路の(labyrinthine)配管システム(plumbing system)を通過する際の血流の変化であり,正確に染料の動きを計算することができなかった。彼の打開は,彼がノイズをカットし,血中の酸素を測定することを可能にした数式,「比率の中の比率(ratio of ratios)」だった。

「ここにあるように,科学の素晴らしさは,偶然の観察を主要な発見に変える用意周到な(well-prepared)精神から来ることがよくある」とセベリングハウスは書いている。呼吸生理学者のジェレ・ミード(Jere Mead)を引用して,彼は次のように付け加えた。「ある人の騒音は別の人の信号である。」

青柳博士は,日本光電工業の同僚である岸道夫氏とパルス・オキシメータのプロトタイプを作成し,1974年に彼らの会社は二人の男性を発明者とした特許出願を提出した。特許は5年後に付与された。
しかし,その時までに青柳博士は別のプロジェクトに異動していた。パルス・オキシメトリの背後にあるコンセプトは,日本光電の懐疑的な監督者によって「否定」されていたと青柳博士は回想し,1985年までこの装置に関する仕事から外されていた。

ミノルタなどの競合他社は,パルス・オキシメータが一般的になるのに役立つ改良を加えた。彼らの仕事がなければ,彼は個人的なエッセイに「アイデアは埋もれたままでいたかもしれない」と書いた。

近年,青柳博士は,世界保健機関によって支持され(championed),麻酔下の患者をモニターする外科医にとって特に有用であることが証明された彼の発明でますます認められている。
2015年,電気電子技術者協会(the Institute of Electrical and Electronics Engineers)は青柳博士に医療技術革新賞を授与し,彼の研究が「麻酔による死亡率の40分の1の減少」につながったと宣言した。

「今日のすべてのパルス・オキシメータは,青柳博士のパルス・オキシメトリの元の原理に基づいている」と同協会は述べている。

青柳博士は,1936214日に 新潟県で生まれた。彼は1958年に新潟大学で電気工学の学位を取得し,京都に本拠を置く科学機器会社である島津製作所で働いた後,1971年に日本光電工業に入社した。
1993年に 東京大学で工学博士号を取得。

Information on survivors was not immediately available.
生存者に関する情報はすぐには入手できなかった。

医療従事者は,コロナウイルス患者の命を救うのに役立つパルス・オキシメータの功績を認めているが,一部の医師は、一般の人々がデバイスを実行しないように警告している。アメリカ肺協会は木曜日に,パルス・オキシメータを「消費者や病院でさえ購入するのがより困難になった」と警告する声明を発表した。

協会の最高医療責任者であるアルバート・リッツォ(Albert Rizzo)氏は,「定期的に(on regular basis)酸素飽和度に影響を与える慢性の(chronic)肺や心臓の疾患がない限り,ほとんどの人は自宅にパルス・オキシメータを準備しておく必要はありません」と述べている。

(転載了)
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その功績は海外で評価されているようで,ノーベル賞に推薦した方もいたようです。

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