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2022年2月 1日 (火)

「賢人会議」は 英語では “Witenagemot.”

1月17日,報道(毎日新聞)で「核なき世界実現 国際賢人会議創設,広島で初会合へ 首相表明 / 岸田文雄首相は17日の施政方針演説で,『核兵器のない世界に向けた国際賢人会議』を創設し,年内にも初会合を広島で開くと表明した。持論の『核兵器のない世界』現に向け,各国政治指導者らの関与を得ながら非核化への機運醸成に努める。・・・ 」とありました。

岸田さんが 賢人を指名,依頼,任命するということでしょうか?
「専門家会議」や「有識者会議」ならいざ知らず,賢人と指名されて 堂々と引き受ける方は立派です。「賢人会議」の定義は?

「賢人会議」の名称には歴史的に特別な意味があるようです。

Wikipedia によれば ー
賢人会議(英語:Witenagemot)とは,政府首脳や専門機関代表,学者らで構成する会議のこと。
アングロ・サクソン時代の英国において国王を中心に聖職者,貴族,従士により構成,大事を決した集会を発祥とする会議体の名称で,発祥国である英国ではウェテナイェモート(Witenagemot)といい,日本語では賢者会議、賢人会議と訳される。

今日では国際会議の通称または名称としても使用され、これらの場合、国際賢人会議ともいう。多国間で開催されるものや二国間・三国間で開催される会議体も見られる。」とありました。ここでの賢人を “Witan” と言うようです。

英文 Wikipedia の “Witan” を読んでみましょう。
下記,拙訳・転載します。
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Witan

賢人会議(the Witan)(/ ˌwɪtənəɡəˈmoʊt /;古英語:witenaġemōt[ˈwitenɑ jeˈmoːt]; 文字通り「賢者(wise men)」は,7世紀以前から11世紀までアングロ・サクソン・イングランドの王の評議会(council)だった。聖職者(ecclesiastic)および世俗的な(secular)両者の一流の有力者(magnates)で構成されており,評議会の会合は時々,賢人会議(the Witenagemot)と呼ばれていた。その主な機能は,法律の公布(promulgation),司法判断,土地を譲渡する憲章の承認,紛争の解決,大司教と司教の選挙、およびその他の国家的に重要な事項について国王に助言することだった。賢人会議(witan)はまた,新しい王を選出し,任命を承認しなければならなかった。そのメンバーは,エアルドルマン(ealdormen,爵位の一種),族長(thegns),上級聖職者(senior clergy)を含む最も重要な貴族等(noblemen)で構成されていた。

Terminology
術語学

witan” と “witenagemo” という用語は,現代の歴史家によって 徐々に避けられているが,賢人会議(witenagemot)を 「本質的にビクトリア朝の」新造語(coinage)と述べたジェフリー・ヒンドリー(Geoffrey Hindley)のことまではほとんど知られていない。アングロ・サクソン・イングランドのブラックウェル百科事典(the Blackwell Encyclopaedia)は「王の評議会(King's Council)」を好むが,古英語(Old English)では賢人(the witan)として知られていたと付け加えている。ジョン・マディコット(John Maddicott)は,アングロ・サクソン年代記(Chronicle)などの情報源で使用されているにもかかわらず,賢人(witan)という言葉を疑いの目で見た。

しかし,その言葉には,不当に,衰退した学問の大袈裟な(fustian)な空気が含まれている。さらに,その使用は,重要な質問への答えを予断させるように見えるかもしれない: 我々には,機関 (いわば,大文字で書かれた『賢人会議(Witan)』か,単に王の顧問官(councillors)であった賢い男達の小文字の(lower-case) その場しのぎの(ad hoc)集会だけがここにあるか?

