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2025年6月24日 (火)

米軍 イラン核施設爆撃 “Midnight Hammer” 作戦全貌

FOX NEWS’,June 22,2025付け
A full breakdown of Operation Midnight Hammer, the 'largest B-2 operational strike in US history'
「『米国史上最大のB-2攻撃作戦』,ミッドナイト・ハンマー作戦の全貌」
記事を 拙訳・転載します。

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この作戦では,125機以上の航空機と史上初の3万ポンドのバンカー・バスター(bunker-busters)を投入し,高度な「だまし戦術(deception tactics)」が用いられた。

国防総省は日曜日(622日),土曜日にイランの主要核施設3カ所を攻撃した大規模かつ複雑な作戦「ミッドナイト・ハンマー作戦(Operation Midnight Hammer)」の詳細を発表し,「米国史上最大のB-2攻撃作戦(largest B-2 operational strike in U.S. history)」と呼んだ。

ピート・ヘグゼス(Pete Hegseth)国防長官は,国防総省で行われた攻撃後の最初の公式発言で,記者団に対し「作戦の範囲は意図的に限定されていた(the scope of this was intentionally limited)」と述べたものの,米軍の能力は「ほぼ無限である」と付け加えた。

ダン・ケイン(Dan Caine)統合参謀本部議長(chairman of the Joint Chiefs of Staff)は,作戦のタイムラインと,イランのフォルドゥ(Fordow),ナタンズ(Natanz),エスファハーン(Isfahan)の核施設への攻撃に用いられた「だまし戦術(the deception tactics)」について詳細に説明した。

The ‘Ruse’ – Decoy flight departs at 12:01 a.m. EST, Saturday
「ルース」- 囮フライトは土曜日 午前12時1分(東部標準時)に出発

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本作戦は,土曜日の午前01分,ミズーリ州ホワイトマン(Whiteman)空軍基地からB-2ステルス爆撃機が離陸して開始された。
爆撃機の一部は囮(decoy)として西へ,そして太平洋へ飛行した。ケインはこれを「ごく少数の計画者と主要指導者だけが知るだまし作戦(deception effort)」と呼んだ。

Main strike – An 18-hour flight
主攻撃部隊 - 18時間の飛行

ケインによると,主攻撃部隊は7機のB-2スピリット爆撃機で構成され,各機に2名の乗員が搭乗し,最小限の通信のみで東へ静かに飛行し(flew silently),目標地域まで18時間飛行した。

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飛行中の航空機は複数回にわたり燃料補給を受けた(refueled)。大西洋を越えて,攻撃部隊は中央司令部の護衛・支援機と合流した。
ケインはこの合流(link-up)について,「狭い空域における複数のプラットフォーム間の正確な同期を必要とする,複雑でタイトなタイミングの機動(complex, tightly timed maneuver)を,最小限の通信ですべて実行した」と表現した。

Clearing the way – 5 p.m. EST, Saturday
進路確保 – 土曜日午後5時(東部標準時)

東部標準時午後5時頃(イラン時間午前030分),主力攻撃部隊がイラン領空に侵入した際,米潜水艦が20発以上のトマホーク対地攻撃巡航ミサイル(Tomahawk land attack cruise missiles)を主要な陸上インフラ目標に向けて発射した。
ケインによると,更なる「だまし戦術」が用いられ,支援機が高高度・高速で(high altitude and speed)主力攻撃部隊の前方に展開し(pushed out),敵戦闘機や地対空ミサイルの脅威を掃討した。

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B-2主力打撃群(main strike group)がフォルドウとナタンズに接近した際,支援機は高速制圧兵器(high-speed suppression weapons)を使用し,部隊の安全な通過を確保した。
ケインは記者団に対し,「現在,進入途上の米軍攻撃部隊(the U.S. strike package)への攻撃は確認されていない。」と述べた。

The Strikes - 6:40 p.m. EST, Saturday
攻撃 - 土曜日午後6時40分(東部標準時)

フォルドウ核施設への攻撃は,米国東部標準時午後640分頃,イラン時間午前210分頃に行われた。

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先頭のB-2爆撃機は,フォルドウの複数の目標地点のうち最初の地点に,GBU-57大型貫通兵器(MOPMassive Ordnance Penetrator2発(通称バンカー・バスター(bunker-busters))を投下した。
残りの爆撃機も目標を攻撃し,フォルドウとナタンズに合計14発のMOPを投下したとケインは述べた。

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米潜水艦から発射されたトマホークミサイルが最後の攻撃となり,イランの標的に命中した。

The return journey - Saturday to Sunday
帰還の旅 - 土曜日から日曜日

大規模な攻撃で爆弾を投下した後,航空機はイラン領空を離脱し,ホワイトマン空軍基地へ帰還した。ケイン空軍大将は,米軍はイラン領空を離脱する途中の攻撃部隊への攻撃を直ちには認識していないと述べた。

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「イランの戦闘機は飛び立たず,イランの地対空ミサイル・システムも任務中ずっと我々を捉えていなかったようだ。」とケインは述べた。「我々は奇襲の要素(the element of surprise)を維持した。」

ケインによると,「ミッドナイト・ハンマー作戦」では,B-2ステルス爆撃機7機,第4世代および第5世代戦闘機複数機,空中給油機(air refueling tankers)数十機,ミサイル搭載潜水艦1隻,そして「あらゆる情報収集・監視(surveillance)・偵察機(reconnaissance aircraft」を含む125機以上の航空機が投入された。

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米軍は,GBU-57型大型貫通爆弾(1発あたり3万ポンド)14発を含む,約75発の精密誘導爆弾を投下した。ケインは,この作戦は同兵器の実戦使用としては史上初となると述べた。

A history-making operation
歴史に残る作戦

ケインは,この作戦を「米国史上最大のB-2作戦攻撃(largest B-2 operational strike in U.S. history)」と呼び,「世界の他のいかなる軍隊も,このような作戦は実行できないだろう。」と述べた。
「このミッションは,わずか数週間で,米軍の比類のない領域,連携,そして能力を示すものだ.」とケインは述べた。「これは,戦略計画(strategic planning)から世界的な実行(global execution)へと発展した。」

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(転載了)
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囮で 西に向かった B-2 爆撃機は「本土からグアムに移動した」と日本でも報道され,私も 米軍のイラン攻撃に B-2 は加わってない,と騙されました。 

下図は B-2 爆撃機の形状・大きさです。
本機は 1989年から 2000年にかけて ‘Northprop Corporation’ 及び ‘Northprop Grumman21機製造され,以後 作られていません。

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