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2023年12月13日 (水)

‘BARACUTA TIMELINE’(‘BARACUTA’のホームページから,その1)

1912
WHERE IT ALL BEGAN
The story behind Baracuta
すべてはどこから始まったのか/バラクータの背後にある物語

ミラー(Miller)家はバラクータの創業前から長年レインウェア業界に携わっていた。レインウェアに関するこれらの長年の経験は,後に非常に貴重であることが判明した。彼らの元の工場は,バーバリー(Burberry),アクアスキュータム(Aquascutum),マークス&スペンサー(Marks & Spencer)などのブランドにレインコートを供給していた。 彼らは,より多くのことを実現し,よりよくなるよう努力するメーカーであったため,将来の計画を立て始めた。

1937
THE BIRTH OF BARACUTAThe Miller Brothers create an icon
バラクータの誕生/ミラー兄弟がアイコンを創造

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ミラー兄弟は 1937年,英国で最も雨の多い都市の 1 つとして知られるマンチェスターの中心部でバラクータを創設した。彼らの使命は,英国の雨の天候からスタイリッシュに身を守るアウターウェア・ブランドを作ることだった。彼らは,自分たちのブランドが最終的には海外に進出することを考え,エキゾチックな名前を選んだ。 ジョン・ミラー(John Miller)とアイザック・ミラー(Isaac Miller)は,実用的でありながらスタイリッシュなゴルフ ジャケットの市場にギャップがあることに気づき,歯車が動き始めた。 彼らはマンチェスター・ゴルフクラブで定期的にプレーしており,特に雨が降ったとき,ゴルファー仲間がプレーしたり,コートやジャケットで快適に過ごすのに苦労しているのを目にした。

彼らは熟慮し(put their thinking caps on),1937年に象徴的な G9 ジャケットを考案した。 「G」はゴルフ,「9」はゴルフ・コースの9ホールを表しており,名前も明確に考えられた。しかし,ミラー兄弟はまだ何かが欠けていると感じ,ブランドを際立たせる重要な機能,いわゆるシグネチャー・タッチを見つけることに着手した。
彼らは,スコットランドのロバット・フレイザー氏族(the Clan Fraser of Lovat)の第25代氏族長(the 25th clan chief)であるサイモン・クリストファー・ジョセフ・フレイザー准将(Brigadier Simon Christopher Joseph Fraser)であるロバット卿(Lord Lovat)に近づき,彼の家族のタータン・チェックをブランドに使用できないか尋ねた。 簡単に言うと,彼は同意し,1938年,ついに世界で最も有名なジャケットの 1つである史上初の G9 ハリントン・ジャケットを製造した。 彼らはマンチェスターの小さな縫製工場で操業しており,それが非常に特別なものの始まりだった。

1947
BARACUTA EXPANDSRecognition after first international campaign
BARACUTA 拡大/初の国際キャンペーン後の認知度

会社は国内と海外の両方で成長し,40年代から 50年代にかけて人気が爆発した。長年にわたり,象徴的な G9 は雨の多いマンチェスターのチョルトン・ストリート工場でデザインされ,製造されてきた。 当時,バラクータは真の英国の象徴とみなされており,それは今日に至るまで変わらない。
レインウェアには、トップライナー(Topliner),コンバーチブル(The Convertible),デリー(Derry),コロネーション(Coronation),クラシカル(Classical)などのニックネームが付けられた。これらの製品は,着用者を雨から守るだけでなく,スタイリッシュに着用できるようにデザインされていた。この時期に最初の国際的な広告キャンペーンが開始され,巨大なバタフライ効果が起こった。ミラー兄弟は,「完璧な雨よけ(Perfection in rain protection)」,「バラクータで出かけよう(Step out in a Baracuta)」,「雨に備えて(Ready for the rain)」などの気の利いた(snappy)広告スローガンを考案した。 バラクータは飛躍的に(exponentially)成長した。

1950
WELCOME TO THE USA!Baracuta makes an impact in the States, 1950-1963
アメリカへようこそ!/バラクータがアメリカに影響を与える,19501963

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50年代に,バラクータは大幅な拡大を経験した。兄弟は社内での役割を分担し,アイザック・ミラーは世界的に有名なエンパイア・ステート・ビルディングに販売およびマーケティングのオフィスを開設するために米国へ向かった。その後すぐに,ニューヨークのポール・スチュアート店がバラクータを置き始めた。これはブランドにとってアメリカ市場への大きな一歩だった。この時期,ジェームス・ディーンやエルヴィス・プレスリーなどのハリウッド映画や有名雑誌の表紙で,著名人が G9 ジャケットを着用する姿も見られた。バラクータはどこでで見ることができ,すぐにアイビー・リーグのキャンパスにも進出し,学生たちはバラクータの G9 ジャケットを日常のワードローブに導入し始め,同時に G9 ジャケットを着た有名人のポスターを社交クラブ(fraternity)の壁に貼り始めた。 これがまさに,このジャケットがゴルフ・ジャケットからライフスタイル・ジャケットへと移行した(crossed over)瞬間だった。

