海外報道機関が 能登半島地震に関連して 日本の建築の耐震強度を考察していた。
‘CNN’,Jan.5,2024付け
“How Japan spent more than a century earthquake-proofing its architecture”
「日本はいかにして建築の耐震化に100年以上を費やしたか」
の見出し記事がありました。
下記,拙訳・転載します。
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月曜日(1月1日)に日本の西海岸の石川県を襲ったマグニチュード 7.55の地震を受け,今週,瓦礫と化した建物の光景が世界中に報道された。
被害の全容は まだ分かっていない。当局によれば,この地域で少なくとも270戸の家屋が破壊されたが,最終的な数字はさらに多くなる可能性が高い。例えば,この数字には珠洲市や輪島市は含まれていない。公共放送NHKによると,輪島市は震源地からわずか20マイル(32km)の距離にある人口2万7000人以上の都市で,消防当局は約200棟の建物が全焼したと発表した。
これらの報告は,この地域の住民の多くが直面している個人的な悲劇について語っている。しかし,2 つの地震現象を直接比較することはできないが,世界の他の地域で発生した同様の強さの地震,たとえば 2005年にカシミールで 30,000棟以上の建物の倒壊を引き起こしたマグニチュード 7.6 の地震は,はるかに大きな破壊をもたらすことがよくある。
対照的に,東京大学地震学のロバート・ゲラー名誉教授によると,石川県は軽く逃げたともいえる。
日本の地震の翌日,同氏はCNNに「現代の建物は非常にうまくいっているように見えた」と語り,「重い粘土瓦屋根の」古い家は最悪の状況だったようだと指摘した。
「ほとんどの一戸建て住宅は,たとえ被害を受けたとしても,全には倒壊しなかった。」と彼は言った。
耐震設計(seismic design)に関する格言(adage)には,地震が人を殺すのではなく,建物が殺すというものがある。そして,世界で最も地震が多い国の一つであるこの国の建築家,エンジニア,都市計画者たちは,古代の知恵,現代の技術革新,そして進化し続ける建築基準を組み合わせることによって,大きな揺れ(tremors)に対して町や都市を災害から守ろうと長い間試みてきた。
高層ビル内で振り子のように揺れる大型の「ダンパー」から,建物が基礎から独立して揺れることを可能にするスプリングやボールベアリングのシステムに至るまで,技術は,東京と横浜の大部分が 100年以上前の関東大震災で平坦になって以来,劇的に進歩した。しかし,イノベーションは主に,柔軟性が構造に最大の存続チャンスを与えるという,シンプルで長年理解されてきたアイデアに基づいている。
「多くの建物,特に病院や重要でクリティカルな構造物は,建物自体が揺れるようにこれらのゴム(ベアリング)の上に載っていることがわかる。」とマサチューセッツ工科大学の建築と都市計画の准教授ミホ・マゼロー氏は言う。彼女は,近刊予定の著書 “Design Before Disaster” で日本の備え(preparedness)の文化を探求している。
「概念的には,すべては地面(Earth)の動きに抵抗するのではなく,むしろ,建物も地面と一緒に動くようにするという考えに戻る。」
この原則は日本で何世紀にもわたって利用されてきた。たとえば,この国の伝統的な木造塔(pagodas)の多くは,たとえ近代的な建造物がそうでなかったとしても,地震に耐えた(そして むしろ 火災や戦争で倒れた(succumbed)可能性が高い)。 東寺の高さ 55m (180 ft) の塔は,17世紀に京都近郊に建てられた -この塔は,1995年の阪神淡路大震災 (神戸地震としても知られている) の際,近隣の多くの建物が倒壊する中,無傷のまま姿を残したことで有名である。
日本の伝統的な建築は,隣国の朝鮮や中国の建築と多くの共通点があるが,日本の地震発生率の高さを反映した点で異なる。
特に,塔の驚異的な生存率は,「心柱」のおかげであると長い間信じられてきた - これは木の幹(tree trunks)で作られ,少なくとも 1,400年にわたって日本の建築家によって使用されてきた心柱 “shinbashira”である。
地面に固定されている場合でも,梁の上に置かれている場合でも,上から吊り下げられている場合でも,これらの柱は曲がり,曲がりながら,建物の個々の床が隣の床とは反対方向に動く。その結果として生じるシミーな(shimmying)動きは,よく這うヘビの動きと比較されるが,揺れの力に対抗するのに役立ち,連動するジョイントや緩いブラケット,広い屋根の庇によって助けられる。
Learning from tragedy
悲劇から学ぶ
今日の日本の建物がすべて塔に似ているわけではないかもしれないが,高層ビルは確かに塔に似ている。
この国は 1960年代まで 自然災害による危険を考慮して31m (102 ft) という厳しい高さ制限を課していたが,その後,建築家はそれより高く建築することが許可されている。高層ビル・都市居住評議会(the Council on Tall Buildings and Urban Habitat)のデータによると,現在,日本には高さ 150m (492 ft) を超える建物が 270以上あり,世界で 5番目に多くなっている。
高層建築設計者は,悪名高い堅いコンクリートに柔軟性を与える鋼骨組みを使用し,ショック・アブソーバーとして機能する大型のカウンターウェイトと「基礎免震(base isolation)」システム(前述のゴム・ベアリングのような)の開発にさらに後押しされた(emboldened)。
昨年7月に東京の麻布台ヒルズ開発地にオープンした日本で最も高い新しいビルを所有する不動産会社は,大規模なダンパーを含むその耐震設計機能により,2011年に発生したマグニチュード9.1の記録的な東北地方沖地震に匹敵する地震が発生した場合でも「ビジネスの継続が可能になる」と述べている。
