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2025年1月23日 (木)

イチロー,野球殿堂入り

MLB ホームページ(Jan.21,2025)は
Ichiro elected to Hall of Fame, JUST shy of unanimous vote
「イチローが殿堂入り,満票にわずかに及ばず」
の見出して伝えています。
下記,拙訳・転載します。
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シアトル -- 野球選手としてのキャリアで慣例(convention)を覆し(defied),記録を破ったイチロー・スズキにとって,殿堂入り(induction into the Hall of Fame)は長い間,最高の(crowning)功績というよりは,スポーツ界で最も注目すべき旅路の必然的な(inevitable)結末のように感じられてきた。
確かに,スズキは正式にクーパーズタウン(Cooperstown)に向かう。

スズキは投票初年度に選出され,野手としては初めて満場一致の投票を得るのに1票足りなかったが(394票中 393票),野球界の歴代偉人の一人としての地位をさらに固めた(solidifies)。スズキは,全米野球記者協会(the Baseball Writers’ Association of America)の会員(eligible members)による投票の99.7%を獲得した。

過去,殿堂入りした278人の選手の中で満場一致で選ばれたのは,ヤンキースのクローザーとして長年活躍したマリアノ・リベラ(Mariano Rivera)だけだ。スズキは,マリナーズの伝説的選手ケン・グリフィー・ジュニア(Ken Griffey Jr.)とヤンキースの象徴デレク・ジーター(Derek Jeter)(同じく99.7%の票を獲得)の元チームメイトに続き,その時代最高の選手の一人として広く称賛されていた(widespread acclaim)にもかかわらず,惜しくも満票を逃した。

2001年にメジャー・リーグの球場に足を踏み入れた瞬間から,スズキはスポーツ界でかつて見たことのない存在だった - 闘牛士のようにプレーしながらも外科医の正確さを持ち,持ち味のスピードで平手打ちのシングルヒット(slap singles)を芸術作品に,内野ゴロ(infield grounders)を長打(extra-base knocks)に変えた打者だった。日本での何年にもわたる厳しい(relentless)トレーニングで磨かれた(honed)彼のバット・コントロールは,神秘主義に近いほど(bordered on mysticism)正確だった。

2001年にスズキがシアトルに来たことは,マリナーズ・ファンの記憶に焼き付いた瞬間だ。彼のルーキー・シーズンは,1年目の選手としては最も輝かしいシーズンの一つだった - 打率 .350,メジャー・リーグ最多安打,外野守備で輝きを放ち,フレッド・リン(Fred Lynn)(1975年 レッド・ソックス)に続いて,アメリカン・リーグMVPと新人王を同じシーズンに受賞した2人目の選手となった。

その年は,圧倒的な時代(era of dominance)の基調(tone)となり,スズキの不変性(consistency)と卓越性(excellence)は,彼のキャリアの特徴(hallmark)となった。マリナーズは火曜日の夜,今シーズン8月9日に 彼の背番号51を正式に永久欠番にすると発表した。

001m_202501221700012019年に45歳で引退するまでに,スズキは4,367本のヒットを打った - MLBで3,089本,日本プロ野球で1,278本を打った。彼のメジャー・リーグでのヒット数は,ア・リーグとナ・リーグの歴史で24番目に多い。この記録は,スピード,コンタクト,鍛錬(discipline)のユニークな組み合わせによって達成された。

しかし,スズキの伝説を確固たるものにしたのは,彼の統計的な貢献だけではない。彼のプレースタイルは,試合前の細心の注意を払った(meticulous)儀式(rituals)から打席とフィールドの両方での正確さまで,自分の技術(craft)を完璧にすることにひたすら集中し,将来の世代の選手のアプローチを一新した。彼は,今後何年にもわたって基準となるレベルの激しさとプロ意識(professionalism)をもたらした。

スズキのキャリアが終わりに近づき,ヤンキースで3シーズン(2012~14年)を過ごし,マーリンズで3年間(2015~17年)を過ごしたが,彼の影響力は衰える(waned)ことはなかった。晩年はロール・プレイヤーだったが,クラブハウスでのリーダーシップと若手選手への指導力(mentorship)は計り知れない(invaluable)ものがあった。現在でも,マリナーズのスター選手フリオ・ロドリゲス(Julio Rodríguez)選手とは親密な関係を築いている。

マリナーズのファンにとって,この殿堂入り選出は究極の証明(ultimate validation)のように感じられる。スズキは殿堂入りした選手というだけでない - 彼らの殿堂入り選手なのだ。
シアトルでのスズキの影響力は,T-モバイル・パークの枠を超え,彼の迫力ある存在感は満員の観客を魅了し,打席ごとにイベントとなった。彼は,116勝を挙げた 2001年のチームの心臓であり魂だった。この記録は,どのチームにとっても 1シーズンで史上最多の記録であり,多くの人がその記録が時の試練に耐え得ると称賛している(touted)。

スズキの影響は野球の垣根を超えた。彼のシアトル入りは,日本がMLBに与えるであろう大きな影響に野球界が注目し始めたことで,スポーツ界における国際的なスターダムの新時代の到来を告げた(heralded)。

優雅さと鍛錬,そして成功への飽くなき欲求を独自に組み合わせたスズキは,2つの野球文化の架け橋となり,彼の成功は日本から同一世代の選手を生み出しました。その多くは,大谷翔平を含め,彼の足跡を追ってMLBに進出した。

クーパーズタウンへのスズキの道で,彼はスポーツの枠を超えたエリート選手のグループに加わる。選出により,彼は野球に革命を起こし(revolutionized),非常に長く輝かしいキャリアを通じて持続的な卓越性を示した数少ない選手の1人となる。

スズキの文化の大使としての役割も,いくら強調してもし過ぎることはない。彼の功績は,障壁を打ち破っただけでなく,名誉と絶え間ない情熱を持って試合に臨むことの意味を再定義した功績として記憶されるだろう。

スズキはもはやチームに固定されてはいないが,シアトル,そして野球界における彼の功績は今も輝かしい灯台であり,会長の特別補佐としてマリナーズで強い存在感を保っている。
野球界が7月に彼がクーパーズタウンに入るのを待ち望む中,一つだけはっきりしている:スズキの野球史における地位は永遠に確立されているということだ。
(転載了)
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(英語の勉強)
見出しの “・・・,JUST shy of unanimous vote” の “shy” は高校までの英語の勉強では難しい単語です。
辞書には-
【1形】
① 内気な,はにかんだ,恥ずかしがりの
② 臆病な,気弱な,意気地がない
③ 用心深い,油断しない,疑い深い
④ 遠慮する,やりたがらない,乗り気でない
⑤ 不足した、欠けている
⑥ 《生物》〔動植物が〕繁殖しにくい

【2名】
① 〔素早く〕投げること
② 〈話〉あざけり、冷やかし
③ 〈話〉試し、試み
④ 標的落とし、的当て

などとあります。
ここでは “(be) shy of” で 「不足している」の意味のようです。
形容詞の⑤です。

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