1964
THE BIRTH OF THE HARRINGTON
Sitcoms, shops and concerts
ハリントンの誕生/ホームコメディ,ショップ,コンサート

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1964年,ホームコメディ(sitcom)『ペイトン・プレイス(Peyton Place)』でロドニー・ハリントン(Rodney Harrington)を演じた有名俳優ライアン・オニール(Ryan O’Neal)は,ほぼすべてのエピソードでバラクータG9を着用していることで知られていた。これが波及効果(ripple effect)となって,バラクータをさらに大きなスターダムに押し上げた(catapulted)。
その後,ペイトン・プレイスの大ファンだったジョン・シモンズ(John Simmons)という男性がアイビー・ショップをオープンし,バラクータのG9ジャケットを窓に並べ,その横に “Harrington Jacketと書いた。 その瞬間から,G9 ジャケットは同時に(simultaneously)ハリントン・ジャケットとしても知られるようになった。 これは唯一無二のハリントン・ジャケットであり,その後さまざまなブランドによって何度もコピーされ,象徴的な衣服であることが証明されている。その直後,エリック・クラプトンがロック/ポップ・ミュージックのテレビ番組「レディ・ステディ・ゴー!Ready, Steady Go!)」で彼のバンド,ヤードバーズ(The Yardbirds)とともにバラクータ G9 ハリントン・ジャケットを着ているのが見られた。今日と同じように,バラクータはどこにでもあった。

【1966】
F&F’S IMPACT ON BARACUTA
Football & Film confirms Baracuta’s everlasting presence
F&F がバラクータに与えた影響/フットボールと映画がバラクータの永遠の存在を裏付ける

バラクータはサッカーの分野(realm)ではよく知られているため,英国のワールド・カップ優勝チーム(squad)に「ザ・メキシカン(The Mexican)」またはラムジー・レインコート(the Ramsey Raincoat)として知られる特別に仕立てられたコートを提供することにした。この名前は,イングランドが西ドイツに勝利する前夜にバラクータ G9 ジャケットを着ていたのが目撃されたアルフレッド・ラムジー卿(Sir Alfred Ramsey)に由来している。
『クィーン・メリー号襲撃(Assault on a Queen)』のフランク・シナトラ,『華麗なる賭け(The Thomas Crown Affair』のスティーブ・マックィーン,『スーパーマンII 冒険篇(Superman 2)』のクリストファー・リーブなど,さまざまなハリウッド映画でG9を着用する著名人が増えたことで,バラクータの勢いはさらに高まり続けた。 バラクータはハリウッドに公式にその名を轟かせたが,それはほんの始まりにすぎなかった。バラクータは著名人やスポーツ選手からの継続的な評価により,世界での継続的な存在感と成長を確固たるものとした(solidified)。

1968
BARACUTA GOES GLOBAL
What started out in rainy Manchester has become a global sensation
バラクータは世界へ/雨のマンチェスターで始まったものが世界的なセンセーションとなった

バラクータは世界的な輸出を開始し,ヨーロッパとオーストラリアの海岸を飾り,有名人,スポーツ選手,テレビ,映画,新聞,雑誌から得ていたあらゆる評判(publicity)のおかげで,G9 ハリントン・ジャケットが正式にオーストラリア とニュージーランド(Down Under)に登場した。 こうした露出(exposure)をすべて受けることで,バラクータの英国的価値観は世界中に広がることができた。ミラー兄弟の故郷のブランドは世界的な成功を収めた。

1970
THE GOLF GOD
Arnold Palmer revisits Baracuta’s history with Golf
ゴルフの神様/アーノルド・パーマーがゴルフとともにバラクータの歴史を振り返る

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歴史上最も有名なゴルファーの 1 人であるアーノルド・パーマー(Arnold Palmer)は,防雨性,防風性があり,非常に快適なゴルフ・ジャケット・ラインを バラクータ から発売した。それは限定版のコレクションで,手に入る製品が非常に少なく,見つけるのがほとんど不可能であり,誰もが探し求めていた。 ジャケットの内側にはアーノルド・パーマーのサインが入っており,コレクターズ・アイテムになった。 今日,この一度限りのジャケットを所有できる幸運な人は,希少なゴルフ家宝(golf heirlooms)を手にしていると言われる。

(その2)に続く。

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