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2022年9月29日 (木)

安倍元首相の国葬に関する BBC の報道

BBC News’が Sept.27, 2022付けで
Shinzo Abe: Why a state funeral for slain ex-PM is controversial
安倍晋三:殺害された元首相の国葬が物議を醸す理由
の見出しで報道しています。

下記,拙訳・転載します。
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1 週間前,英国のエリザベス 2世女王の国葬のために,世界中の「偉大で善良な人々(great and good)」がロンドンに集まった。現在,彼らの多くは別の国葬のために世界の反対側に向かっている - 日本の殺害された安倍晋三元首相のために。

しかし,日本人はそれについて興奮(thrille)していないようだ - 特に(not least),それが1140万ドル(165000万円; 1010万ポンド)の費用がかかると見積もられているためである。

ここ数週間,国葬への反対が強まっている。世論調査によると,現在,国の人口の半分以上がそれを挙げることに反対している。

今週初め,東京の首相官邸近くで男性が放火した。そして月曜日には,約10,000人の抗議者が葬儀の中止(called off)を求めて首都の通りを行進した。

しかし一方で,このイベントには世界中から日本の同盟国が集まっている。米国のジョー・バイデン大統領は出席しないが,副大統領のカマラ・ハリスは出席する。シンガポールのリー・シェンロン(Lee Hsien Loong)首相が来日。

オーストラリアのアンソニー・アルバネーゼ(Anthony Albanese)首相も,前任者の 3人とともに来日する。
インドのナレンドラ・モディ(Narendra Modi)首相は女王の葬式を欠席したが,安倍首相に敬意を表するために東京に飛んでいる。

安倍元首相について,世界の指導者たちが彼の葬式のために集まっているにもかかわらず,安倍元首相自身の国の多くが安倍元首相の国葬に反対していることは何を物語っているのだろうか?

まず,これは通常の(normal)イベントではない。日本では,国葬は皇族のために用意されたもの(reserved)である。第二次世界大戦以来,政治家にこの栄誉が与えられたのは一度だけであり,それは 1967年にさかのぼる。それ故,安倍元首相のための国葬を執り行うという事実は大きな扱い(deal)である。

その原因の一部は,彼の死に方だった - 彼は 7月の選挙集会で銃で射殺された(gunned down)。そして,日本は彼を悼んだ。世論調査によると,彼はそれほど人気があったことはないが,彼が国の安定と安全をもたらしたことを否定する人はほとんどいなかった。

したがって,彼のために国葬を行うという決定は,彼の地位(stature)を反映したものでもある。首相官邸で 彼ほど長く務めた人は誰もいなかったし,戦後,世界における日本の地位にこれほど影響を与えた政治家は他にいなかった。

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「彼は時代を先取りしていた(ahead of)」と,政治学者で元安倍顧問の鈴木一人教授は言う。

「彼は力のバランスの変化を理解していた。台頭する中国は,もちろん,力のバランスをゆがめ,地域の秩序を再構築するだろう。だから,彼はリーダーシップを取りたかったのだ。」
鈴木教授は,アジア太平洋地域の米国の同盟国すべてを 1つの巨大な自由貿易圏にまとめるというバラク・オバマ大統領の大きな計画である,環太平洋パートナーシップ (TPPthe Trans-Pacific Partnership) を指摘する。

2016年にドナルド・トランプが米国を TPP から離脱させたとき,誰もが TPP が崩壊するだろうと予想していた。しかし,そうならなかった。

安倍元首相はリーダーシップを引き継ぎ,さらにややこしい(confusingly)名前の「環太平洋パートナーシップに関する包括的かつ先進的な協定」,または CPTPPComprehensive and Progressive Agreement for Trans-Pacific partnership)を作成した。

ひどい名前だが,日本がアジアで主導権を握ろうとする新たな意欲を示している(signalled)。彼はまた,米国,日本,インド,オーストラリアの間の同盟である Quad の創設にも重要な役割を果たした。

さらに重要なのは,安倍元首相が日本の軍隊に加えた変更である。

2014年,首相は,日本の戦後の平和主義憲法を「再解釈」(re-interpreted)する法律を強要した。

日本が「集団的自衛権」(collective self-defence)を行使できるようにした。これは,第二次世界大戦以来初めて,日本が国境を越えた軍事行動で米国の同盟国に加わることができることを意味する。

この法律は非常に物議を醸し,その波紋(ripples)は今日でも感じられている。国葬に反対して東京で行進した数千人は,安倍元首相が日本を戦争に導いていたと非難している。

「安倍は集団的自衛法案(the collective self-defense bill)を可決した。」と抗議者の匠町子は言った。 「それは日本が米国人と共に戦うことを意味し,それは彼が日本を再び戦争に向かわせたことを意味する。それが私が国葬に反対する理由だ。」

日本は戦争で傷ついた(traumatised)国だ。しかし,人々を安倍元首相に対して怒らせるのは原爆の記憶だけではない。

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戦後の日本国憲法は,「戦争を行う権利を放棄する(renounces)」と明言している。それを変えたいなら,安倍元首相は国民投票を行うべきだった。しかし,彼は負けることを知っていた。代わりに,彼の法律は憲法の意味を「再解釈」した。

「安倍元首相は国民に説明責任を負わない人物と見なされている」と東京の上智大学の中野晃一教授は言う。「彼が何をしたにせよ,彼は憲法の原則に反してそれをした。彼は民主主義の原則に反してそれをした。」

しかし,彼の支持者にとって,これはすべて的外れである。安倍元首相は,他のどの世界の指導者よりも早く,中国の脅威の高まりを目の当たりにし,日本が日米同盟の完全なメンバーになる必要があると判断した。

「安倍元首相は非常に未来的な(futuristic)ビジョンを持っていた。」と彼の元アドバイザーの鈴木氏は言う。「彼は,中国が台頭し,米国がこの地域から撤退するかもしれないと見た。米国をこの地域に関与し続けさせるためには,自らを守る力が必要であることに彼は気づいた。」

再武装した有能な(capable)日本は,米国だけでなく,同様に中国を心配しているアジアの他の多くの国々からも歓迎されている。

安倍元首相はキャンベラとデリーで協力的な(willing)パートナーを見つけた。彼が殺されたとき,モディ氏はインドで全国的な追悼の日(national day of mourning)を宣言した。

しかし,安倍首相が追悼されていない場所が 1ヶ所ある そこで,彼は戦争挑発者(warmonger)であり,修正主義者(revisionist)であると繰り返し非難されていた。

そこは中国である。北京が副主席の王岐山をロンドンに派遣したのに,中国以外では誰も聞いたことのない元科学技術大臣を東京に派遣した理由は,これで説明がつくかもしれない。
(転載了)
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冷静な分析だと思います。

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