しかし,輪島のような高層ビルのない日本の多くの場所では,耐震性はむしろ,住宅,学校,図書館,店舗などの日常の建物(everyday buildings)を守ることに重点が置かれてきた。そしてこの点において,日本の成功は技術の問題であると同時に政策の問題でもある。
その一例として,日本の建築学校は,おそらくこの国の自然災害の歴史によって,学生が設計とエンジニアリングの両方の基礎を身につけることが保証されていると,マゼレーウ(Mazereeuw)氏は述べた。彼女は,都市が直面している地震と気候のリスクを検討する研究組織であるマサチューセッツ工科大学アーバン・リスク・ラボの所長でもある。
「ほとんどの国とは異なり,日本の建築学校は建築と構造工学を組み合わせている-米国では構造工学の授業を受けるが,内容は本当にふんわり(fluffy)している。」と彼女は言い,日本ではこの2つの分野は「常に結び付いている」と付け加えた。
日本の当局も長年にわたり,研究者らが詳細な調査を実施し,それに応じて建築規制を更新するなど,日本が直面したあらゆる大地震から学ぼうと努めてきた。
マゼレーウ氏は,このプロセスは少なくとも19世紀に遡ると述べ,1891年の美濃尾張地震と1923年の関東大震災でヨーロッパ風のレンガと石造りの新しい建物が広範囲に破壊されたことが,どのようにして都市計画と都市建築に関する新しい法律の制定につながったかを説明した。
建築規制の段階的な進化は 20世紀を通じて続いた。しかし,3年前の宮城県沖地震への直接の対応として,1981年に導入された「新耐震」,つまり新耐震建築基準改正(the New Earthquake Resistant Building Standard Amendment)として知られる基準の重大な転機となった。新しい建物の耐荷重についてより高い要件を設定し,より大きな「階ズレ(story drift)」(各床が相互にどれだけ移動できるか)を要求することなどにより,新しい基準は,1981年以前(「旧耐震」あるいは{耐震前}として知られる)の基準に基づいて建てられた住宅に非常に効果的であることが証明されているが,販売が非常に難しく,保険料が高くなる可能性がある。
規制の実際の最初のテストは,阪神大震災が兵庫県南部に広範な被害をもたらした 1995年に到来した。 結果は厳しい(stark)ものだった:世界防災復興施設(the Global Facility for Disaster Reduction and Recovery)によると,倒壊した建物の 97% は 1981年以前に建てられたものだった。
Innovation and preparation
革新と準備
1995年の地震は,古い建物を 1981年の基準に合わせて改修するという全国的な動きを引き起こした。このプロセスは,市当局が補助金(subsidies)を通じて奨励してきた(incentivized)ものである。それ以来数十年にわたって革新が続き,耐震設計(seismic design)に関しては日本の建築家がしばしば先頭に立っている(leading the pack)。
たとえば,国内で最も有名な建築家の一人である隈研吾氏は,2016年に繊維会社の小松マテーレと協力して,月曜日の地震の震源地からわずか85マイルに位置する同社の本社を固定する数千本のカーボン・ファイバーの編組棒で構成されるカーテンを開発し,テントのように地面に設置した(写真トップ)。 最近では,高知県南部にある耐震性のある市松模様の壁システムを備えた幼稚園の建物を共同設計した。
他の場所では,坂茂氏や伊東豊雄氏のような日本を代表する建築家が,直交集成材(CLT:cross-laminated timber)の使用の先駆者となっている。直交集成材(CLT)は,その支持者たちが高層ビルの建築方法を変える可能性があると信じている新しいタイプの加工木材である。 (人工木材タワーの初の本格的な地震シミュレータ試験は昨春カリフォルニア大学サンディエゴ校で行われたが、日本の住友林業が提案した高さ1,148 ftのCLTタワーを東京に建設する計画は実現するかどうか 日本の厳格な建築基準を満たすかどうかは別問題である)。
高度なコンピューター・モデリングにより,設計者は地震状況をシミュレートし,それに応じて建築することもできる。それでも,ありがたいことに,ほとんどの災害に強い建物の限界が試されることはなかった。
「高層ビルがたくさんあり,それらを安全に設計するために多くの努力が払われていますが,それらの設計はほとんどがコンピュータ・シミュレーションに基づいている。」と東京大学のゲラー氏は言う。 「それらのシミュレーションが正確かどうかは,大地震が起こるまで分からないかもしれない。高層ビルが一つでも倒壊すれば,甚大な被害が出る可能性がある。」
そのため,日本の技術者や地震学者を長年悩ませてきた疑問が残っている:日本の首都当局が今後30年間に70%の確率で発生すると警告している大地震が東京のような都市を直撃したらどうなるのだろうか?
「東京はおそらくかなり安全だ。」と彼は付け加えた。「しかし,次の大地震が実際に起こるまで,それを確実に知る方法はない。」
(転載了)
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他国の建築科において構造工学が切り離されていることを知りました。
建築家は意匠としての設計を主として 構造工学を同時に学んでおらず,構造強度は別の専門家が担当すると言うことでしょうか,謂わば 建築家は芸術家のようです。
東京芸術大学に建築科があるのは その流れによるのでしょう。構造力学は どの程度 学ぶのでしょうか。
構造強度を考慮しない意匠の建築設計が外国では成立するようです。後から 構造強度設計?
新国立競技場コンペ 1位のザハ案も構造強度・建造の考慮が抜けたものだったのかも知れません。
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