ジャングルで40日間,子供たちは どう生き抜いたか?
‘BBC’ 電子版,June 12,2023付け
“How children survived 40 days in Colombian jungle”
「子どもたちはコロンビアのジャングルで40日間どうやって生き延びたのか」
の見出し記事を 拙訳・転載します。
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「事故後に霊となった同じ母親が彼らを守ってくれた」と彼は語った。 「そして今になって初めて、彼女は休み始めることになる。」金曜日(6月9日),コロンビアのジャングルの中心で真夜中に,陸軍無線がパチパチ音を立てて,祈っていた国民にメッセージを伝えた:「奇跡,奇跡,奇跡,奇跡」。
軍は,ジャングルで40日間行方不明だった4人の子供が全員生きて発見されたことを明らかにした。
子供たちは全員先住民族(indigenous)ウイトト族(Huitoto people)で,乗っていた軽飛行機が5月1日未明にアマゾンに墜落して以来行方不明となっていた。この悲劇で母親は亡くなり,13歳,9歳,4歳,1歳の子供たちはヘビ,ジャガー,蚊がたくさんいる(teeming)地域に取り残された。
救助隊は当初,最悪の事態を恐れていたが,足跡や部分的に食べられた野生の果物,その他の手がかりから,子供たちが助けを求めて墜落現場を離れた後も生きているかもしれないという希望がすぐに湧いた。
次の6週間にわたり,子どもたちはコロンビアのグスタボ・ペトロ(Gustavo Petro)大統領が「歴史に残る完全生存の例」と呼んだ状況の中で,困難と闘った。
'Children of the jungle'
ジャングルの中の子供たち
このような試練(ordeal)に立ち向かう十分な準備を整えた子供たちがいるとしたら、それはムクトゥイ一家(the Mucutuy family)だった。ウイトト族は幼い頃から狩猟,釣り,採集を学び,祖父のフィデンシオ・バレンシアさんは記者団に対し,長女のレスリーと次女のソレイニーはジャングルに精通している(well acquainted with)と語った。子どもたちの叔母であるダマリス・ムクトゥイさんはコロンビアのメディアに対し,子どもの頃から家族は定期的に一緒に「サバイバル・ゲーム」をしていたと語った。
「私たちがプレーするとき,私たちは小さなキャンプのように設営した」と彼女は思い出した。13歳のレスリーは,「森には有毒な果物がたくさんあるので,どの果物を食べてはいけないのか知っていた。そして,赤ちゃんの世話の仕方も知っていた」と彼女は付け加えた。
墜落後,レスリーはヘアゴムで束ねた枝で即席のシェルターを建てた。彼女はまた,彼らが乗っていたセスナ206の残骸からキャッサバ粉の一種であるファリーニャを回収した。捜索活動に参加した先住民指導者の一人,エドウィン・パキ氏は記者団に対し,子供たちは小麦粉がなくなるまで小麦粉で生き延び,その後,種子を食べたと語った。「パッション・フルーツに似た,アヴィシュア(avichure)という果物がある」と彼は言う。 「彼らは飛行機墜落現場から約1.5 km離れたアヴシュアの木から食べる種子を探していた。」 ミルクの木としても知られるアヴィシュアの木の実は糖分が豊富で,その種子はチューインガムのように噛むことができる。
最終的に子供たちの居場所を突き止めた捜索チームの一員だった先住民の一人,ヘンリー・ゲレロ氏は,子供たちは地元で「ミルペソ(milpesos)」として知られる,油分が豊富で味はアボカドに似ているバカバ・ヤシ(Bacaba palm)の木の果実も食べていたと語った。
幼い子どもたちの一人が発見されたとき,その木の種を口に含んでいたと彼は語った。
コロンビア家族福祉研究所所長のアストリッド・カセレス氏は,彼らの試練のタイミングは「ジャングルが収穫期にあり」,花が咲いている果物を食べることができたことを意味していると語った。しかし,彼らは過酷な(inhospitable)環境で生き残るために依然として大きな課題に直面していた。
先住民族の専門家アレックス・ルフィーノ氏は土曜日に ‘BBC Mund’ に語ったところによると,子供たちは「地域最大の木々が生い茂る,非常に暗く,非常に鬱蒼としたジャングル」にいたという。そして,子供たちが水を浄化できる葉っぱもあるが,「他のものは有毒である」と彼は警告した。