これらの理由から,英国議会の起源に関する彼の研究では,彼は一般的に,より中立的な単語「集会(assembly)」を好んだ。彼は,主に1051年から52年の危機において,賢人会議(witenagemot)を11世紀の珍しい使用法として述べ,征服前の(pre-Conquest)例は9つしかなかった。パトリック・ウォーモルド(Patrick Wormald)も懐疑的(sceptical)であり,“witena-gemot” を「1035年以前は常に珍しく,証明されてない(unattested)ない単語」と表現していた。

ヘンリエッタ・レイザー(Henrietta Leyser)は2017年に,歴史家が議会として解釈される場合に備えて,初期の議会(proto-parliaments)に「賢人会議(witan)」という言葉を使用することを何十年も避けてきたとコメントし,彼女は続けた。 特定の種類の商売は,かなりの数の王の賢人,言い換えれば,彼の「賢人会議(witan)」の会社でのみ取引できると一般に認められていた。彼女は,賢人会議(witanagemot)という用語については言及していない。

Origin
起源

英国の賢人会議(witenagemot)は,王室の土地の使用許可の承認となるために召喚された(summoned)古代ゲルマンの集会に起源があると一般に認められている。しかし,4世紀と5世紀の彼らの地位がどうであれ,イギリスでのこれらの集会の性質は,西暦600年頃にキリスト教が導入されたときに決定的に(irrevocably)変化した。その後,教会と国家は「不可分に絡み合って(intertwined)」おり,これは賢人会議(witan)の会員と懸案事項における強い教会的要素に反映された; 賢人会議によって下された決定の記録は,教会の管轄と世俗の管轄(jurisdictions)を同様に網羅している(encompass)。

Constitution and limitations
憲法と制限
(省略)

Function and legacy
機能とレガシー

賢人会議(witan)は,王国の管理と組織について助言し,課税,法学(jurisprudence),および内外の安全保障などの問題に対処した。賢人会議(witenagemot)は,英国議会の将来の機関とは多くの点で異なっていた; それは実質的に異なる力と,決まった手順 および スケジュール,または会議場所の固定無しなどのいくつかの主要な制限を持っていた。賢人会議(witan)は独裁政治(autocracy)を防ぎ,空位期間(interregnums)中に政府を継続しようとすることができたが,最終的に賢人会議(witenagemot)は王に役立った(answered)。それは王が召喚したときにのみ組織され(assembled),王の承認なしに組織されることは反逆(treason)と見なすことができた。賢人会議(witenagemot)は より重要な諮問委員会(advisory council)だった。ある場合には,弱い王(たとえばエゼルレッド無策王(Ethelred the Unready))は賢人会議(witenagemot)に依存していたが,他の王はそれを単なる顧問のグループとして使用した。

決まった日付は通常なかったが,賢人会議(witenagemots)は少なくとも年に1回,通常はもっと頻繁に開催された。賢人会議(witenagemot)の単一の席はなく,それは,通常単一の固定された法廷も持っていない王がいた場所で開催された。賢人会議(witenagemots)は,エイムズベリー(Amesbury),カルネ(Calne),チェダー(Cheddar),グロスター(Gloucester),ロンドン,ウィンチェスターを含む少なくとも 116の場所で開催されたことが知られている。開催された場所はしばしば王室の地所だったが,いくつかの賢人会議(witenagemots)は,著名な岩,丘,牧草地,有名な木々の野外で召集された。

この取り決めは,1066年のノルマン人のイングランド侵攻後,イングランドのウィリアム1世が 賢人会議(witenagemot)をクレア・レギス(the curia regis,王会)または王宮に置き換えたときに終了した。しかし,賢人会議(witenagemot)の永続的な遺産(enduring legacy)の象徴として,クレア・レギスは12世紀まで,年代記編者(chroniclers)によって「賢人会議(witan)」と呼ばれ(dubbed)続けた。

American Revolution
アメリカ独立戦争

「サクソン神話(Saxon myth)」は,古サクセンの賢人会議(the old Saxon Witan)は英国の土地所有者の代表的な集会に端を発していると主張した。主張は,元の議会がその後,ノルマンの侵略者によって解散され,後にイングランド議会として再登場したというものだった。この説は,アメリカ独立戦争(1776年から1783年)の前の数年間に,北アメリカの13植民地全体にもたらされた。信者の中には,トーマス・ジェファーソンやジョナサン・メイヒュー(Jonathan Mayhew)を含むアメリカ人がいた。

(転載了)
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特殊な意味を含ませるにしても「賢人会議」の訳,名称にはやや抵抗を感じます。

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