コニー・フランシスさん,逝去,享年 87歳。
‘NBC’ が July 17,2025付けで 報道しています。
“'Pretty Little Baby' singer Connie Francis dies at 87”
「『可愛いベイビー(Pretty Little Baby)』の歌手,コニー・フランシスさん,87歳で死去」
の見出し記事を 下記,拙訳・転載します。
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この米国のポップ・シンガーは,1950年代後半から1960年代初頭にかけてヒット・チャートのトップに君臨した歌手の一人で,「フーズ・ソリー・ナウ(Who’s Sorry Now)」,「ボーイ・ハント(Where the Boys Are)」,「間抜けなキューピッド(Stupid Cupid)」などのヒット曲で知られている。
1950年代から60年代にかけてヒット曲「可愛いベイビー(Pretty Little Baby)」や「間抜けなキューピッド(Stupid Cupid)」で知られる歌手コニー・フランシスが水曜日(7月16日)に亡くなったと,彼女の広報担当者が発表した。
享年87歳。死因は明らかにされていない。
「思い心と深い悲しみとともに,親愛なる友人コニー・フランシスが昨夜亡くなったことをお知らせします(It is with a heavy heart and extreme sadness that I inform you of the passing of my dear friend Connie Francis last night)」と,フランシスが所有する音楽レーベル,コンセッタ・レコード(Concetta Records)の社長で,彼女の著作権管理も担当するロン・ロバーツはフェイスブックに投稿した。
「コニーも,この悲しいニュースをファンの皆さんが最初に知ることになることを認めてくれると思います」と彼は続けた。「詳細は後日お伝えします。」
フランシスは3月にファンに対し,「痛みを伴う股関節(painful hip)への過度の負担を避けるため」車椅子に乗っており,治療を受けていると明かしていた。
7月2日のフェイスブック投稿で,彼女は病院で「激しい痛みの原因を特定するため」の検査を受けていると明かした。同日,フランシスは集中治療室に入院し,個室に移されたと報告した。最後の更新は7月4日で,ファンに独立記念日(happy Fourth of July)のお祝いを述べ,「今日はぐっすり眠れて,だいぶ気分が良くなりました。」と付け加えた。
この米国のポップ・シンガーは,その堂々としながらも(commanding)甘い歌声により,1950年代後半から1960年代前半にかけてトップ・チャートのボーカリストの一人だった。
彼女は「フーズ・ソリー・ナウ(Who’s Sorry Now)」や「ボーイ・ハント(Where the Boys Are)」などのヒット曲で最もよく知られている。
コンチェッタ・ローズマ リー・フランコネーロ(Concetta Rosemarie Franconero)として生まれた彼女は,ニュージャージー州のイタリア系米国人家庭で育った。1984年に出版された自伝 『Who’s Sorry Now?』には,歌とアコーディオン演奏で才能を発揮し,タレント・コンテストやショー(pageants)に頻繁に参加していたことが記されている。
昨年,1962年に発表した彼女の曲 “Pretty Little Baby” が TikTokで話題となり,チャートのトップに返り咲いた。
フランシスは 5月にFacebookで自身のバイラル・ヒット(viral hit)について投稿し,「1961年にレコーディングした『可愛いベイビー(Pretty Little Baby)』が,驚くほど素晴らしい,そして本当に予想外の反響をいただいたことに対し,TikTokとそのメンバーに感謝します」と綴った。
「初めてそれを知ったのは,ロンから電話があり,『バイラル・ヒット』になったと知らされた時だった。現代の音楽統計用語には明らかに疎かったので,最初の反応は『それって何?』だった。」と彼女は続けた。
(*「viral hit (バイラル・ヒット)」とは,SNSや動画サイトなどで情報が急速に拡散し,多くの人に注目される現象を指す。特に,音楽業界においては,楽曲が口コミやシェアを通じて広がり,大きな人気を集めることを指す。)
(転載了)
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約65年前の1960年前後,小学高学年から中学生の頃,聞いていました。
英語は勿論,日本人がカバーした歌もTVでよく聞きました。
彼女自身が日本語で歌った曲もあり,その日本語の正確さが印象に残っています。
代表曲:
「フーズ・ソリー・ナウ (Who's Sorry Now?)」(1958年)
「間抜けなキューピッド (Stupid Cupid)」(1958年)
「マイ・ハピネス (My Happiness)」(1958年)
「泣かせてごめんね (I'm Sorry I Made You Cry)」(1958年)
「アモング・マイ・スーベニル (Among My Souvenirs)」(1959年)
「カラーに口紅 (Lipstick On Your Collar)」(1959年)森山加代子,伊東ゆかりがカバー。
「ボーイ・ハント (Where The Boys Are)」(1961年)
「大人になりたい (Too Many Rules)」(1961年)日本では伊東ゆかりがカバー。
「ヴァケイション (Vacation)」(1962年)青山ミチ,伊東ゆかり,金井克子,弘田三枝子,安村昌子らによる競作でカバー。コニー自身が漣健児の日本語詞でも歌っている。イタリア系のコニーは,日本語が外国語で一番歌いやすく,録音時間も短かったと語っている。
「泣かせないでね (Don't Break The Heart That Loves You)」(1962年)
「可愛いベイビー (Pretty Little Baby)」(1962年)中尾ミエ,森山加代子,沢リリ子でカバー。
「夢のデイト (Someone Else's Boy)」
「ロリポップ・リップス (Lollipop Lips)」アメリカでは発売されず。日本独自のヒット曲。渡辺トモコや「九重佑三子とダニー飯田とパラダイス・キング」が競作でカバー。
また 昭和が遠のくー
ご冥福を祈ります。
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