「そこは未踏の地域だ。町は小さく,ジャングルの中ではなく川の隣にある」と付け加えた。
捕食者(predators)を避けることに加えて,子供たちは激しい暴風雨にも耐え,ジャングルで活動していると言われる武装集団から逃れなければならなかった可能性がある。
しかしルフィーノ氏は,先住民コミュニティで育った13歳の子供は,そのような環境で健康に育つ(thrive)するために必要なスキルの多くをすでに持っているだろうと指摘した。子どもたちが育ったコロンビア南東部ヴォーペス(Vaupés)のグアナノ・グループのリーダー,ジョン・モレノ氏は,子どもたちは広く尊敬されている先住民族の長老である「祖母に育てられた」と語った。「彼らは生き残るために,コミュニティで学んだことを使用し,祖先の(ancestral)知識に頼った」と彼は言った。
A dramatic rescue
ドラマティックな救助
捜索が続く中,ボゴタ当局は捜索の遅さについて圧力を受けるようになった。ペトロ大統領は,同大統領の事務所が子供たちが発見されたと誤ってツイートしたことで批判にさらされた。
当局はスペイン語と先住民族ウイトト語で書かれたサバイバルのヒントが書かれたチラシ1万枚を投下し,ヘリコプターは捜索対象の子供たちを安心させる(reassure)ために祖母からのメッセージをスピーカーから鳴らした。
しかし,メディアには知られていない(unbeknownst)が,軍は家族の発見にますます近づいていた。 捜索指揮官のペドロ・サンチェス将軍によると,救助チームは子どもたちが発見された場所から20~50m(66~164 ft)以内を通過したこともあったという。
子どもたちが発見されるまでに,約150人の軍隊と地元先住民族グループからの200人のボランティアがこの作戦に参加し,300平方キロメートル(124平方マイル)以上の地域を捜索していた。「これは干し草の山(haystack)から針を探すようなものではない,広大なカーペットの中にいる小さなノミだ。彼らは動き続けるからだ。」とサンチェス将軍は捜索中に記者団に語った。しかし金曜日,1ヶ月にわたる捜索の末,専門の救助犬が子供たちを発見した。
救助隊員の一人がコロンビアのRTVCに語ったところによると,赤ちゃんを腕に抱いていた長女レスリーの第一声は「お腹が空いた」だったという。 横たわっていた少年が起き上がり,「お母さんが死んだ」と言った。
その後,子供たちの母親は飛行機墜落後4日間ジャングルの中で生きていたことが判明した。「彼女が亡くなる前に,母親は子供たちに『おまえたちはここから出て行け』のようなことを言った。」と子供たちの父親マヌエル・ラノク(Manuel Ranoque)さんは語った。
コロンビア国防省が共有したビデオには,子どもたちが高い木の上で暗闇の中でヘリコプターに乗せられる様子が映されていた。 彼らは首都ボゴタに運ばれ,そこでさらなる治療を受けるために救急車で病院に運ばれた。
子どもたちの家族は,生存の可能性が低いにもかかわらず捜索を続けてくれた軍に感謝し,政府に対しできるだけ早く子どもたちを帰宅させるよう求めた。
祖母は国営メディアに対し,「私は決して希望を失わず,常に捜索活動を支援していた。とても幸せに感じている。ペトロ大統領と多くの困難を乗り越えた『同胞』に感謝している」と語った。
ペトロ大統領も軍とボランティアの努力を認め(hailed),「先住民と軍の知識の合体」を称賛し,「これが真の平和の道だ」と付け加えた。
しかし,彼は子供たちと彼らの環境との関係については特別な賞賛を保留した。
「彼らはジャングルの子供たちだが,今ではコロンビアの子供たちでもある」と彼は語った。
カトリック教徒の多いコロンビアでは多くの人が子どもたちの救出を「奇跡」と呼んでいるが,先住民専門家のルフィーノ氏は,真実は子どもたちの「自然との精神的なつながり」にあると述べた。
「ジャングルには緑があるだけではなく、住民が関わり、学び、助け合う古代のエネルギーが存在する。」と彼は語った。「これを理解するのは難しいことだとは思いますが、これは社会にとって、人類にとって、地域に存在するさまざまな世界観について学ぶ良い機会だ。」
「事故後に霊となった同じ母親が彼らを守ってくれた。」と彼は語った。「そして今,初めて,彼女は休み始めるだろう。」
(転載了)
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